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第18章 白亜の姫と錬金術科の落ちこぼれ
第142話
しおりを挟む「あらっ!冷たいじゃありませんかヒロトさん!ノア様やセイリアさんからお話しを伺って、絶対御招待頂けると思ってましたのに……、ちっとも声をかけてくださらないんですもの、ヨヨヨヨ…!」
ーー「ガツガツガツッ!ムシャモグモグモグッ!バリボリッ!んっんっんっんっ!」ーー
何が「ヨヨヨヨヨ…!」なんだか…、ベタな泣き真似で拗ねて見せるのはイラヤ学院長、【王立高等魔術学院】の最高責任者にして稀代の〈精霊魔術師〉。やはりこの人も「救国の英雄」のひとりで、《爆炎魔法》を得意とし、【炎禍の魔女】と呼ばれた婆さんと双璧を成す最強の魔法使い。温和で上品な出で立ちながら、〈大戦乱〉の時にはフィールドの全てを、それこそ空を飛ぶ鳥すらも一瞬で凍て付かせるほどの極低温の《氷雪系魔法》を行使する姿から、ついた字名が【氷結地獄】という恐っそろしい御婦人である。
ーー「モグモグモグ、ゴッキュンッ!パクん!」ーー
「そうですね、イラヤ学院長にはいつもセイリアやノアがお世話になっているんですから、お誘いするべきでしたね。すいません、俺のミスでした 」
「あ、あら?やぁねえ、ヒロトさん、勿論冗談よ?そんな風に素直に謝まられたら、私の方がいちゃもんオバさんみたいじゃないですか……!」
「いえいえ、そんなことはないですよ、俺の方からも色々とご相談したい事があるので、いつもノアに頂いているクッキーなんかの御礼方々、先にお訪ねするべきでした 」
「あらあら、そちらこそ気にしないでくださいね? 〈精霊魔術師〉である私にとって、上位精霊であるノア様との語らいは本当に楽しいのよ?」
拗ねた表情から和やかな笑みへ、その雰囲気は正しくセレブの奥様といった感じで、とても"~地獄"などと敵味方問わず畏怖された人とは思えない。
ーー「ガツガツガツ!ムシャ!モグモグモグッ!」ーー
「ところでヒロトさん?その相談というのは……?」
「ああ、それはまた後ほど。それよりも…… 」
「…んっ!んっ!んっ!プハァあぁーーーーっ!」
ーーーーーーーーーーイラっ!!
ーー ビシッ!『パァンッ!!』ーー
「痛ったあぁぁぁぁぁぁぁっ!? 」
あまりにイラっ!ときたので、カーフに入れやすいように角砂糖ならぬ小さく丸めた"丸砂糖"を、親指に乗せて弾く〈指弾〉で飛ばし、無礼者の額に命中させてやる。溶けやすいように軽く丸めてあるだけなので、丸砂糖は当たった途端に粉々に砕け散るが、それでもそれなりには痛かったはずだ。
「酷いじゃないかヒロト君っ!? 」
「喧しいっ!『プハァ!』じゃねーよ!コラ似非幼女、俺はアンタを呼んだ覚えは一切ないんだがな!? 」
今までの会話で察しがついたと思うが、三人のうちの最後のひとりは冒険者ギルドの【魔導具研究室長】トーレス・キマリスだ。
「だってだって!お姉ちゃんから話は聞いてたのに、ヒロト君ったら呼んでくんないんだもんっ!」
「なぁにが『もんっ!』だ、当たり前だろ!人を解剖したがるような変態と仲良くする趣味なんざ俺には無い!」
普通エルフ族は十五~三十歳くらいで成長が止まり、以後千歳を越えるまで外見的特徴は変わらない。だが、残念なことにトーレスは十歳程度で成長が止まってしまったらしく、六百歳を越えた今も見た目は小学生と変わらない…どころか、横にいるチェヂミの方が年上に見えるくらいの"ちみっ子"なのだ。
それなのに以前、冒険者登録する際に、俺の膨大な魔力なんかを知ったトーレスは、事もあろうに『自分を好きにしていいから解剖させろ』と迫ってきたのだ。
俺はマゾでもなければペド野郎でもないので、二重の意味でお断りである。
「それでもまあ、来たってんなら仕方ない。追い返すようなマネはしないけどな、挨拶のひとつも無しに勝手にガツガツガツガツ食うってのはどうなんだ!」
「むうぅ~~っ!私、今度お仕事で遠くに出張するんだよ?もっと優しくしてくれてもいいじゃないっ!」
「それこそ知るか!礼儀知らずに食わせる飯は無いぞ!」
真っ赤になったおでこをスリスリとさすりながら、涙目のトーレスが文句を言ってくるが知ったこっちゃない。
