上 下
22 / 45

22 呼び出し

しおりを挟む


 ネロが厨房に姿を現したのは、その日の夕食後のこと。

 皿洗いを終えてシンクを拭き上げていたところ、同期の男の子がパタパタとオリヴィアのことを呼びに来た。見ると厨房の入り口には仁王立ちの我が君主が立っている。

 心配そうなジャスミンや申し訳なさそうなスザンナのわきを抜けてネロの元へと歩く。責任者であるデニスが、何やら険しい顔のままで私を振り返った。


「オリヴィア、皇帝陛下が話があると」

「………はい」

 オリヴィアは小さく頷く。
 何も言わずに歩き出すネロの後を追った。

 彼はいったいどんな顔をしているのだろう。
 オリヴィアからはその表情までは見えないものの、ギョッとした顔ですれ違う使用人たとの様子からして、おそらく大層恐ろしい顔をしているに違いない。

 そりゃあそうだ。自分の大切な婚約者の食事に異物が混ざっていたなんて、ましてやその混入物は彼女の命を奪う可能性すらあるものだったから。

 スタスタと先を歩くネロが部屋の扉を乱暴に開けて、オリヴィアはその扉が閉まる前になんとか身体を滑り込ませた。例の如く部屋の周辺には人影がない。



「お前、どうして嘘を吐いた?」

 開口一番にネロが言った言葉にオリヴィアは息を呑んだ。

「嘘……ですか……?」

「惚けるな。お前があんな凡ミスをしでかすわけがない。この一年、陰ながら働く姿を見守ってきた。オレが知っているオリヴィア・バレットはしょうもないミスをする料理人じゃない」

「………陛下は私を買い被りすぎです」

「誰を庇っている?お前の友人か?」

「いいえ。誰も庇ってなんか居ません。私自身の過ちであって、反省するのも自分がすべきことです。きっと……気が緩んでいたんだと思います」

 ネロは疑わしげに目を細める。
 青い瞳を真っ直ぐに見返すことは出来なかった。

「言ったはずだ。俺は嘘は嫌いだと」

「本当のことです。皇太后が仰ったように罰が与えられるなら、私はそれを受け入れますから」

 一歩も引かないオリヴィアの姿勢に諦めることを決めたのか、ネロはもう追求してこなかった。

 気不味い沈黙が五分ほど続いて、その間にオリヴィアは皇帝の私室に無造作に置かれた様々なものを見ていた。机の上には彼が読み掛けの本が数冊開いたまま重ねられており、少し離れた場所にある棚の中にはコレクションなのか小さな酒瓶が飾られている。


「オリヴィア、この話が本当であるならば、俺はお前に罰を与える必要があるわけだが……」

「はい。そのつもりで参りました」

「とりあえずその前に着替えてもらえるか?」

「………はい?」

 目をパチパチと瞬かせて返事を返すオリヴィアの前で、ネロは何やらガサゴソと茶色い紙袋を漁る。

 嫌な予感がした。そして、大抵の場合、こういう予感は当たるもので。驚くオリヴィアの目前に、ずいっと突き出されたのは上下揃いの白い制服。

「ナース……?」

「帝都病院で実際に過去に使われていたものだそうだ。特殊なルートで手に入れることが出来たが、かなりレアなものだから使うのを躊躇っていた」

「そんな宝物、どうして私に見せるんですか?」

「お前が今から着るんだ」

「え?」

「言っただろう。罰を与えると」

 有無を言わさぬ強い口調でそう言うと、ネロはグイグイとオリヴィアの背中を押して行く。いつもの洗面所に押し込まれて、暫しの間は呆然と閉まった扉を見つめた。

 婚約者に無礼を働いた罪滅ぼしがこれ?

