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第16章 冒険者な日々〈ヒロトのいない日〉

第115話 番外編 side unknown

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「ちょっと!ダイ? 持ち物や装備はちゃんと確認したんでしょうね!忘れ物したって当分帰って来れないんだからね!? 」

 部屋での準備をしている所に、突然ノックも無しに入って来たと思えばコレだ。
 毎回、毎回煩いったらありゃしない。

 コイツの名前はティーリ、幼馴染で同い年のくせに、事ある毎にお姉さん振りたがるのが困ったもんだ。

「うっせーなー、ちゃんとやってるよ! それよりティーリ、本当に付いて来るつもりかー?」
「当ったり前でしょ!アンタ、ちょっと強いかもしれないけど、てるクセに妙にお人好しなんだから、悪い奴に騙されない様に私が付いてってあげるわよ。し、仕方なくなんだからね!? か、感謝しなさいよ!」

 元々、次男坊である俺が家に残っていても兄貴が嫁さんを貰う時の邪魔になるだけ、そう思って十六歳になったら冒険者として家を出ることを決めていた。
 そしたら何故かコイツまで ーー「一緒に行く!」ーー と言い出したのだ。まあ、ティーリの家も兄貴が居て、俺と似た様な境遇ではあるんだが……?

 持ち物や装備を確認して、最後に十六年間暮らした部屋を見渡す。次に帰って来たとしても、もうこの部屋は俺の部屋じゃなくなっているだろう。逆にそうだったら良いなと思いながら扉を閉めてティーリと食堂に向かうと、親父とお袋、兄貴が待っていた。

「ダイ、本当に行っちゃうのかい?」
「なあダイ、別に町から出て行かなくても、お前の実力なら冒険者なんか辞めて御領主様の所でも騎士になれるんじゃないのか?」

 大分前から家を出ることは話していたが、お袋と兄貴は此の期に及んでも引き止めてくれ様とする。ありがたいな とは思うが、別に嫌々出て行く訳じゃ無いしな。

「ありがとなー、兄貴、お袋ー。でも、”宮仕え”はかな?ってさー 」
「”もう?”」

 やっべー!?ちょっとな事を言っちまったかな? 兄貴が怪訝そうな顔をしてるし、適当に誤魔化しとこう。

「いやいや、堅っ苦しいのは苦手だからさー、俺はー。それにほら、王都とかも行ってみたいしさー 」

 ーー(みたいな相棒には出逢う事は無いだろうしな… )

 そう言うと、黙っていた親父が初めてここで口を開いた。

「二人とも、ダイにはダイの考え方、人生がある。寂しいのは分かるが男が一度決めた事だ、笑顔で送り出してやろうじゃないか? なぁに、十歳の時に、町の男達の留守を狙って攻めて来たゴブリンやオークの群れをやっつけちまったダイなら心配要らないさ。だがダイ、一番怖いのは悪巧みする人間だ、充分気を付けるんだぞ?」
「大丈夫よおじさん!私がその辺はしっかり見ててあげるから問題ないわ!」

 だからティーリ、何でお前が偉そうにしてんだよって!

「はははっ! そうだな、”しっかり者”のティーリちゃんがダイに付いて行ってくれるなら安心だ。だが二人とも、町の外は本当に危険なんだ。気を付けて行くんだぞ?」

 親父まで……はぁ、まあいいや、気を取り直してさっさと行こう。
 
「じゃあ親父、お袋、元気でなー、何年かしたら、またいっぺん帰ってくるからさー、兄貴はさっさと良い嫁さん貰えよー 」

「喧しいっ!大きなお世話だっ!」「気を付けて行くんだよ?」「無理をせず堅実にな 」

 騒がしいけど、優しくて本当に良い家族だ。俺に、こんな良い家族が出来るなんてな……、おっと!湿っぽいのは似合わない。希望の旅立ちなんだしな!

「じゃあ、またなーーっ!! 」

 家の外まで見送りに出て来た家族に手を振って、生まれた家を後にした。

 ーー さあっ!旅立ちだっ!! ーー

「ちょっとっ!私の家にも寄らなきゃダメでしょっ!! 」


 …………そうでした………。

 


***********


「聖女様!」

 仕立ての良い、見るからに高価そうなドレスに、宝石を散りばめたティアラを着けた少女が、私の姿を見つけて嬉しそうに近寄って来る。

?何度も申しますが、私は”聖女”などではありませんよ?」
「いいえっ!貴女様は私が不埒者共に襲われ危機に陥ったあの時に、突然鋼色のと共に何も無い空中から現れて私の命を救って下さいました!きっと貴女様は神が遣わした聖女様に違いありませんわっ!! 」

 う~ん……、”神の遣い”…ねぇ?どちらかと言えば、私は”パブリックエネミー公共の敵”だったんだけど……。う…っ! 皇女様の信仰にすら似たキラキラした目が……っ!?

