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06 協力者

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 それからというもの。

 食欲は目に見えて減り、集中力の低下からテストの結果も散々だった。
 毎朝起きたら心がズンとして、また朝を迎えてしまったことを後悔する。自分が向かう監獄のような場所のことを考えて、目にするであろう悪夢を想像する。

 エディとルイーズはもうダコタへの配慮を忘れたのか、堂々と指を絡めて仲の良い姿を見せるようになった。

 気遣ってほしいと言いたいわけではないけれど、彼らの幸せがダコタの心を暗くして、惨めな気持ちにしていることだけは忘れないでほしかった。エディには、彼が三ヶ月間一緒に過ごしたダコタ・ヒューストンという女のことを時々思い出してほしかった。


「………もう要らない。お腹いっぱい」

「えぇっ!?まだ一口しか食べてないじゃない」

「ダコタ、お前みるみる痩せていくぞ!頼むから食事だけはちゃんと取ってくれ。メイドたちも心配しているんだ」

 そう言って父が手を差し出す先で壁際に立った三人のメイドはコクコクと頷いて見せる。

「創立記念祭に着ていくドレスが合わなくなってしまうわ。せっかく綺麗な色を見繕ったのに……」

「どうせ一緒に行く相手も居ないもの。私が一人で参加したところでみんなから笑われるだけよ!」

「そんなことを言うんじゃない。べつにパートナーが居なくたってパーティーは参加出来るだろう?父さんだって母さんに出会うまでは毎年一人で参加を、」

「もうそんな話聞きたくない……!」

 ダコタはまた息が詰まるような思いがして、逃げるみたいに部屋を飛び出した。初老の執事に「少し散歩に出る」と伝えて、小雨の降る夜の世界へと足を踏み出す。

 お屋敷の中に居ても、窮屈だった。

 両親のことは大好きだし、ヒューストン男爵家の料理人が美味しい食事を作ることはよく知っている。だけど、誰にも理解されない心の澱みがいつもダコタを苦しめる。

 親友の恋の成就を祝いたいのに祝えない辛さ。初恋が魅了で済まされた悲しみ。それでも毎日が続いていくという、どうしようもない憂鬱。

 子供のようだと分かっていても、何かに思いっきり当たりたかったし、めちゃくちゃに噛み付いてバカみたいに泣き喚きたかった。

 でもダコタは五歳児の子供ではない。
 だから、こうして外へ出て自分を落ち着かせている。


(何処へも行けないわ……)

 今までだったら、一人で抱え切れない辛いことがあれば、ルイーズの家に行って話を聞いてもらっていた。そうすれば、彼女のメイドが淹れてくれた温かいジンジャーミルクティーを飲みながら、ダコタは自分の気持ちを鎮めることが出来た。

 小さな雨粒が肩を叩くのが鬱陶しい。
 でも、もう少しこうやって歩き続けたい。

 矛盾する感情がぐるぐると胸の内で渦巻くのを感じながら道端に座り込んだ。脚を抱え込もうとしたところ、スカートのポケットの膨らみに気付く。

 何だろう、と思って取り出してみたら、それはエディがくれたイルカのぬいぐるみだった。どうやら帰宅して鞄の中身を整理した際に無意識のうちにポケットに突っ込んでいたようだ。

 なんだか無性に腹が立って小さなぬいぐるみを突いていたら、勢いが良すぎたのか、青い塊は道路の上を跳ねた。慌てて手を伸ばした先で通行人が踏み付ける。


「あっ……!」

「え?」

 黒い傘を道の上に置いて、男は身を屈めた。
 その手が、白い腹を土色に染めたイルカを摘み上げる。

「………ゴミ?」

「違います!私のぬいぐるみです!」

 首を傾げる男の手から可哀想なイルカを奪い取って、ダコタはキッと男の方を睨み上げた。人のものを踏んでおいてゴミ呼ばわりするなんて、とんでもなく失礼な男だ。

 それはすみませんでした、と軽い調子で謝ると大きな手が私のぬいぐるみを指さす。

「洗って返しましょうか?」

 その時、ダコタはこの声に聞き覚えがあることに気付いた。口調は丁寧だけど感情のこもっていない喋り方。とりあえず謝っておこう的な投げやりな謝罪。


「それとも弁償しますか?見たところそんなに高価なものには見えませんが……」

「アルバート先生?」

「ん?」

「アルバート・シモンズ先生ですよね?魔法薬学の…!」

「違います」

 男はさっと立ち上がって踵を返して歩き出す。
 置き去りにされた傘を拾って私はその背中を追い掛けた。眼鏡を掛けていないから一瞬で分からなかったけれど、この声と話し方はアルバートだ。

「どうして逃げるんですか!」

「人違いだからです」

「人違いなら逃げなくたって良いじゃないですか。こっちを向いて私と話をしてください」

「嫌です。嫌いなんです、学校外で生徒に会うとロクなことがない。特に貴女はあのエディ・ウィンカムくんの恋人でしょう?彼は僕の秘密を握って魅了の薬を作れと強請ってきた悪ガキですから、もう関わりたくない」

「えっ、魅了の薬……?」

「あっ」

 アルバートが振り返った拍子に、猪のごとく突進していたダコタはその胸に顔をぶつけた。鼻をさすりながら顔を上げると、戸惑ったような碧色の瞳が見える。

 分厚い眼鏡がない分、深いグリーンが綺麗で。
 煙たがられる教師にこんな素顔があったとは驚きだ。

「先生、私、エディには振られました」

「………そうですか」

「彼は魅了に掛かっていたそうです。自分で掛けたのかと思っていたけど、先生が薬を調合されたんですね?」

「いえ……違います」

「さっき自分で言ったじゃないですか」

 手の中のイルカを握り締めて、タジタジのアルバートのシャツを引っ張った。


「私が振られた責任、取ってください」

「………はい?」


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