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34 笑顔にする仕事

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 オリヴィアに手を差し伸べた女は、マルタと名乗った。

 マルタに紹介された仕事は至ってシンプルなもので、毎日決まった場所で人と待ち合わせをして食事を共に食べるという内容だった。初めこそ、こんなことで本当にお金がもらえるのかと疑心暗鬼だったオリヴィアも、二度目の仕事が終わる頃には「帝都には色々な仕事があるのね」と納得するようになった。

 待ち合わせをする男たちのことをマルタは客と呼び、孤独で寂しい者たちなのだとオリヴィアに教えた。

 確かに、食事を共にする男たちは皆、裕福そうではあるものの何処か満たされていないように見える。少しでも良い気分になってもらえれば、とオリヴィアは一生懸命に男たちが興味を持ちそうな話を繰り広げた。


「………え?今から家にですか?」

 しかし、そんなある日のこと。
 よく利用してくれる男の一人が食事の後でオリヴィアを自宅に誘って来た。いつもであれば昼食や夕食を済ませたらその場で解散して、後日マルタから給料と称してお金を貰う流れだ。

 訝しむオリヴィアを前に、ラミネスと名乗るその男は「マルタにも話は通してある」と言った。

 仕事は仕事であるものの、さすがに見知らぬ他人の家に上がることは気が進まない。だけど、マルタが承諾したとはどういうことか。

「もう金は払ってあるんだ!今更断るな……!」

 煮え切らない態度に苛立ちを見せて、男はオリヴィアの腕を引いた。

 その時、月明かりが照らす地面に大きな影が差した。オリヴィアたちは互いに驚いて後ろを振り返る。そこには、フードで顔を隠した大柄な男が立っていた。



「その女は俺がすでに予約済みだ」

「………っ!」

 聞き慣れた声に言葉を失う。
 邪魔された男が叫ぶように吠えた。

「な、なに言ってんだ!こっちは仲介のババァに金を支払ったんだぞ!?泊まりは三回の食事の後って決まりだってきっちり守って、」

「もう一度言う。俺が予約済みなんだ」

「ひぃっ……!!」

「これ以上説明が要るか?」

 男は涙目で背中を丸めてブンブンと首を振った。先ほどまでの威勢は何処へ行ったのか、その顔は一刻も早くこの場を立ち去りたいように見えた。


「行くぞ」

「……っ、待って………!」

 オリヴィアは強い力で手を引かれて否応なしに歩き出す。人で賑わう夜の街の中でも、彼の大きな身体と白い頭髪は一際目立った。

「ちょっと、何処に、」

 質問に答えはなく、賑わう中心街から少し離れた場所に出ると、いくつか並ぶ宿の一つにオリヴィアは運び込まれた。勢いよく入って来た客に受付の女は不満げな顔を見せたが、有無を言わさぬ雰囲気に目を逸らす。

 慌ただしく部屋に投げ込まれ、床に尻餅を着きながら、オリヴィアは自分を連れ出した男を恐る恐る見上げた。

 青い双眼がその視線を捉えて目を細める。
 変装のためか、深々と被ったフードを脱いだ。


「どういうつもりですか!陛下っ!」

 久方ぶりに会った皇帝は何も言葉を発さない。
 だけれど、何やら怒っているらしいことは分かった。

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