 あの”運命の日”、それまで何も知らず、騙され、いいように踊らされていた私は、向けられた嘲笑と銃口を前にしても、悔しさの中で歯噛みするしかなかった。
 でも、その反面では、『これでパパとママの処に行ける 』とも考えていた。

 ーー それが、何故今、私はこんな所異世界に居るんだろう?

 突然目の前の光景が変わり、気が付けば皇女様この娘が襲撃されている現場に出会した。
 そいつらは私にまで襲い掛かって来たものの、一緒に転移?したらしいアーマードサポートドロイドASDのスタンショットを喰らって、アッという間に無力化されてしまった。

 何故?と疑問に感じたが、後から本人?に聞いてみれば、現在は当然ながら制御用マスターAIとのリンクが途絶した状態で、最終的な命令であった”私を保護する”というプログラムの続行中だったそうだ。

 皇女様が「鋼色のゴーレム」と言っているのはこのASDの事だ。ただ、その時の状態は命令された最終プログラムに従っていただけ。今はマスターが居ない野良状態だった。
 いくら”自律型AI”と言っても、あくまでに対して判断して行動するだけ。自分で何かを考えて行動する訳じゃない。当たり前よね?この子はAIであって、じゃないんだから。基本、喋る電子レンジと変わらない。
 だから私はこのASDと自分の電脳をリンクさせて私をマスターに設定して、昔飼っていた犬の名前を取って”ココア”と名付けた。いまいち似合わないかな?と思ったけどいいよね?ASDって呼び難いし。

「聖女様…?」

 その時の事を考えてボーっとしてた私を、皇女様が心配そうな顔で覗き込んでいた。いけない、いけない!

「あ、すいません皇女様。それで何の御用でしょうか?」
「はい!お天気も良いし、お庭のお花が綺麗に咲いていますので、聖女様をお茶に御誘いしに来ました!」

 あの時の事は、どうやらこの”帝位継承権第一位”の皇女様を狙った、所謂”御家騒動”らしいのだが、誰が主犯なのかは判らないし、余り公けにも出来ない事件なんだそうだ。

 で、私がどうなったか?と言うと、突然空中から現れた事、皇女様の命を救った事で『神の御使い』とか『聖女』とか呼ばれて、皇女様の強い希望もあって今は皇宮に招かれて暮らしている。

 突然、右も左も判らない世界に飛ばされた私にはありがたい事だったけど、さすがに皇帝陛下との謁見の時は緊張した~~っ!?

「御誘いありがとうございます。それじゃあ行きましょうか?」
「はい!とっても綺麗なんですよ!」

 まるで妹のように私の手を引いて、早く早くと急かす皇女様。

 手を引かれながら、あの時の事を思い出す。

 ーーそういえば、あの目の前の光景が変わる一瞬、とても綺麗な女の人に会った様な気がするんだけど…?そう、それこそ本当にの様な……。それから、あの時私を助けてくれた黒尽くめの男の人は無事だろうか?  ーーー

 まあ、いくら考えたって分からない。何しろ確かめようにも、別の世界に来てしまってるんだから。もしあの綺麗な人が本当の女神様なら、せめて祈っておこうと思う。ーーあの男の人が無事でありますように ーーと。

 元の世界に帰れるかどうかは分からないけれど、今はこの身内すら信用出来ない可哀想な皇女様を守ってあげたいと思う。
 そんな事をしても、騙されて多くの人の命を奪うことに手を貸してしまったバカな私の罪滅ぼしにはならないとは思うけれど……。

 


***********



 淀んだ瘴気が漂う暗い渓谷に雷鳴が響き渡る。
 いや、渓谷と呼ぶにはスケールが大き過ぎるかもしれない。その景観だけを見れば、北米にあるグランドキャニオンと呼ばれる場所によく似ている。しかし、渓谷の幅は細い物であっても何キロにも及び、その規模はグランドキャニオンを何倍にもスケールアップさせた様だ。