だが、そうしてトーレスをジロリと睨んでいたら、横からツンツンと服の袖を引っ張られた。
「何だ、どうしたチェヂミ?」
「イカンてヒロト兄ちゃん?あんな小ちゃい子をいじめたら 」
いかん!?どうやらトーレスの見た目に騙されて、チェヂミに小さな子を怒ってると勘違いされてしまったようだ。
「優しいなぁ、チェヂミは。大丈夫だよ、アレは小さな女の子に見えるけど、本当はチェヂミの村のお爺ちゃんやお婆ちゃんの誰よりも年上なんだぜ?」
「ぇえっ!? 嘘やらっ!?」
「ほんとホント、こういう本当は大人なのに子供のフリして可愛い子振ってるようなヤツはな、"ロリ婆ァ"って言うんだぞ? 」
「"ろりばばあ"?」
『『『『『 ぶぷっ!? 』』』』』
一斉に吹き出すトーレスに関係あるロイヤル席の御一同様。
この世界では当然ながら日本語も英語も通じない。じゃあ何で会話出来ているのかといえば、来てすぐにアフィーから貰った〈全原語・文字自動翻訳〉のスキルさんが、俺の喋る言葉、聞こえる言葉をこちらの言語である【大陸共通語】の該当する言葉に自動翻訳してくれているに過ぎない。
その為、本来存在しない"ロリ"などという単語は、単なる音の羅列や発音のまま、翻訳されずに伝わってしまうのだが……?
単語自体は知らなくても、言葉の意味だけは伝わったようで、全員が堪え切れずに吹き出してしまったようだ。
そしてそれは当のトーレス本人にも解ったらしく……。
「みんな酷いっ!? 私"ろりばばあ"なんかじゃないもん!立派なレディーだもん!私は傷付いたよ?この傷心を癒すために、もっとヤケ食いしてやるんだからっ!うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 」
そう言って、ロイヤル席からメイドさん達の方へ泣きながら走って行くトーレスだったが、今やそこは欲望渦巻く女の戦場だ。
今までスイーツを取り合って争っていたメイドさん達だったが、身の(スイーツの)危険を感じた途端に一致団結。見事な連携でトーレスの攻撃(横取り)を防御、トーレスは何度も必死に突撃を試みるが、スイーツの乗るテーブルに近づく事すら許されず、まるで台所に現れた『G』の如く撃退されてしてしまう。
「 んぎゃんっ!? 」
べいっ!と放り出されたトーレスは泣きながら戻ってくるが、前を見ていなかったせいで、べちゃんっ!と派手にコケてしまい、とうとうそのまま大泣きを始めてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!誰も優しくしてくれないよぉうぅぅぅあぅあぅ…っ!」
ジタバタと地面を転げ回り、駄々っ子のように泣き喚く六七〇歳……。そんな相手に優しくする奇特なヤツは中々居ないと思うんだがな…?ところが、そんな転げ回るトーレスの下に救いの天使が優しく手を差し伸べた。
「大丈夫?立てる?ケガしとらん?」
「う…?あ、あぅあぅ…!」
トーレスのような"似非幼女"とは違う、正真正銘の幼女、チェヂミが転んだトーレスを助け起こしに来たのだ。
「イカンよ、お利口さんしとかんと怒られてまうでね?私、チェヂミ!えっと…、何ちゃん?」
「……ト、トーレス…… 」
「ほっかぁ、トーレスちゃんかあ!トーレスちゃん、あっちで私とヒロト兄ちゃんの"ぶらうに"食べよ?美味しいよ!」
「…………………………うん 」
本物の幼女に慰められて、手を引かれて戻ってくるトーレス。さすがに恥ずかしいのか、その顔は真っ赤である。
『『『『『ぶふぉぅわっ!! 』』』』』
そんな普段とはまるで違う"有り得ない"ほど萎らしいトーレスの姿に、全員が我慢しきれずに再度吹き出してしまった。
「なあトーレス、散々喚き散らした後に、本物の幼女に慰められるってどんな気持ち?どんな気持ち!? 」
「ごめんなさい!もう我儘言いませんから勘弁して下さいっっ!? 」
周りが大人ばかりなら"やれやれ"で済むが、本当の子供から同じように慰められるというのは相当恥ずかしかったようで、もう言わないでくれとばかりに即座に泣きを入れてきた。
うーむ、チェヂミ恐るべし!である。まったく意図せず問題児に最大級のダメージを与えるとは!?
