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第18章 白亜の姫と錬金術科の落ちこぼれ
第145話
しおりを挟む「【魔導強化外殻】?それがもしかして、ヒロトが単騎で巨獣を倒したって言うゴーレムのこと……?」
チョコレートブラウニーを頬張り、口をまぐまぐとさせながら、クローレシア王女が俺とセイリアの会話に分け入って来た。
眠たげだった瞳は今やパッチリと見開かれ、子供のように興味津々にキラキラと輝いて……訂正、獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと妖しい光を放っていた。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、普通でいればその面差しと相まってハッとするほど美しいのだろうが、眼の下に出来た濃い隈の所為か残念臭が半端ない。
研究室に篭ってばかりなのか、日焼けもシミも無い肌は白磁の如き白さで、その髪色もアルビノかと思う程の白金色の銀髪。大和の企業キャンペーンアイドルなど足下にも及ばぬほどの儚げな美貌を湛えた美少女なのに……。
それでもさすがに普段から大勢のメイドさんや侍女さんがお世話している一国の王女だけあって、野暮ったい感じは無いが、ハッキリ言って美少女の無駄遣いである。実にもったいない……。
よくいる研究以外の身嗜みとか、女の子らしいこととかには全く興味が無いタイプなんだろう。口許に着いたチョコレートとかも袖で拭っちゃってるし…。そんな様子でもボサボサにならず、綺麗に梳かされ、キラキラサラサラと輝く長い髪に、彼女付きのお世話をしている侍女さん達の苦労が偲ばれる。可哀想に、苦労してるんだろうなぁ……。
「ねえねえ、どうなの?どうなの!? そうなんでしょ?そうよね!」
そんな俺の内心での感想や、顔さえ知らぬ侍女さん達への憐憫の情など知ってか知らずか、勢い込んで詰め寄ってくるクローレシア王女。
あらら、"無表情系美少女"のキャラまで崩壊しちゃってるよ、この娘。
「待った待った!待て、落ち着け!ちゃんと教えてやるから!皿を持ったまま詰め寄って来るな、あ~っ、ほらっ!乗ってるお菓子が落ちる落ちるっ!」
も~~っ!本当にどうなってんだ、こっちの世界は!? 王族一家、家族全員問題児ばっかりかっ!?
話によると前に会ったゼルドの兄貴で、王太子であるザインの他にあと二人、姉ちゃん達がいるそうだが、長女である第一王女は既に輿入れして国元を離れているそうなんだが、あと一人、第二王女が凄いらしい。
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その後二年ほど音信不通だったらしいが、暫く前にレイラ王妃が初代総長を務めた女傭兵団【血濡れの舞姫】の、栄えある"特攻隊長"に就任した、と手紙が来たそうな…!?
聞けば兄弟姉妹中最強で、子供の頃からザインとゼルド二人掛かりでも勝てなかった…、と。
会いたくねぇ~~っ!厄介事の臭いしかしねぇよ!何だよ"特攻隊長"ってさっ!? 『特攻王女!! 』とか、どこのヤンキー漫画だよ!? 需要無いだろ絶対!
でも、その内絶対会うことになるんだろうなぁ……。はぁ…………。
「ヒロト!早くっ!」
「分~かったってーの!」
早く早くと急かす残念王女をなだめつつ、カップのカーフを一口飲んで気を落ち着けてから話し始める。
「【魔導強化外殻】ってのは、クローレシア様のお察しの通り、「秀真の國」が魔獣共の襲来を受けた時に、私が《土人形創造》の魔法を応用して編み出した特殊なゴーレム術です 」
「ふんふん、それで?どこがどう特殊なの?」
一応、腰掛けてはいるものの、身を乗り出すようにして聞いてくるクローレシア王女。あ~あ~、髪の毛がカフェオレのカップの中に!興味があるのは分かるが子供か!?