 ーークオオオォォ……ン ーー
 ーーギュアッ!ギュアッ!ギュアッ!! ーー
 ーーゴ…ァァァァァァッ!! ーー

 通常の物がまるでミニチュアに見える程巨大な樹木の合間から、遠く…、近く、巨大な質量の歩き廻る音、様々な鳴き声や咆哮が響いて来る。

 瘴気すら含んだ濃密な”魔素”が渓谷の底に漂うこの場所では、普通の生物は生きることは出来ない。

 其処に棲まうのはーー【巨獣】ーー と呼ばれる者達。

 様々な生き物と昆虫を混ぜ合わせた様な外観を持ち、”小型”の物でも通常の魔獣なら大型と呼ばれるサイズの体躯を持つ生物。

 生態、生存圏が余りにも違っている為、その生態は殆んど分かっていない。だが、僅かに判明しているのは、彼等は常に大量の魔素を必要としているらしく、普通の生物では生存に適さないほど濃密な魔素の中でしか生きられないという事。

 濃い魔素を含んだ物を好む為、同族である【巨獣】同士で捕食し合い、生存競争に勝利した個体はどんどん強く巨大になっていくという事くらいだ。

 だが、こうした濃密な魔素の中でしか生きられないはずの【巨獣】が、何の弾みか人間世界に迷い込んで来る事がある。迷い込んだ【巨獣】は足りない魔素を求め、人も、家畜も、作物も、魔獣ですら狂的な飢餓感のままに手当たり次第に喰い散らかすという被害を齎す事件が往々にして発生するのだ。

 その際には領主軍、国軍を挙げて迎撃に当たるのだが、巨獣に対抗出来るような存在は一部例外を除いて【竜種】や【上級精霊】のみ。
 多くはその巨体や圧倒的な攻撃力の前に蹴散らされ、喰い尽くされて滅びた街や村は枚挙に暇が無く、時には国すらも滅び去ったと歴史には記されている。

 そんな【巨獣】達の楽園…に、一際巨大な雷鳴が響き渡り、紫電の雷光を纏った稲妻が天から下り降りる。

 いや…、ただの稲妻では無かった。眩い光の中、雷光と共に地面へと落下していくがあった。

 激しい勢いで渓谷の崖や巨木に打ち当たり、大きな岩の隙間に挟まる様にしてやっと動きを止めたは、明らかに”この世界”の物では無かった。

 それは機械、歪ではあるが人型を模し、特に戦闘用に作られた”自律型装甲補助機体ASD”と呼ばれるモノであった。

 元は艶を消した漆黒の塗装だった外装は落雷によって煤けている。落下の衝撃で右片腕を肘から失っているものの、胸部装甲が大きく以外は大きな外部損傷は見当たら無い。

 だが、落雷によって急激にその身に流れた大電流の為か、モニター部分のカメラはチカチカと明滅を繰り返していた。

 と、そこで思いもしない事態が発生する。まだまだ小型のゴキブリとトカゲを合わせたような若い巨獣がASDに近付くと、在ろう事か パクリと機体を飲み込んでしまったのだ。

 若く、小さな個体は弱く、生き残る為に僅かな魔力を出している物ですら何でも食べてしまう。だが、[魔力=生命力]の筈だ。という事は、あのASDは生きていて魔力を発生させていたという事だろうか?

 ーーいや、そうでは無かった。

 そのASDには、かつて『生命』であったモノの残滓、怨みや憎しみなどの妄執、”怨念”が取り憑いていたのだ。

 ASDに取り憑いた怨念には当初、明確な意思は存在していなかった。ただ怨み、ただ憎しみ、ただ嘆き、ただ怒る…。
 普通であれば、やがてその感情めいたモノも曖昧となり、消え去っていたかもしれない。だが、巨獣の体内に取り込まれた事によって、別の強烈な思念に晒された。それは言葉にするならば『喰イタイ、生キタイ…!』といった物であった。
 意思では無い、感情でも無い。それは強烈な生存本能の塊。だがそれは怨念に変化を齎して行く。
 それまで明確でなかった意思、意識の様な物を取り戻し始めたのだ。

 (憎イ…、だレガ? アイつ等ダ…、おレ……、オレ?オれをスて駒ニシた…、イたイ……、苦しイ…、オレヲ撃ち殺シた…!! 憎い…、喰いタイ…!なゼ…オレが!? 生キタい!喰いタい!復讐ヲォォ…!)

