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第10章 英雄王の末裔達
第61話
しおりを挟む「親父ぃっ! ありゃあどういう事だ!サッサと白状しろや…へぶぅっ!? 」
ーー バァーーンッ! ーーっとグランベルク城内にある執務室の扉を、怒りに任せた勢いのまま乱暴に押し開け、突入した王太子ザインと第二王子ゼルド。
『セイリアのお兄ちゃん』(自称)を自負する二人は、先程学院で見た”信じられない光景”について、間違い無く詳しい事情を知っているであろう父親、『ジオン・リグロス・ロードベルク』を問い詰めんと、眼光鋭く詰問の言葉を叫ぶゼルドだったが…、返事の代わりに返って来たのは、大きく分厚い、百科事典のような書物だった。しかも顔面直撃である。
書物の飛んで来た方を見れば、大リーガーのピッチャーばりのフォロースルーの姿勢を決めた男が、決済待ちの書類が山と積まれた重厚な執務机の向こうでゆっくりと立ちあがる。
彼こそが「ジオン・リグロス・ロードベルク」この国の象徴たる現国王である。ゼルドより背の高いザインよりも、更に巨躯を誇り、齢四十五と肉体的には衰えが出る年齢となっても、鍛え上げられた肉体にはそんな気配は一切見えない。
ゼルドやザインが”若獅子”とするなら、正に”猛る獅子王”、威風堂々たる貫禄であるのだが……。
「な、何しやがる!?クソ親父!! 」
「喧しいっ!何だもクソもあるか!だいたい、家臣共の前では「陛下」って呼べっつってんだろが、このクソガキがぁ!! 」
「ンだと、ゴラァァァッ!」
「やンのか、ゴラァァァァッ!! 」
間違えない様に言っておく。これは国王と第二王子の会話である。間違っても暴走族や田舎のヤンキーの会話では無い。
無いのだが…、お互いに襟首をつかんでガンガンと”パチキ”をくれあいながら、ーー ガルルルッ!! ーーと唸らんばかりに掴み合いを始める”国王”と”第二王子”。
武に優れ、実務面でも色々な能力も高い。にも関わらず独善的にならぬ様に、広く意見を聞く耳を持っていて、宰相や重鎮など家臣団からの諫言に対しても真摯に向き合う。
およそ戴く王にしては、忠誠を捧げる部下としてこれ以上ない程の理想的な王や王族ではあるのだが、ただ一点、家臣団が頭を悩ませている非常に残念な事があった。
何故か柄が悪いのだ。非常に。しかも直系王族ほどその傾向が強い。
さすがに公けの場や他国の使者の前などでは”やらかした”事は無いものの、プライベートではご覧の通り、他人に迷惑をかける方向での素行の悪さは無いのだが、いったい何処のヤンキーか!? と言わんばかりの言葉遣いや振る舞いで、これだけはどれだけ言っても治らない。
時に民間より起用される優秀な人材もいるものの、宰相や重鎮達は皆、大方が代々王家を支えて来た”由緒正しい”貴族家の者ばかり。貴族社会では振る舞いなどの些細な事から家の盛衰に繋がる事は珍しく無い為、皆が皆、幼い頃から上流階級のマナーと礼儀作法を叩き込まれている。それなのに仕えるべき王族がコレだというのはあんまりと言えばあんまりな話である。
また、王城といえば政治の中枢でもある為、ここには国内の有力者だけでなく周辺各国からの使者や大使なども引っ切り無しに訪れる。その為、侍女なども良家の子女を中心に教養も礼儀作法も完璧な少女達が集められている。
もしも見初められでもすれば、そこまで行かずともお手付きにでもなれば、王族との繋がりが出来るかもしれない、という裏の事情も相まって、非常に器量が良く見目良い娘ばかりだ。
ちなみに狭き門ではあるが、一般公募枠もあり、学業等、成績優秀で試験に合格しさえすれば貴族籍や騎士籍では無い一般家庭の少女でも王宮侍女になる事は出来る。
彼女達は王城勤めが決まった際、子供の頃から憧れた”英雄王”の元で働ける栄誉に胸を膨らませ、期待と、ちょっぴりの不安を胸に登城を果たすと、まず真新しい侍女服に袖を通し、広間に集められて王宮侍女長からの薫陶や注意を受ける。
その後、彼女達は王宮侍女長に引き連れられて、主人である王に面通しと挨拶をする為に”謁見の間”へと連れて行かれるのだが、その時に通りがかった先輩侍女達の王宮侍女長への洗練された礼の仕草に見惚れていると、何故かその先輩侍女達から”気の毒そうな”視線を向けられていることに気付いて疑問に思うのだが、その理由はこの後すぐに知る事になる。
「よお、お前等が新しい侍女見習いか?俺がジオンだ。色々迷惑かけるが、まあ、よろしく頼むわ 」
