【完結】今更魅了と言われても

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
15 / 18

15 ピーター

しおりを挟む




「ダコタちゃん!週末は旅行に行くんだって?」

「はい。辺境に住む知り合いを訪ねに」

 よく日に焼けた腕でガッツポーズを作って、雇い主のトロントは「楽しんで来いよ」と笑顔を見せる。

 ダコタは魔法学校を卒業後、小さな花屋に就職した。
 薬の調合に使われる特別な力を持つ植物を扱うその花屋は、個人の店でありながら一流の魔法使いや専門機関からも注文が入る名の知れた店だ。

 店長のトロント・ネルソンの人柄も良く、ダコタは花売りの仕事を気に入っていた。就職してまだ半年ほどだが、トロントからは店の看板娘として太鼓判を押してもらっている。


「店長、辺境に行く際に、例の大口注文の配達をして来ても良いですか?」

「え?良いけど、ありゃ結構重いぞ?旅行の邪魔になるんじゃないかな」

「大丈夫ですよ。少し魔法で軽くして行きます」

「そういえば魔法学校の出だったなぁ!頼もしい魔女さんが居てうちはラッキーだ」

 ニコニコと上機嫌になるトロントに頭を下げて、ダコタは店の裏手へ回り込む。

 たくさん積み重なった段ボールの中から、目当てのものを探り当てて思わず笑顔を溢した。箱の上面に貼られた注文者の名前を指でなぞる。

 どんな顔を見せてくれるのだろう?
 また部屋の掃除をする必要があるかもしれないし、軍手は自分で用意して行くべきかも。週末の予定を考えながらダコタは四角い箱に軽量化の魔法を掛ける。複雑な魔法は時間が経つにつれて忘れてしまったけれど、生活に便利な魔法ぐらいはまだ使えるので安心する。

 ダコタはトロントに別れを告げて、店を後にした。



「ただいまー!」

「おかえり、ダコタ!ピーターがとうとう出産したのよ!貴女にも電話しようか悩んだんだけど、お仕事中だと思って……」

「まぁ!がんばったのね、ピーター……!」

 家に帰るなり興奮した様子で報告する母の隣には、くったりと横になる愛犬の姿があった。

 父は仕舞い込んでいたカメラを片手に、ピーターが産んだ三匹の仔犬の写真を撮っている。数ヶ月前に腹痛で病院へ運ばれたこの犬が、実はメスで、ご懐妊であったとはあの時ヒューストン男爵家の誰も想像していなかった。


「それで、お前は明日から辺境へ行くんだろう?」

「ええ。来週には戻ると思うわ」

「辺境なんて何も無いのに、若い女が一人で行って大丈夫かい?父さんと母さんも行こうか?」

「いいえ、今回は一人で大丈夫」

「今回?」

「次があったら一緒に来てほしいの」

 首を傾げる父と母を見比べて、ダコタはしゃがみ込んだ。大きな仕事を終えたピーターの背中を撫でる。一緒に育ってきた愛犬が母になったことは、ダコタにとっても感慨深い。それだけ時間が流れたということ。

 着替えてくる、と声を掛けてダコタは自分の部屋へ引き上げた。


 十八年の時を過ごした自室。
 クランベリー色のカーテンが掛かった窓からは夕日に焼けた空が見える。その光を受けて、ひっそりと首をもたげる小さな花の方へ歩みを進めた。

「……こんなに綺麗な花が咲くなんてね」

 明日からの旅行に連れて行きたいけれど、バスの揺れは大丈夫だろうか。ダコタは用意していた籠に鉢植えを入れてみる。周りを詰めて固定すれば、移動にも耐えられそうだ。

 トランクケースを開いて衣類や化粧品などを放り込んで行く。辺境に住む変わり者の学者は、どんなタイプの服装を好むのか。誰だか分からないと困るから、化粧は薄い方が良いかもしれない。

 爪先からワクワクした気持ちが駆け上がる。
 夕食を知らせる声を聞いて、ダコタは階段を駆け降りた。





◆注釈とお詫び

ピーターは半年掛けて出産していますが、通常の犬は二ヶ月ほどで出産するようです。何も考えずに書いてしまったので「この世界ではそうなのね、ふぅん」ぐらいの気持ちで流してください。すみません。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

最後に報われるのは誰でしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
散々婚約者に罵倒され侮辱されてきたリリアは、いい加減我慢の限界を迎える。 「もう限界だ、きみとは婚約破棄をさせてもらう!」と婚約者に突きつけられたリリアはそれを聞いてラッキーだと思った。 限界なのはリリアの方だったからだ。 なので彼女は、ある提案をする。 「婚約者を取り替えっこしませんか?」と。 リリアの婚約者、ホシュアは婚約者のいる令嬢に手を出していたのだ。その令嬢とリリア、ホシュアと令嬢の婚約者を取り替えようとリリアは提案する。 「別にどちらでも私は構わないのです。どちらにせよ、私は痛くも痒くもないですから」 リリアには考えがある。どっちに転ぼうが、リリアにはどうだっていいのだ。 だけど、提案したリリアにこれからどう物事が進むか理解していないホシュアは一も二もなく頷く。 そうして婚約者を取り替えてからしばらくして、辺境の街で聖女が現れたと報告が入った。

最後に笑うのは

りのりん
恋愛
『だって、姉妹でしょ お姉様〰︎』 ずるい 私の方が可愛いでしょ 性格も良いし 高貴だし お姉様に負ける所なんて ありませんわ 『妹?私に妹なんていませんよ』

処理中です...