【完結】王宮の飯炊き女ですが、強面の皇帝が私をオカズにしてるって本当ですか?

おのまとぺ

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13 宣言と薬

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 その日はなぜだか本調子が出なくて、デニスによる終業後の指導も早々と切り上げられた。「今日は僕も疲れたから」という気遣いのもと、部屋に返されたわけだけど、周囲に迷惑を掛けていることを情けなく思った。

 幸いにも部屋に着くまでネロには出会でくわさなかった。

 婚約者が居る身で下働きの女に夜伽を頼むなんて、やっぱり我が君主は変わっている。私がソフィア王女だったら絶対に嫌だし、婚約破棄を検討するだろう。

 ベッドに寝転んだままで天井に手を伸ばす。
 月明かりが五本の指を白く照らした。


「………この手は、人を幸せにするため」

 それは父と母がよくオリヴィアに言って聞かせた言葉。

 料理人である二人はその昔、小さいながらも評判の良いレストランを経営していて、オリヴィアが小さい頃から仲良く厨房に立っていた。

 バターで炒めた玉ねぎの香り
 トントンと規則正しく食材が刻まれる音

 そうしたものが、オリヴィアは大好きだった。

 両親の店に来るお客さんも、調理する二人の姿も。目を閉じれば思い出せるほどに、いつもみんなは笑顔だった。たった二本の腕だけでこんなに多くの人を幸せに出来る父と母のことを、心から尊敬していた。


(何をしているの……?)

 大好きな料理に集中出来ていない。
 憧れの人と最高の場所で働けているのに。

 もともと器用な方ではないと分かっていたけど、ここのところ自分でも悲しくなるぐらいダメだ。変態的な皇帝の趣味に付き合い始めてから、気持ちの切り替えが出来ていない気がする。

 オリヴィアの本業はあくまでも料理人。
 ネロとの関係は副業に過ぎない。

 もしかすると、一度はっきりと伝えるべきなのかもしれない。彼が恋ではないと宣言するように、オリヴィアだって金銭目的のためにこの話を受けたのだと。

 言われっぱなしだからダメージを負っているのであって、自分の心持ちを相手に明かしたら少しはスッキリするのではないか。

 うん、そんな気がする。


「よーし……今度会ったら!」

 気合いを入れて立ち上がったところ、ノックの音が部屋に響いた。壁に掛かった時計は十時半を過ぎたところ。ジャスミンが余った夜ごはんでも届けに来てくれたのだろうか?

「はぁい……?」

 扉を開けて、再びそっと閉じた。
 なんだか信じられない人が立っていた気がして。

 しかし、閉じたはずの扉が反対側から勢い良く押し開かれる。鍵を掛けておくべきだった、と反省しても時すでに遅く、突然の来訪者は部屋の中に入って来た。

「邪魔するぞ」

「なっ……!陛下、なぜここに!?」

 慌てて自分の口を塞ぐ。
 首だけ廊下に出して周囲に人影がないのを確認すると、すぐに部屋の扉を閉めた。「誰かに会いましたか?」と確認したところ、幸いにも目撃者は居ないらしく。

 胸を撫で下ろしながら再びベッドに座り込む。
 驚き過ぎたためか、立ちくらみがした。

「どうしたのですか?私の部屋に来たことがバレたら他の使用人からなんて言われるか……」

「用事があったと言えば良いだろう」

「陛下って思ってた以上に警戒心が無いですね。ここは別邸ですよ?こんな場所にのこのこと来て、みんなが噂を立てたら私が困るんです」

「お前はデニスの優秀な助っ人なんだから、俺が直接相談に来たと言えば納得するはずだ」

「………どうでしょうね」

 ふぅっと息を吐いて首を振る。

 頭の奥がズキズキ痛んで、また身体が重くなる。気のせいか部屋の温度も上がった気がする。この部屋は使用人のための私室なので、図体の大きな皇帝様と二人で過ごすには当たり前に狭い。

 靄が掛かったような頭の中で、先ほどの考えを伝えなければという使命感が浮かぶ。右手を額に添えたまま、窓の近くに立つネロを見た。


「陛下……」

「なんだ?」

「この際だから、はっきりお伝えしたいのですが……私が陛下のお話を受けたのはお金が欲しかったからです。王宮の給与は街の食堂より良いですが、うちは貧乏なので借金の返済には足りません」

「…………、」

「陛下もお気持ちを仰ってましたけど、私だってべつに貴方が誰を好きで、どんな関係になっても気にしません」

「……そうか」

「ええ。私たちはお互いの利益のために契約を結んだのです。私は貴方のプライベートな時間に付き合う代わりに、相応のお金をいただく。正直自分に価値があるとは思えませんが、受け取れるものはありがたく頂戴します」

「ああ。それで良い、オリヴィア」

 ネロは窓の外に向けていた視線をオリヴィアに戻した。

 暗い部屋の中ではその瞳の色までは見えない。
 だけど、何か、ピリリとした緊張が走った気がした。


「今日はこれを渡したかっただけだ」

 入り口へと向かいながらネロは何かを投げて寄越す。シーツの上にぽすんと落ちたそれは白い錠剤だった。オリヴィアはわけが分からずに顔を上げる。

「なんですか……?」

「風邪薬だよ。お前、たぶん風邪の引き初めだ」

「へ?」

「今日食堂で見掛けた際に顔が赤かった。受け答えもぼんやりしていたし、飲んでさっさと寝ろ」

「あ……ありがとう、ございます」

 オリヴィアが言い終わる前に部屋の扉は閉まった。

 まさか食堂でのわずかな時間でネロがそこまで観察していたとは驚いた。確かにジャスミンと共に部屋の隅で出される料理の順番を確認していたけれども。

 座り込んでいるだけで時間は刻々と過ぎるので、とりあえずグラスに汲んだ水で薬を流し込み、回復に向けてオリヴィアは身体を横たえた。

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