いよいよ”英雄王”の末たる現国王への謁見と、少女達が密かに緊張と期待でテンションが上がっていたところにコレである。謁見の間の玉座に座り、やたらとラフな格好で、はっはっは、と笑いながら妙にフレンドリーに話しかけてくるジオン王。はっきり言って威厳もクソも無く、唖然とする少女達。だが、こんな物はほんの序の口、”側仕え”に選ばれた者はもっと酷い。先程の様な親子喧嘩が、頻繁に発生するのだ。しかも大抵くだらない理由で。
まるでヤンキーのお兄ちゃん同士のような”ガンのくれあい飛ばしあい”を繰り広げる王族親子の姿に、幼い頃から抱き続けた彼女等の憧憬は、日々ガラガラと音を立てて崩れて行くのだった…。
話を戻し、そんな王族親子の様子を疲れの滲んだ顔で見つめる宰相。ーー はぁ~~~~っ ーーっと、深いため息を吐いて眉間のあたりを揉むと、チラッと入り口側に控える側仕えの侍女に目線を飛ばす。侍女の方も慣れたもので、宰相に軽く頭を下げて部屋から退出していった。
この”親子喧嘩”、威勢は良くとも大抵はザインやゼルドが国王にボコボコにされて終わるのだが、半分くらいはドローで終わる。何故かといえば、この王城には英雄王の末であるジオンすら敵わない絶対強者が存在するからだ。
お互いの襟首をつかんで、激しく額をぶつけ合っていたジオンとゼルドが、そろそろ本格的な殴り合いに発展するか?という時に、先程退出した侍女が呼ばりにいった、その”絶対強者”が執務室”へと姿を現した。
「いったい何の騒ぎですか?家臣達の前でみっともない!? 」
部屋へと入って来たのは、王妃「レイラ・リグナス・ロードベルク」であった。
彼女は部屋に入って来るなり状況を理解して、睨み合うジオン王とゼルドを嗜める声をあげる。その声に気付いたジオン王は、ビクッ!っとした後に恐る恐るレイラ王妃の方を見て、サァッっと顔色を変えたのだが、頭に血が上り、扉側を背にしているゼルドにはそれがまだ分かっていない。
「ま、待てゼルド!ちょっとマズい、一旦落ち着け…!? 」
「ああっ!? 何言ってンだ、コラ!ナメた事言ってンじゃねぇぞ!」
「いや、待て!マジでヤバいって!? 」
「ゼルド、お父様から手をお離しなさい! 」
「ンだよ、るっせぇーんだよ!何なんだテメェは!ヤッちまうぞゴラァ!……って、お袋っ!? 」
「だから言ったじゃねーか、”ヤバい”ってよォ…… 」
ジオン以上に真っ青になり、カタカタと震えだすゼルド。ゼルドとレイラ王妃では、頭一つ分以上見下ろす形になるのだが、先程までの威勢はどこへやら、ダラダラと冷や汗を流し始めるゼルド。
「あ…、いや、お袋? さっきのは言葉のアヤで……っ!? 」
しどろもどろになって、必死に言い訳を始めるゼルドだったが…、レイラは”にこり”と微笑みかけた後、無言のまま結い上げていた赤みがかった美しい金髪を解くと、ーーふぅ~~っーーとため息を吐いて俯き、手の平を上にして右手を横に上げる。
すると、王妃付きの侍女が抱えていた長い布袋の口元を開いて、中に入っていたモノの一端を上げた右手へと握らせると、レイラは一気にそれを引き抜いた。
布袋から引き抜いたそれは”朱塗りの木刀”、ただし刀の形を模した普通の木刀では無い。剣道の経験者なら知っているかもしれないが、先端に行く程太く作られた、素振り用の木刀の形だ。柄の部分に”風林◯山”と書いてあるアレと言った方が思い付く人がいるかもしれない。
僅かに首を傾げたレイラは朱塗りの木刀を肩へと担いだ姿勢で、睨め上げるように下から上に視線を上げて行く。
ーー ギンッッ!! ーー
もはや物理的な圧力すら感じる程の、凄まじい気迫と魔力波動を伴ったガンつけがゼルドを襲う。
「あン?”うるせえ”だと?”ヤッちまう”だと?…誰に向かってタメ口きいてんだゴラァ!あンま調子こいてンとブッ殺スぞ、こンガキゃあっ!! 」
「申し訳ありませんでした!お母様!! 」
「……全員座れ…… 」
「はっ…!?」
「正座だよ!サッサと座れ!」
大慌てで正座をするゼルドだが…、「ちっ!」と彼女は不機嫌そうに舌打ちをすると、ジオンとザインの方を睨み付ける。
「「えっ!俺も!? 」」
「全員だ、つってンだろうが!サッサと座りやがれっ!! 」
「「は、はい~~~~~~っ!!」」
一九〇を超す巨漢達を並べて正座させ、説教を始める王妃。
ジオンがまだ冒険者として修行中に出逢い、猛アタックの末に何とか口説き落とした女性であるが、実は元々は一般家庭どころかスラム出身の女性である。
