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12 ゴシップ

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「おはよう、オリヴィア!よく眠れ……てはないようね」

「ジャスミン………」

 ダラダラと朝の支度をしながら色々と考えていたせいか、妙に頭が重くなってしまった。

「パーティーの前菜、変更になるみたい」

「へぇ~」

「へぇ、じゃないわよ。どうしたの?最近やる気に満ち満ちていたのに、なんだか今日は鬱みたい。来週は持ち直してくれないと困るわよ!」

「それまでには何とか……」

 来週にはエーデルフィア帝国にて近隣諸国を交えた六ヶ国会議が開催される予定であり、懇親会も兼ねた会議後のパーティーが王宮で行われることになっている。

 もちろん普段通りの食事というわけにはいかず、その時期の新鮮な野菜や魚類を取り入れたメニューが展開され、料理人たちの腕が試される。

 昨日までは楽しみで仕方がなかったそのイベントも、今はなんとも思わない。それどころか、どこか憂鬱に感じる。


(………もしかして本当に鬱?)

 原因があるとしたらネロの面倒な性癖。

 だけど、自分の胸に手を当てて考えてみても、嫌で堪らないということはない。確かに破天荒なプレイではあるものの、嫌ならばノーと言えば良いだけ。

 いつでも断れるのになんとなく受けてしまうのは、きっとそこまで嫌悪していないということなのだろう。


「おい、聞いたか!?」

 ジャスミンと始業前のおしゃべりを続けていたら、一年先輩のイーサムが話し掛けてきた。

「何がですか?」

 テンションが高めなイーサムに対してあくまでも冷静に返すジャスミンに感心していると、調子の良い男は嬉しそうに口を開いた。

「来週の六ヶ国会議だが、アデーレからはソフィア王女が参加されるらしい!」

「アデーレ……?」

 聞き覚えのある隣国の名前に記憶を辿って、その国が昨日ネロが差し出したいやらしい水着の産地であることを思い出した。ボフッと一気に顔が燃えるように熱くなる。

「え、オリヴィア…!?どうしたの、真っ赤よ!」

「あっ、熱くて!今日は真夏日ね!」

「おいまだ五月だぞ」

 訝しむジャスミンとイーサムを前にオリヴィアは「あははは」と笑顔を張り付けて手で顔を扇ぐ。

 思い出さなくても良い情報はいつも勝手に脳内で湧き上がってくるので厄介だ。これ以上無駄なことを考えなくて良いように、一心に厨房のタイルを見つめた。


「それで、ソフィア王女が参加されるから何だというのですか?」

 ジャスミンがイーサムに問い掛ける。
 オリヴィアは彼が得意げに鼻を鳴らすのを聞いた。

「ふんっ、聞いて驚くなよ!なんとソフィア王女は我が国のネロ皇帝と婚約が内定しているらしい。皇帝の母である皇太后と、アデーレの国王との間で取り交わされた約束だと聞いてる。つまり、結婚前の挨拶に来るんだよ!」

「どうせいつものゴシップですよね?」

「ジャスミン~疑うのは止せ。厨房の女たちが皇帝陛下に熱を上げてるのは知ってるが、お前たちにゃ叶わぬ恋だ」

「私とオリヴィアはデニス料理長派です。ねぇ、オリヴィア?」

「………え?」

 顔を覗き込むジャスミンにハッとした。
 慌てて笑顔を作って顔を上げる。

「ごめんなさい、ぼーっとしてたわ!」

「もう。貴女、今日はちょっと変よ?早めに帰って寝た方が良いと思う。先輩もそろそろ始業ですよー」

「お、デニスさんが来たな!」

 さっさかと自分の持ち場へと戻るイーサムを見送って、オリヴィアはジャスミンと並んでサラダの下準備に取り掛かった。

 あと数十分後にはネロが食堂を訪れる。

 婚約の話が進んでいるなんて初耳だ。
 アデーレ王国の王女様も、彼の複雑な性癖のことなど微塵も知らないに違いない。自国の破廉恥な衣装がまさか婚約者の手に渡って、その使用人に対して与えられているとは思わないだろう。

 水にさらした玉ねぎを薄くスライスしながら無意識のうちに思考の海に沈んでいたら、うっかり指先を切った。赤い血がまな板の上に飛ぶ。

(………ついてない)

 ジャスミンの言う通り、今日は早く眠ろう。
 ネロに見つかる前に部屋に戻ってゆっくりと。

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