隣に座るイラヤ学院長が、苦笑しながら窘めて髪をハンカチで拭いてやっている……。
「従来のものと大きく違う点は二点。まず一点目は術の触媒として魔晶石を使用しない事、そして二点目に魔晶石を通しての遠隔操作ではなく、ゴーレムの中に入っての直接操作だということです 」
「…っ!!!? 魔晶石を使わない!? ゴーレムの中に入る!? ウソっ!! それではそもそも《土人形創造》の魔法式が成立しない!いったいどうやって…っ!? 」
俺は一本、二本と指を立てて従来のゴーレム術との違いを挙げるも、それを聞いたクローレシア王女は驚愕に目を見開いて、そんなことは有り得ないと自身の知識外の出来事を理解出来ないでいた。
「《土人形創造》には、ゴーレムの核となる魔晶石が絶対に不可欠。そうでなければゴーレムは身体を生成することが出来ない!それに、魔晶石はゴーレムの〈制御用魔術回路〉にもなっている。よしんばゴーレムを生成出来たとしても、そんなモノは練り固めただけのただの"土の塊"、戦うどころか、動かすことも出来ないはず。いったい何をしたのヒロト!」
研究の話の所為か、途端に饒舌になるクローレシア王女。
日頃の残念さはともかく、彼女はゴーレム術の操者としても研究者としても一流であるという。その知識と経験は確かなもの…だったはずだ。
大抵において、その道で一流と呼ばれている人達ほど、得てしてそれまで自身が積み上げてきた実績や自負の為に、己の知るモノ以外の技術や新しい方法を否定したがるものだが、彼女の場合、それ以上に研究者としての探究心や知識欲が勝るのだろう。
今、彼女は自分が経験し、積み上げてきたゴーレム術の知識の及ばぬ出来事を知り、酷く狼狽している。だが、その瞳に浮かぶ色は、自分の知らない魔法技術を知る俺への嫉妬と羨望、そしてそれら未知の魔法技術を知りたいという強い感情がない混ぜとなり、さっきまでよりも更にギラギラとした光を湛えていた。
…あ、この瞳の感じには見覚えがある。どこぞの"お子様研究室長"と一緒だ。
ということは、やっぱりこの娘もトーレスと同じ"マッド"が付く研究者なんだろうなぁ……。
……ん?じゃあまさか、次に言うセリフは…!? いやいや無い無い!アレはトーレスがお馬鹿さんだっただけ……!
「教えてヒロト!その魔法技術を教えてくれるなら、……私を好きにしていいからっ!! 」
言いやがったーーーーーーーーーーーーーーっ!?
まさかとは思ったが、こいつもトーレスと同じで研究の為ならまったく後先を考えない奴だったよ!?
「なっ!? ななな何を言っているんだレイシャ!ダメ!ダメだぞっ!ダメですよね、ヒロト様っ?」
「くぉのバカ妹がっ!突然何を言ってやがる!? ちったぁ物を考えてから喋りやがれ!」
「あらあらあら、レイシャちゃんもヒロトさんの婚約者になるのかしら~~?」
「あわわわわわわわわっ!? 」
テーブルにいた面々は四者四様、真っ赤になって涙目になるセイリアに、呆れた様子で妹を叱るゼルド。のほほんとしなからとんでもない爆弾を落とすイラヤ学院長に、話の内容があちらこちらに飛び過ぎて、既に付いていけない様子のメイガネーノ。
もう、かなりのカオス状態である。おまけに……、
「何だヒロト!ウチの娘まで欲しいのか?そりゃあキッチリと筋を通して挨拶してもらわねぇとなぁ?ん?ん?」
「ヒロトよ、セイリアと祝言も挙げぬうちから、嫁ばっかり増やすのはどうかと思うのじゃが……のう?」
くっそー!コイツら酒を出さないことを、まだ根に持ってやがるな!?
隣のテーブルから厭らしく顔をニヤニヤとさせたオッサン共が、ここぞとばかりに人をおちょくってきやがった。
「クローレシア王女、そのお話しですが…… 」
「言葉… 」
「は?」
「無理に丁寧に話さなくていい。私もゼルドと同じで構わない。その方が私も話しやすいから 」
「……わかった。クローレシア、アレと義理の親子とかマジで無理なんで、お前をどうこうするとかは無しだ 」
「アレとはなんだぁっ!」
「喧しいっ!面白がってふざけた事ぬかす奴なんざアレで充分だっ!話が進まねぇんだから黙ってろっ!! 」
ヤンキー親父が文句を言って騒いでいるが、相手にすると余計に調子に乗るだろうから無視だ無視!
「……じゃあ、【魔導強化外殻】のことは教えてもらえないの……?」
「そっちの方は心配するな、ちゃんと教えてやる。だから、これからはあんな『好きにしていい 』とか軽々しく言うんじゃないぞ? 一国の王女の言っていい言葉じゃないし、何より女の子なんだからな?約束出来るか?」
「わかった。約束する 」
「良し、じゃあ何から説明するかな…?」
子供に見えても、実質六百年オーバーな偽幼女、ロリ婆アのトーレスとは違い、クローレシアは本物の十代の少女だ。長年病んで拗れまくったトーレスの"マッド気質"に比べると、まだまだ素直なようだ。
あっちの方で ーー「ワタシの時と対応が違うーーーーっ!」ーー とか叫んで地団駄を踏んでる奴も居るが、当然こいつもスルーだ。
「言ってしまえば簡単な事なんだ。《土人形創造》の為に必要な魔晶石が無いなら、魔晶石を核にする代わりに自分自身を核に見立てたら出来ないか?って考えた訳だ。魔法は"イメージ"だ。最初から出来ないと決め付けるんじゃなくて、取り敢えずやってみようってな?結果、上手い具合に《土人形創造》の魔法を応用して、《【魔導強化外殻】》っていう派生魔法……いや、新魔法が出来たって訳だ 」
事の成り行きを簡潔に纏めて話すと、セイリアや爺さん達、当時の現場である「秀真の國」にいた者以外は皆、ポカンと口を開けたり引き攣った表情で固まっていた。
「…し、新魔法って……っ!? 」
「や、『やってみよう』とかそんな軽く……!」
何だ?なんかみんなプルプルしてるけど、なんかマズい事でもやらかしたのか俺?