 安いポルノ作品でももう少しマシな展開が用意されているんじゃないかと推測する。仮にもソフィア王女はネロの婚約者で、オリヴィアはそんな王女を危険に晒した本人なのだ。

(彼の頭が心配過ぎるわ……)

 もはや、我が皇帝にとっては王女の体調なんてどうでも良いのではないかとすら思える。したり顔で「自分が罰するのでお任せを」と言っていたのに、結局のところ彼がオリヴィアに求めるのは娼婦もどきの対応なのだ。

 呆れつつ着替えを済ませて部屋へと戻る。
 すでにベッドに腰掛けてくつろいでいたネロが、嬉しそうに笑顔を浮かべてこちらを見た。


「オレの見立て通りだな。完璧だ」

「陛下ほどの物好きも珍しいですね」

「それは褒め言葉か?」

 小さく笑ったのを最後に、皇帝はオリヴィアを抱き上げた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離縁を申し出たら溺愛されるようになりました!? ~将軍閣下は年下妻にご執心~

姫 沙羅(き さら)
恋愛
タイトル通りのお話です。 少しだけじれじれ・切ない系は入りますが、全11話ですのですぐに甘くなります。(+番外編) えっち率は高め。 他サイト様にも公開しております。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

異世界にきたら天才魔法使いに溺愛されています!?

猫山みぶ
恋愛
突然異世界に来たと思ったら、イケメン魔法使いの運命のパートナーに? 花野川光希は、ある日、足の小指をぶつけた拍子に異世界に来てしまう。 獣に食べられそうになった所を助けてくれたのは、エヴァン・シルバードと名乗る美青年の魔法使いだった。 異世界から来た人は魔力の供給ができるので、「異邦人」として丁重に扱われるらしい。 光希は最初に見つけてくれたイケメン魔法使いに世話になることになるが……どうやら運命のパートナーと呼ばれるものらしく、なぜか溺愛生活に突入。しかも、体の相性が抜群で……? ゆるふわ設定です。 ややコメディチックなサクサク読めるお話のつもりです。 R18系には※をつけます。ガッツリR指定なので苦手な方はご注意ください。遅れてムーンライトノベルズにも投稿しています。

貧乳の魔法が切れて元の巨乳に戻ったら、男性好きと噂の上司に美味しく食べられて好きな人がいるのに種付けされてしまった。

シェルビビ
恋愛
 胸が大きければ大きいほど美人という定義の国に異世界転移した結。自分の胸が大きいことがコンプレックスで、貧乳になりたいと思っていたのでお金と引き換えに小さな胸を手に入れた。  小さな胸でも優しく接してくれる騎士ギルフォードに恋心を抱いていたが、片思いのまま3年が経とうとしていた。ギルフォードの前に好きだった人は彼の上司エーベルハルトだったが、ギルフォードが好きと噂を聞いて諦めてしまった。  このまま一生独身だと老後の事を考えていたところ、おっぱいが戻ってきてしまった。元の状態で戻ってくることが条件のおっぱいだが、訳が分からず蹲っていると助けてくれたのはエーベルハルトだった。  ずっと片思いしていたと告白をされ、告白を受け入れたユイ。

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。

シェルビビ
恋愛
 膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。  平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。  前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。  突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。 「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」  射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。

明日の夜、婚約者に捨てられるから

能登原あめ
恋愛
* R18甘めのエロ、タグの確認をお願いします。  物語の世界に転生した私は、明日の夜に行われる舞踏会で捨てられる――。  婚約者のジュリアンはヒロインに正式に告白する前に、私、イヴェットに婚約解消してほしいと告げるのだ。  二人が結ばれるとわかっていたのに、いつの間にか好きになってしまった。  邪魔するつもりはないけれど、彼らが幸せな様子を見るのはつらいので、国を出ようと計画を立てたところ――?   * 頭を空っぽにして息抜きにお読みください。 * 成人年齢18歳の世界のため飲酒シーンがありますが、現実ではお酒は20歳になってから親しんで下さい(念のため) * 8話程度+おまけ未定。Rシーンには※マークつけます。 * コメント欄にネタバレ配慮しておりませんのでお気をつけください。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

処理中です...