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29 近況と手紙
しおりを挟む「まーた昨日の夜、皇太后がご乱心だったみたいよ」
「ご乱心?」
最後の皿を拭き上げて棚に戻しながら、オリヴィアはジャスミンの方を振り返る。黒く波打つ美しい髪を高い位置でお団子にまとめて、ジャスミンは神妙な顔で頷いた。
「ええ。遅くまで起きてたメイドの子が、本邸で言い争う皇帝と皇太后の姿を見たらしいの。なんだか物騒な言葉が飛び交ってたみたいで、不仲説は本当ね」
「不仲……?私にはそうは見えないけれど」
思い返すのは、卵の殻が混入した際に案内された部屋でのこと。
皇太后は厳しい人ではあったが、ネロの婚約者を気遣い、自らが適切な処罰を与えようとしたところを見ると、不仲と言うほどではなさそうに思えた。
六ヶ国会議の開催からもう二週間あまりが経過した。
料理長であえるデニスからは口頭での注意はあったものの、その後スザンナが自分にも非があると告白してくれたお陰で、オリヴィア一人が責められることはなかった。
「そういえば、ルカエルが離職したみたい」
「えっ?」
「私も昨日知ったのよ。仲が良い衛兵の男の子と偶然別邸で会ってね、教えてくれたの」
「そんな……理由はなんて?」
「なんだったかしら?母親の体調がどうとか、そういう一身上の都合だった気がするけれど」
残念よね、とジャスミンは頬を膨らませる。
あの夜あったことは彼女には伝えていない。
余計な心配を掛けたくなかったし、せっかく誘ってくれた飲み会でそんな事件が起こったなんて知って、変な責任を感じてほしくないと思ったから。
幸いにも、その後は特にルカエルからの接触は無かったから、てっきりネロの脅しが効いたのかと安心していた。まさか辞職していたとは。
もっと詳しく聞きたかったけれど、ちょうどその時食材の配達が届いたので、オリヴィアとジャスミンはその対応をすることになった。重たい箱を受け取りながら、いろんなことを考える。
しかし、やっぱり最終的にはそっと蓋をした。
突き詰めない方が良いことが多くて。
◇◇◇
その日の夜、部屋に戻ると両親からの返事が届いていた。
淡いグレーの封筒には、父と母からそれぞれ一枚ずつの手紙が入っている。オリヴィアはベッドサイドのライトを頼りに、嬉々として手紙を読んだ。
短い手紙には二人の近況、父の腕の怪我の経過であったり、母が最近劇的に美味しいスープを開発した話なんかが書かれていた。リハビリは上手く進んでいるようで、以前は上手く文字も書けなかった父が、なんとか読める文字を書いて寄越してくれていることが嬉しい。
(もうすぐ会えるのね………)
来週には、珍しく四日続けて休みをもらえるから、それを利用してオリヴィアは実家へ帰るつもりだ。
出した手紙にもそのことは書いたし、二人とも久方ぶりの娘の帰省を楽しみにしているようだった。母のアップグレードしたオニオンスープの作り方もきっとその時に教えてもらうことが出来るだろう。
手紙を再び四つ折りにして、封に仕舞う。
前回帰ったのは去年の冬だったから、実に半年ぶりだ。会うたびに着実に年齢を重ねる二人の姿を見ると、早く安心させたいとも思う。好きな仕事をさせてもらっているから、あとは早く、良い人でも見つかればと。
だけれど、恋は料理のようい上手くいかない。
決められたレシピなんてないし、何を掛け合わせれば正解が出て来るのかも分からない。とりわけオリヴィアは、昔から恋愛というものが苦手だった。
「…………はぁ、」
両親が知ったらどう思うだろう。
料理人として送り出した娘が、主人である皇帝の夜伽相手として抱かれ、あろうことか本気で好きになりかけているなんて。呆れて家を追い出されるかもしれない。
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