本物の汗は出ないが、周りのただならぬ様子に冷や汗が出る思いになり、助けを求めてセイリアの方を見れば、眉尻を下げて、どこか困ったような表情で苦笑していた。
「……ヒロトさん?今、サラッと"新魔法"と軽く仰っていたけれど、属性は置いておいて、ヒロトさんの《【魔導強化外殻】》以前に、そういった新しい技法の新魔法と呼べるものが開発されたのは、どれくらい前になるかご存知かしら?」
始終ニコニコとして、おっとりとしていたイラヤ学院長が、表情をやや引き締めながらそう尋ねてきた。
「【魔導強化外殻】以前に新魔法が開発されたのがですか?う~ん、ちょっと見当がつきませんが……、みんなの驚いた顔からすると二十~三十年くらいは前…ですか?」
周囲の驚きようから見て、二~三年ということはないだろう。それならば、と少し大袈裟目に言ってみたのだが、イラヤ学院長はゆっくりとかぶりを振り、またニッコリと微笑んだ後にこう言ったのだった。
「いいえ、【魔術学会】に"新魔法"として認定されたのは、今から六百年前が最後です 」
「ろ、ろ…っぴゃく……っ!? 」
「はい。六百年前の〈大戦乱)の時に、そちらのお二人…、ジェイ兄さんとレン姉さんが〈風属性〉と〈火属性〉を同時発動することで作り出した火炎竜巻による広域殲滅魔法《獄炎嵐舞》が最後です。以後六百年間、様々な魔法使い達が研究、挑戦してきましたが、どれも原型の枠からは出ることの出来ない本当の"派生魔法"ばかり。ヒロトさんの思い付いた《【魔導強化外殻】》は、その発想と効果を鑑みて、実に六百年振りの"新魔法"と呼べるでしょう 」
……はい、またやらかしました!
イラヤ学院長が語った"新魔法"の真実。なるほど、それならあのセイリアの苦笑も納得がいく。格好をつけて新魔法と呼んでみたが、そんな軽々しく言っていいものではなかったようだ。
しかし、六百年振り……、しかも爺さん達かよっ!?
「そ、そうだったんですか……!すいません、知らぬこととはいえ俺が軽率でした 」
「いえ、今の話を私が伺った限り、間違いなく新魔法と呼んで差し支えはないでしょう。【魔術学会】理事の一人である私が保証致しますよ。後ほど【魔術学会】に提出するレポートの作成に時間を頂きたいのですが、よろしいかしら?」
「えっ!? いいんですか?……ですが正直な事を言えば、《【魔導強化外殻】》の魔法は欠陥魔法ですよ?」
イラヤ学院長が【魔術学会】の理事という事にも驚いたが、正式な書類を提出すると聞いて少し慌ててしまった。そうして公的に認めてくれるのは嬉しいが、【魔導強化外殻】の魔法には、ひとつどうしようもない問題があるため、そこは正直に話しておく。
「欠陥魔法…? どういうことなのかしら?」
「俺にしか使えないからですよ。【魔術学会】にレポートを提出して正式に認定するのであれば、おそらく検証作業もするんですよね?ですが、おそらく発動は出来ても、俺以外の人間にはマトモに動かすことは出来ないと思います 」
「理由を伺っても?」
「理由はいくつか。ひとつは燃費が悪過ぎる事。とんでもなく魔力消費量が多いんです。次に、さっきのクローレシアの話しでもありましたが、制御用でもある魔晶石を使用していないため、姿勢から何から全てを術者である俺自身が全制御によってダイレクトで行う必要があります。他にもいくつかありますが、大きな問題点はこの二つ、まったく汎用性はありません 」
「なるほど、良く解りました。ですが問題ありませんよ? 問題なのは汎用性ではなく、きちんと発動し正しく起動するかどうか?なのです。現に先程の《炎獄嵐舞》もジェイ兄さんとレン姉さんにしか使えませんから 」
ああ、そうか!『魔法』と一口に言っても、〈超上級呪文〉とか、"禁呪指定"なんてモノもあるだろう。少なくとも『愛読書』の多くではそうだった。なるほどね。
「えぇえ………っ!使えないのぉぉ………っ!? 」
だが、試す気満々だったのか、そんな納得した俺とは裏腹に、やたらと悲しそうな叫びがクローレシア王女の口から上がったのだった。
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