 元より不完全な生命の残滓、感情の一欠片。ピースの揃っていないジグソーパズルの様に、所々が抜け落ちたままの記憶。だが、それらは収束されてひとつの明瞭な意思と成っていく。

 無機物であるASDは消化も分解もされる事なく巨獣の体内に留まり続け、まるで寄生虫が宿主から栄養を奪う様に魔力を摂取して存在をハッキリとさせて行く。
 巨獣にある物は強烈と雖も生存本能のみ。怨念のその深い怨み、激しい怒りなどの感情を備えた意思は、巨獣の本能を凌駕し侵食を始め、何時からか、巨獣自体が怨念に支配され始めたのだった。
 
(強ク…!もっト喰ッテ強く!復讐ヲ、俺をバカにシた奴ラに!全てガ憎イィィィィィっ!! )

 手当たり次第に襲い掛かり喰らう。反撃に合い、逆に喰われても、また内部から侵食して支配し、また喰らう……。


 ーー ドクンッ!ドクンッ!

 どんどん肥大した怨念はやがて巨獣の肉で出来た巨大な”繭玉”を形成する。その最奥で胎動を始めたのは新たなる”生命”。
 だがそれは、ASDを核として、数多くの肉と、生命と、魔力を取り込んで『怨念』が生まれ変わろうとする余りにも”邪悪な生命”だった。

 その邪悪な魔力波動は周囲にも拡散して影響を与え、巨獣や魔獣達を強く、狂暴にして行く。

(待っテいロ……、俺ヲ馬鹿にしタ奴ら……。今度ハ俺が、喰い尽クシテやル………っ!! )

 ーー ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!!

 やがて産まれるであろう邪悪な。それが生まれ出でた時世界は………!? ーーーーーー



***********



「アンリーナ! 何故!? なぜこの世界イオニディアに招き入れたりしたのっ!? 」

 本来ならば慈愛を湛え、優しげに微笑みを浮かべる眦をキツく吊り上げて声を荒げる女神。しかし、その感情を向けられたもうひとりの褐色の肌色をした藍色の髪の女神は、目を閉じたまま悠然として答える。

「『何故?』愚問ね、アフィーアフィラマゼンダ。貴女が”慈愛”を司っているように、私も”混沌”を司っているのよ? 光も闇も、生も死も、そして…”善と悪”も。私にとっては全て等しく祝福を与えるべき愛しき物。…故に私は全ての可能性を
「ですが……っ!」

 尚も言い募ろうとするアフィラマゼンダに対し、そこで初めて”原初にして混沌の女神” 『アンリーナマンユ』は閉じていた瞳をゆっくりと開く。その瞳の色は万色。”混沌の女神”の名に相応しく、様々な色へと変化し、ひとつ色に留まることは無い。
 その神威を湛えた瞳に見詰められ、思わずたじろぐアフィラマゼンダ。
 『アンリーナマンユ』、彼女こそが最も始めに造物主である”創造神”に生み出された”原初の女神”。
 その神威、神としての力は最高管理神たる七柱の中で最も強力であり、神々全てにとっての姉である彼女は諭す様にアフィラマゼンダに語りかける。

「アフィー?貴女が生命を、人間達を慈しむのは分かるわ。でもね?”歩みを止めた世界”には緩やかな退廃しか訪れないわ。盛者必衰、栄枯盛衰。どの様な存在にも滅びは訪れるモノよ?永い時間の流れの中でコレは仕方の無い事。貴女が招いた第八柱に成り得る彼が救世の可能性なら、あの邪悪なるモノもまた、世界を滅亡させるかもしれない可能性のひとつ 」
「【神】とは、それを見続けて行くモノ……… 」
「そうよ、アフィー。総ては必然、一度世界に組み込まれた因果に対して過剰な介入はしてはならない。『最高管理神』と言っても、所詮私達はこの世界を運行するシステムの一部に過ぎないのだから。コレは時代の”変化点”、世界イオニディアに刺激を与え活性化させる為には必要な事。その中で滅びも、危機を乗り越えて更に歩みを進めるのも全ては彼ら次第…… 」

 唇を噛み、口惜しそうに俯くアフィラマゼンダ。

(「ごめんなさいヒロト君、アイちゃん。好きに生きて良いって言ったのに、きっと貴方達を運命の渦に巻き込んでしまうわ。でも、お願い…、子供達を…、人間達を守って………っ!」)

 切なる祈りを異世界から訪れた男へと送る女神。頬を伝う懺悔の涙と共に、せめてもの祝福をヒロトとアイに送り続けるアフィラマゼンダだった ーーーーーー。

 





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