「うちのモンが済まないねヒロト、知らない内に後をつけて来たみたいでさ?アタシからも後でガッツリ叱っておくから勘弁しておくれ」
チェヂミに手を引かれていった先の少し離れたテーブルで、一緒にスイーツを食べ始めたトーレスをニヤニヤしながら見ていると、婆さんが話しかけて来た。
「まあいいさ、チェヂミのお陰でいいモンも見れたしな?それに、せっかく実力を隠していたのに、いきなり大勢の面前で勝負を挑んでくるどっかの英雄夫婦とかで迷惑はかけられ慣れてるよ 」
「ぬぐ…っ!? わ、悪かったよ……っ!」
トーレスに続いて婆さんもバッサリ、してやったりだな。
「で、何かあったのか?さっきトーレスが「出張」とか言ってたが?」
顔を真っ赤にして口籠もる婆さんに、こちらから話題を変えてやる。
「ああ、まぁね?実は以前に【蒼い疾風】の嬢ちゃん達が倒した"黒いオーガ"みたいな異常な魔獣が、あちこちで出没してるのさ 」
「この国だけじゃなくてか?」
「そうだね、出現した国も地域も魔獣の種族もバラバラ、共通してるのは、通常の魔獣よりも大型で、はるかに強力な個体ばかりってことくらいかね?」
「ふむ……?婆さん達の見解は?」
「アタシ等の推測では、これ等は全て人為的に起こされているんじゃないか?と睨んでるよ 」
「ま、そうだろうな…… 」
色々な場所で、同時に対処が必要な問題が起こる……か?
この"やり口"には覚えがある。ここではなく"地球"で、だが。
何処の誰が、いったいなんの意図があってやっているかは知らないが、この"やり口"は正に『同時多発テロ』だ。
と、なると、今起こっている問題は全て"陽動"、本当の目的は別にあると見るべきだろう。現時点ではその"本当の目的とやらが何か?"までは分からないが、テロを企だてる奴の考えている事なんざ、どうせロクなことではないだろう……!
「婆さん、気をつけた方がいい。それが本当に人為的なら、騒ぎを起こしている奴等の目的はきっと別にある。何をしようとしてるのかは分からないが、多分、今起こっている魔獣騒ぎは、その"本当の目的"から目を逸らさせる為の"囮"だよ 」
「……っ! なるほどね………。分かった、冒険者ギルドの各支部を通じて、各国の政府にそれとは無しに警戒するように通達しておくよ。それからヒロト、事と次第によっちゃあ『零』に依頼を出すことになるかもしれない。覚悟しておいておくれ 」
「分かった。覚えておくよ 」
魔獣なんてモンが存在していても、基本、牧歌的な中世ヨーロッパ風の世界だと思っていたが…、その裏で何だか随分キナ臭いコトになって来ているようだ。
通常より強力な魔獣…、同時多発テロ…。
秀真の國や王都、そしてヨウロウ村やアソノ村……。こちらに来たばかりならばともかく、今では俺も多くの人達と縁を結び関わった。
何より、セイリアやソニア達を守りたい。俺だけが強くても、ひとりでそれ等全てを守り抜くことは出来ない。
本当なら文明レベルを飛び越えてしまう『技術チート』的なことは、あまりしない方がいいのかもしれないが、守れる力があるのに使わないこと、その事を後から後悔するようなことなど絶対にしたくない。
そう考えれば、この場に守るべき縁した人達がいること、今考えていることを実際に実現に移す時に助力を請わねばならない実力者達が集まっているのは、女神…、アフィーちゃんの導きというか、必然なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は記憶や電脳のメモリーにある『"現代兵器群"を再現する』という計画の一手となるかもしれない、場違い感でガチガチに固まっている少女の方を見やるのだった ーーーー 。
『「俺は遠慮をやめるぞ、ジョ〇ョォォォォォォォォォォォッ!! 」ってヤツですね!マスター♪』
『やめて!? アイちゃん、マジで危険だからやめて、お願いだから……っ!! 』
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