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第11章 イオニディア・ゼロ

第73話

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 ーー「」か……。ーー

 この世界では、人権などと言う意識はほとんど無いと言っていい。むしろ、ロードベルクのような国の方が少ないのだという。この血を吐くような叫び、彼女は”奴隷”として囚われてから、いったいどれほどの惨い扱いを受けていたのだろう?

『アイ、彼女を理不尽な隷属から解放する。”糸”を彼女の首輪に接続するから、〈魔術回路〉に侵入してハッキングしてくれ』
『イエス、マイマスター、対象【隷属の首輪】への接続確認、術式回路への強制介入を実行します。…〈魔術回廊〉に侵入開始、…〈隷属〉術式プログラムへのハッキング…スタート 』
『どうだアイ?掌握出来そうか?』
『はい、構造的に、普通の《呪文解除ディスペル》では解けない様に複雑化されている様ですが、問題ありません。……酷いですね…、強制的なマスター設定に、服従プログラムです。設定されたマスターの命令に対して、それに反した言動、行動をすると、懲罰プログラムによって耐え難い苦痛を与える仕様になっています。しかも、どんなに望んだとしても、自ら命を絶つ事を禁止する誓約付きなんて……!? 許せません!こんな物は”呪詛”と同じです!【生命】を何だと思ってるんですか!! 』

 この世界イオニディアに来て【生命】を得た事を、アイは”心から”喜んでいた。それだけに、逆に人間を、意思ある【生命】を物の様に扱うことが許せないのだろう。

『マスター、ハッキング終了、首輪の〈隷属〉プログラム掌握完了しました』
『よくやった、アイ。術式をコピーして、今後同一ケースに遭遇した時に、すぐに解除出来るように俺をマスター設定出来るよう、侵入キーを設定しておいてくれ』
『イエス、マイマスター!』
『それからな、ちょっと考えがあるんだが?あの娘は辛い思いをした為に、死による解放を望んでいる。きっと、ただ首輪を外すだけでは救えないと思う。だから…………、 』
『………そうですね、分かりました。マスターの思うままになさって下さい 』
『助かる。万一の時はフォロー頼むな?』
『イエス、マイマスター、万事お任せ下さい 』

 ジャリッ、ジャリッと地面を踏みしめながらマーシャスとダークエルフの少女に歩み寄る。
 近付く度に、マーシャスの顔は引き攣り、少女の顔は喜びの為か笑顔になって行く。
 ただそれは、人間の、透き通る様な哀し過ぎる笑顔だった。

「ひ…っ!くっ来るなぁ…っ!」

 二人の直ぐ前に立ち、”大鎌”を振りかぶると、少女は静かに、祈る様な表情で目を閉じ、俺は二人目掛けて高速で大鎌を振り下ろした。
 
ーーザシュッ!ジャガッ!ザンッッ!!
ーー

「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!! 腕がっ!足があぁぁぁぁぁぁ!? 」

 数度の斬撃によって、両手足を肘膝の部分から切り飛ばされて悲鳴を上げながら地面の上を転げ回るマーシャス。

「………………えっ?」

 だが、ダークエルフの少女は……無傷だ。
 少女の思いを聞き、確かに俺の大鎌は二人まとめて斬り裂いた。だが、アイに頼んで、少女の方だけ、刃が通り過ぎた端から《治癒》で治してもらったのだ。一瞬の痛みやは感じたかもしれないが、血の一滴、毛筋程の傷どころか、今まで受けたであろう暴行による怪我や傷痕も全て治ったはずだ。

『アイ、爺さん達はがお望みだ。失血と外傷性の二次ショックで死んでしまわない様に、奴の傷口を凍らせて出血を止めておいてくれ 』
『イエス、マイマスター 』

 激痛に悲鳴を上げ続けるマーシャスの処理はアイに任せ、羽交い締めの拘束から解かれて地面に座り込んでいる少女へと近づく。
 呆然としてた少女は、俺を見上げると、キッと眦を吊り上げて、震えながらこちらを睨む。

「どうして…?どうして殺してくれなかったの!? こんな…こんな穢れた私が生きていたって……っ!それに、こんな首輪を一生着けていろというの!」

 大粒の涙を流しながら、嗚咽を上げる少女。彼女にとって、”死”のみが、汚され、踏み躙られた呪われた我が身から解放される、ただ一つの救いだと思い願っていたのだろう。
 そんな彼女の様子を嘲笑うかのように、マーシャスが引き攣れた笑い声を上げる。

