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14 小さな卵
しおりを挟む夜の風が頬を撫でる。
ダコタは銀色の封筒を胸に、アルバートの姿を探していた。白衣を羽織っていないと彼の黒髪は闇に溶けて見つけることが難しい。
エディたちの一件があってから、すぐにアルバートの姿を探したけれど、ダコタが目を向けた時にはもう既にそこに居なかった。
そして、そのままダコタはクラスの女子に捕まってエディやルイーズの件について色々と慰めの言葉を掛けられ、そうこうしている間にダンスの表彰式が始まった。
アルバートのリードがよほど素晴らしかったのか、優勝までは出来なくてもダコタたちのペアはベストペア賞を受賞した。それは最近恋人を失って、先ほどの寸劇を目の当たりにしたダコタにとっては皮肉なことだったが、副賞の食堂で使えるランチチケットは嬉しいので、恥をしのんで一人で壇上に上がって受け取った。
ワイズ校長は「アルバート先生にも」と二つの封筒を渡してくれたので、ダコタはお使いを済ませるためにも自分のペアだった男を見つける必要がある。
(どこに行っちゃったの……?)
パタパタと走り回っているうちに、最初に待ち合わせをした礼拝堂の近くまで辿り着いた。
いくぶんか寒くなった夜の空気にくしゃみを一つして、ダコタは再び重たい扉を押し開ける。綺麗に並んだ長椅子の一つにアルバートが座っているのが目に入った。
「………先生、」
眠っているように目を閉じる横顔に呼び掛ける。
ゆっくりと瞼が開いて碧眼がこちらを見た。
「ヒューストンさん。どうしました?」
「これを渡したくて…先生のお陰で、私たちはベストペア賞に選ばれたんです。間に合わせのペアでこんな賞をいただけたのは先生のお陰ですね」
「君の涙が審査員の胸に刺さったのかもしれませんよ」
「…………気付いていたんですね」
ふっと大きく息を吐いてダコタはアルバートの後ろに腰掛ける。頼りないダメな大人だと思っていたアルバートの背中が、今では、遠く離れた年上の男のものに見えた。
「申し訳なく思っています……先生を巻き込んだこと」
「巻き込む?」
「はい。私が軽率に先生にダンスのパートナーを頼んで、無理矢理に付き合わせました。本当は面倒でしたよね?」
「べつに貴女を責める気持ちはありませんよ」
「でも……」
「ウィンカムくんに魅了薬を渡したのは僕の判断ですし、それは教師として問題です。もともとたぶん向いてないんです。僕は子供は嫌いですし、人付き合いも苦手なので」
「先生にとって…私たちは子供ですか?」
アルバートは首を捻って顔だけこちらに向けた。
だけど、すぐに困ったように目を逸らす。
「………子供です。一緒に居ると疲れる」
「そんなに年は変わらないと思いますけど。先生っておいくつでしたっけ?」
「僕は二十五歳です。君より七年も長く生きている」
「たった七年じゃないですか」
なんだかムッとしてダコタは思わず言い返した。
アルバートは何も反応を示さずに、また前を向いたままで黙っている。目玉だったダンスパーティーも終わって学生たちは帰路に着いたようで、外の喧騒も収まったように思えた。
「ヒューストンさんは……自分のことに一生懸命で、なんてことない恋愛で一喜一憂出来る素直な子供です」
「………意地悪な言い方をしますね。なんてことない恋愛でも私にとっては全てだったんです。自分なりに正解を見つけて、不器用だけど相手を愛そうとしました」
「そうですね。羨ましいです、その素直さ」
「魅了薬が三ヶ月で切れるようにしたのはわざとですか?」
アルバートは答えず、少しだけ笑って立ち上がる。
おもむろに伸びてきた手がダコタの頭をわしゃっと撫でた。
「何するんですか!」
「すみません、つい」
「ついって………」
「あ、そういえば。いつかに僕が踏ん付けたぬいぐるみですが、洗ったので返します。あとこれはお詫びの印にプレゼントです」
そう言ってアルバートは、ダコタの手のひらの上に小さな茶色い卵を落とした。うずらの卵ほどの大きさのそれは、目玉焼きにするには物足りないように感じる。
「……これは?」
「放っておくと割れます。中から花の種が出てくるので、育ててみてください」
「そんな、突然…!」
「今の君にはちょうど良い暇潰しでしょう?」
目を細めて笑うと、アルバートは洗って綺麗になったイルカのぬいぐるみをダコタに渡す。踊っている時は持っていなかったから、何処かに置いていたのだろうか。今となってはどう扱って良いか分からないそのぬいぐるみに、複雑な思いを抱いた。
「無責任なプレゼントですね」
「そうですか?育て甲斐があってきっと楽しいですよ」
ダコタは手の中の丸い卵を握り締める。
小さな塊がわずかに震えた気がした。
アルバートの姿を見たのはその日が最後で、次の日学校へ行くと魔法薬学の教師が交替するという張り紙が貼ってあった。急遽臨時で赴任した中年の女は短気な性分で、ことあるごとに「前任者は」と文句を言った。
エディは休学し、ルイーズは退学することになった。
謎に気合いの入ったマックが「僕が養わなければいけないから」とクラスメイトに向けて話しているのを聞く限り、彼女が最終的にどちらを選んだのかは明白だった。或いは、選ばざるを得なかったのか。
こうして、ダコタは短い春を乗り越えて、プリンシパル王立魔法学校を卒業した。
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