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09 飯炊き女はうさぎになる1

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 デニスと別れてほんの数分後、オリヴィアはネロに捕まった。

 正確に言えば、別邸に戻るために移動する道中で皇帝に遭遇してしまった。見つかったらそれはもう運の尽き。逃げることなど出来ないし、契約書をちらつかされたら有無を言わずに着いて行くしかない。

 だってやっぱりお金はほしい。
 貧民たるもの、金銭には抗えず。


「……お…お久しぶりですね」

「毎日会っているがな」

「そうでしたっけ?」

「すっとぼけるな。デニスの助手になったらしいが、あれは本当にお前の意志か?どうしても嫌だったら俺からアイツに、」

「それは心配に及びません!私は本当にデニス料理長の大ファンなんです。あの方が出された本はすべて読んでいますし、サイン本を抱いて眠っていましたから」

「…………ほう」

 むんっと胸を張って言い切るオリヴィアに、不満げな皇帝は何か言いたそうな顔をする。

 しかし、結局いくら待っても続く言葉はなかったので、とりあえず「今日はどうしますか?」とお伺いを立ててみた。すると待ってましたとばかりに、滅多に見せない笑顔を貼り付けた皇帝は紙袋を差し出す。

「これは……?」

「今日の衣装だ」

 念のためネロの前で袋の中を覗く。
 そして例の如く絶句した。


「新手のボケ……?」

「俺は真面目だ」

「何やらモフモフしたものが入っているんですが……」

 手を突っ込んで取り出せば、それはなんと、可愛らしいピンク色の上下が繋がった水着のようなもの。そういえば昔母と父と三人で海へ出掛けた際に、母がこんな水着を着ていた記憶がある。

 大きく違うのは、やたらと大きなモフモフした尻尾が尻の部分に付いていることぐらい。袋の中には長い耳の付いたカチューシャまで入っている。

「………うさぎ?」

「そうだ。きっとお前に似合う」

「陛下って普段どんな目で私を見ているんですか?」

 ツッコミのつもりで言った言葉にネロは閉口した。
 スンッと表情を消した大真面目な顔で顎に手を当てて考える素振りを見せる。適当な返事が返ってくると思っていた手前、オリヴィアは驚いた。

 短くも長い沈黙の後、ネロは困ったように首を振った。
 どんな回答が出てくるのかと思わず身構える。

 しかし、飛び出したのは想定外の言葉だった。


「分からないんだ」

「はい?」

「初めて目にした時から、なんとなくお前の見た目に惹かれた。背丈のわりにプリッとした尻が良い。あとはそうだな、柔らかそうな髪も好きだ」

「それって、」

「あ、念のために言っておくが恋ではない。べつにお前が俺をどう思っていても微塵も興味はないし、恋人が居てもショックは受けない」

「………へぇ…」

 なんだろう。この、告白する前にフラれた感じ。

 こっちだって君主であるネロに恋心を抱いているわけではないのに、まるで先に相手方から「そのつもりはない」と扉を閉められたような。

「ただ、」

「なんですか?」

 言い淀むネロを急かすと白状したように口を開いた。

「何度か、お前に世話になったことはある」

「………はぁ?」

「つまり、お前のあられもない姿を想像して自身を宥めたということだ。だからこうして、契約を交わした上で堂々と好きに出来るのは非常に嬉しい」

「皇帝陛下!」

「どうした?」

 どうしたもこうしたもない。
 オリヴィアはこの国の行く末が心配になった。

 やはりあれは聞き間違いではなかったのだ。
 忘れ物の指輪を届けに来たあの日、ネロが呼んだのはオリヴィアの名前。彼は自身の下で働く使用人を想ってその右手を動かしていたということ。


「っへ、陛下は…!陛下は、私を、おか……オカズにしていたということですか!?」

「オカズ?俺的にはメインだったが」

「そういう意味ではありません!私は娼婦ではなくて一般人です!そのような妄想に取り入れるのは止めてください……!」

「だからこうして白状しただろう」

「報告すれば良いということではなく!」

「とりあえず、お前に頼るしかないんだ。男のさがとして出すべきものはきちんと出す必要がある。今のところは俺はお前以外では抜けない」

「なんっで……!」

 拳を握り締めて震えるオリヴィアの手に紙袋を押し付けて、ネロは着替えるように促す。

 皇帝の特殊な性癖のみならず、どうやら皆が恐れる我が君主が実は自分のことを性的な目で見ていたと知って心底ドン引いた。大真面目に言うこと?

 しかしながら、契約は契約。
 相手が吹っ切れた態度を見せるなら、こちらも乗るしかない。


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