「く、くひひひひっ!そ、その女の【隷属の首輪】は、マスターに設定してある、も、者しか外せない!む、無理に外そうとすれば死いィぬ!ひひ…っ!それだけじゃない!マスター設定してあるヤツの魔力波動が三日も途切れれば、同じく《憤死魔法》が発動して、捕まっている奴は皆んな苦しみ抜いて死ぬんだぁぁぁっ!ククク…!ざ、残念だぁったなあぁぁっ!マスター設定したヤツは、さっき貴様が全員殺しちまったぜぇ?ひゃあーはっはっはぁぁぁぁぁっ!! 」

 最後の悪あがき、と言うか、嫌がらせだとばかりに、地面に転がったまま勝ち誇り、狂ったように哄笑を上げるマーシャス。

「ふん…! 『無理に外そうとすれば』…ねぇ?それはか?」

 狂ったように引き攣った笑い声を上げ続けるマーシャスに、見せつけるように少女の首に在る【隷属の首輪】の留め金部分を指で摘み……。

 ーーグシャリッ!ーー

 一気に握り潰して引き千切ってやる。

「…………っ!?」
「……ばっ!馬鹿なっ!? 何故だ!なぜ《憤死魔法》が発動しないぃぃっ!? 」

 マーシャスだけでなく、あまりの驚きに目を見開く少女。
 当然だろう、アイがハッキングし、掌握した〈隷属〉プログラムにある誓約の中には、ヤツが言ったように首輪をつけられた者が逃げられない様に、従順に従うしかない様に、首輪を外せない様、数々の強制術式回路が組んであったのだから。

「さあな?おおかた、が仕入れた”不良品”だったんじゃないのか?」
「……!!!? 貴様っ!ギザマ!ギザマああアアアぁぁぁぁぁっ!!!! 」

 転がったまま、呪い殺さんばかりの目付きでマーシャスが睨みつけてくるが、ザマァ見やがれ。知ったこっちゃない。そんなことより、はるかに大事な事がある。

『アイ、この娘に《清浄クリーン》を頼む』
『イエス、マスター』

 アイに頼み、ソニア達と街をぶらついた時に見付けた魔道具屋で購入した生活補助魔法で、彼女の身体に付着していたを取り去ってやる。

「さて、さっきお前は俺に『殺してくれ』とした。だが、俺は冒険者、それも〈ランクSS〉の、だ」
「え…っ!?〈ランクSS〉!? 」
「そうだ。冒険者に依頼するなら、当然対価、が必要だ。しかも、〈ランクSS〉ともなれば、一回の報酬は金貨二百枚や三百枚だ。お前にそれが払えるか?」
「そんな!? …そんなお金なんて!……ある訳無いじゃない…… 」

 悔しそうに唇を噛んで、目を伏せる少女。俺はしゃがみ込んで、目線を近くに合わせる。

「そうか、ならば俺は”報酬”として、お前のを貰う。お前の生命は俺のモノだ。……だから…、『生きろ』 」
「……!? 」

 ハッとした表情で、顔を上げる少女。

「家族が居るんだろう?なら、苦しくても…、生きろ。自分だけじゃなく、家族の為に。それを報酬として貰う 」
「でも!でも…私は……っ!」
「お前は今回の事で、心にも、体にも深く大きな傷を負っただろう。だが、例え傷痕は残ったとしても、その傷はいつか必ず癒える。そして、今、俺は確かに依頼通りにあの男ごとお前の身体を斬り裂いた。斬って殺した。だったら、もう奴隷だったダークエルフはどこにも居ない 」

 そう言って、少しでも安心出来る様に、ギュッとその体を包み込んでやる。

「もうその首に、首輪は疎か、傷痕すら残っていないだろう?誰が何と言おうと、お前は穢れてなどいない 」
「ホント…に?ホントに、わ、私は穢れてない……?汚くない?…だって、私、あ、あいつらに……っ!」
「本当だ、安心しろ。怖かったな、もうから…」
「うっ、ふぐっ…!うわ、うああああああああっっ!! 」