貧しい家庭に生まれた彼女だが、生まれながらに強い魔力と戦闘センスを持っていた為、まだ年齢一桁の頃から瞬く間に付近一帯の悪ガキ共の頂点に立ち、早々と冒険者の資格を取ると、一切の未練も見せず故郷を飛び出した。そうして色々な依頼をこなしながら各地を渡り歩くと、またもや行く先行く先で彼女の強さに心酔した仲間(舎弟)が増えていき、気付けばかなりの大所帯になっていた。
そこで彼女は冒険者稼業の傍ら、女ばかりの傭兵団【血濡れの舞姫】を結成し、その”初代総長”となった。彼女自身も赤みがかった美しい金髪を振り乱し、猛々しくも美しい叫び声で戦場を駆け巡るその姿から【戦火の歌姫】と呼ばれ、その強さ、美しさに憧れた女達が次々と集まり傭兵団の規模は更に拡大、構成人数五百人を超すほどの大傭兵団となり、戦場に於いては”所詮女ばかりの傭兵団”と初めこそ軽んじられていたものの、いざ戦となれば連戦連勝、その苛烈とも言えるほどの戦い方に「最も会いたく無い傭兵団のひとつ」と呼ばれる様になる程にまでなったのだった。
そんなある日、とある戦場でそんな彼女の戦う姿を見たジオンは、一発で心を奪われ猛アタックを開始した。
そんなジオンを『アタシは弱い男にゃ興味はねーよ』と、初めは鼻で笑っていたものの、あまりに何度も口説いてくる為、”自分に勝てるようなら”と条件を出した。だが、この時点ではレイラがLv91、ジオンはまだLv72と隔絶したレベルの差があり、勝負はしたものの、結果はジオンの惨敗であった。
だがジオンは周りの女傭兵達からどれだけ笑われようとも諦めず何度も挑戦を続けたのだが、一度も勝利する事は出来なかった。
そんなことが続いたある日、いままで一週間と空けずに勝負を挑んで来ていたジオンがピタッと来なくなった。少し寂しく感じはしたが、流石に諦めたのだろうと思っていたレイラだったが、しかし一年後、レイラに勝つ為だけに修行に行っていたというジオンが再びレイラの前に現れ、僅差ではあったが勝利をもぎ取る事に成功する。
実はレイラの方も、単なる欲望では無く何度負けても一途にアタックをし続けるジオンに、かなり情が湧いていたのだ。
何せ今まで男達が自分に向ける目は、恐れか色に濁ったものばかり。
「正式に召し抱えてやるから妾になれ」と言って来た雇い主の貴族も数多く居た。まあ、そういう輩は契約終了と共に相手方に付いたりして、散々いたぶり倒してやったのだが。
そんな感じで、つくづく男というものに幻滅していたのだが、真っ直ぐなジオンの想いに本人すら気付かなかった”乙女な部分”がときめいてしまっていたのだ。
その後レイラは惜しまれつつも女傭兵団【血濡れの舞姫】の総長を二代目に譲り、単なる”いち冒険者”としてジオンのパートナーになる事になるのだが、彼女の「引退集会」には、レイラを慕う女の傭兵や冒険者がロードベルク国内だけでなく周辺各国から集まって、一万人を超える大集会になったとかならなかったとか……。
数年後、ジオンが先代王に呼び戻され、初めて”次期国王”である事を知り大慌てする事になるのだが、それはまた別の話である。
余談だが、レイラが担いでいた”朱塗りの木刀”、アレはこの頃から使っているメインウェポンである。当然ただの木刀ではなく〈強化〉〈斬撃〉〈打撃〉の〈強化魔法〉の付与を施した高品質の斧を何本もダメにしてしか切り倒せない「メタルハイオーク」と呼ばれる鋼鉄よりも硬いレア素材の木材で出来ている。
木材である為に非常に魔力伝導率が高く、本来であれば【魔晶石】と組み合わせて魔法使い垂涎のレア級【魔術杖】として使う物であり、その素材の高価さから、間違ってもレイラのような打撃武器として使う物では無い。
だが、彼女はそんな事は知った事では無いとばかりに〈刀身強化〉を付与して重装甲兵を鎧ごと殴り倒し、〈斬撃付与〉で、スパスパと盾ごと切り裂いていたのだった。
その”朱塗りの木刀”を肩に担ぎ、男三人を前に並べて正座をさせ、説教を続ける王妃、レイラ。
彼女こそが”絶対強者”であり、この王城における”ルール”、ジオンですら、一度勝ったあの時以来勝てた試しは一度も無く、尻に敷かれっぱなしなのだ。ザインやゼルドの子供達など言わずもがなである。
”英雄王”と崇め支持する国民達には、絶対に見せられない、見せてはいけないこの姿、レイラの説教は、ヒロト達が到着するまで、今しばらく続くのであった……。
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