 俺の胸へと取り縋り、大声で泣き始める少女。だが、その泣き方はさっきまでの慟哭では無く、迷子がやっと親を見付けたような、そんな子供のような泣き方だ。時間はかかるだろうが、きっと大丈夫だと信じたい。

「ノア…! 」
『はっ!此処に!』

 地に落ちた影が、なお暗い闇色に変わり水面のように波打つと、波紋の中心から黒猫の姿のノアが飛び出して来た。

「我が主、闇精霊ノア、御召しにより罷り越しました 」
「ああ、ノア、状況は分かっているな?」
「はい、主の命により、意識を傾けて同調しておりましたので、全て分かっております 」
「よし、ならばアジトの中に囚われている被害者の子達を保護して来てやってくれ。そうだな?怖がらせないように、お前の魔法で眠らせてやるといいだろう。それから、そこに転がっているバカと、あと二人ほど悪党が隠れてるはずだ。そいつらの確保も頼む 」
「委細承知!」

 スッと、また影の中に消えていくノア。見れば、マーシャスの姿も影の中に飲み込まれていた。

「うっうっうっ、うわあぁぁぁぁぁん!」

 腕の中で、まだ泣きじゃくるダークエルフの少女が少しでも安心するように、優しく頭や背中を撫でてやる。気の済むまで泣かせてやった方が良いだろう。
暫くそうしていると、今度は普通にアジトの扉の方からノアが戻って来た。

「我が主、御命、滞り無く果たして御座います 」
「ご苦労さん、隠れていた連中も問題無かったか?」
「はい、”闇”こそは我が眷属の棲家、闇の無い場所などどこにも御座いません。何処に隠れようと、常に我が眷属の眼があり、耳が御座います故に 」

 ニヤリと口の端を持ち上げるノア。何処となく”ドヤ顔”をしているが、まあ、今回は感謝しておこう。

「そうか、ご苦労さん、ありがとうな 」
「いいえ、主のお役に立てたなら重畳に御座います 」
「ああ、感謝している。……ノア、この娘も疲れてる。そろそろ眠らせてやってくれ 」
「御意…!」

 ノアの体から、紫がかった闇色の魔力波動が立ち上り、ダークエルフの少女をふわりと優しく包み込む。すると、今まで泣きじゃくっていた少女は、まるで泣き疲れて眠ってしまった子供のように、スゥスゥと寝息を立てて眠り始めた。

「……終わったな。じゃあノア、頼んだ 」
「御意に御座います。それでは…!」

 そう、俺の”奥の手”とは、闇精霊であるノアの影を介する事で行える《空間転移》だ。
 ただしこれには条件があって、『ノア自身、または契約している俺が一度は行った事がある場所』にしか転移する事が出来ないが、最も高速の移動手段が飛竜ワイバーン等の、テイムした飛行型魔獣での移動しか無いこの世界では、条件付きとはいえ移動時間が実質ゼロの《転移魔法》は物凄いアドバンテージだろう。

 また、ノアの影の中は一種の別空間となっている。アイテムボックスの中には人間等、生きたままの生物とかは入れる事は出来ないが、ノアの影の中ならば、さっきノアにやってもらったみたいに、生きたまま五十人ほどなら取り込む事が出来るらしい。
 
 冒険者稼業を営む上で、単なる移動手段としても非常にありがたいが、この先、こうして誘拐され、奴隷に堕とされてしまった子達を救出するのに、他国へと潜入する事も多くなるだろう。その際の脱出手段として、これ程の最良な方法は無い。

 何だか半分騙されての〈契約〉だったが、このノアの能力を聞いた時に、〈契約〉して良かった!と思ったね。全くノア様様である。今後は多いに活用させて貰おう。

 ノアの足元から広がった”闇”が、俺の足元まで広がると、まるで下から伸びるカーテンの如く俺達の姿を覆い隠す。そのまま、とぷんっ、とノアの作り出した闇の中に身体が沈み込む。
 すると、一気に闇はその厚みを無くし、やがて闇が”影”に戻った時には、俺達の姿は跡形も無く消えていた。



 ……がっ!?

『ところでマスター?関係書類や契約書などの証拠品は、ほっといてよかったんですか?』
『……っ!? いかーーーーーーん!!!! すっかり忘れてたっ!? 』

 と、言う訳で、証拠品の押収の事をスッパリと忘れていた俺は、もう一度ノアに頼んで、慌ててアジトへと舞い戻ったのだった……。
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