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第9章 王立高等魔術学院
第58話
しおりを挟む『いったい、どういうことですのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?』
セイリアの降車をエスコートしようとした途端、背後で巻き起こった絶叫や悲鳴。
いつもながら、わざわざ振り返らずとも後頭部のモニターで校門付近に多数の生徒らしき者達が集まっているのは確認していたが、突然の出来事だった為に、思わず振り向いてしまったのだが……?
そこに居並ぶのは、男女を問わず血走った目を見開いて驚愕の表情を浮かべたまま固まっている、顔、顔、顔。
「な、何だっ!? 何なんだこれは…っ!? 」
あまりに吃驚して声まで出てしまった。何しろここに集まっている人間全ての視線が、一点に”俺に”集中していたのだから、声を上げるぐらいの事は勘弁して欲しい。
「ヒロト様、彼等は自称【セイリア親衛騎士団】と、やはり自称各【セイリア様ファンクラブ】の生徒達です 」
驚いている俺に、そうレイナルドが補足説明をしてくれるが?
「じ、自称って…!?」
「はい。あくまで自称です。何と言ってもセイリアお嬢様がお認めになっておられませんので 」
『マスター、〈索敵〉に感有り。敵性反応が急速に増加中です。いずれも脅威度レベルは低いですが、如何されますか?……薙ぎ払いますか?』
『待った!?待った!!アイ、薙ぎ払うなよ!ダメだぞ?ダメだからな!! 』
『それは、本当は「やれ」という……? 』
『違うから!? フリじゃないからね!? ホンッとにダメだよっ!? 』
いかん!? 生命体となってから、アイの反応が本気なのかボケなのかが分かり難いっ!?
まさかこんな場面で鉄板ネタをやってくるとは思わなかった!
しかし、この状況はヤバイなぁ……、この空気感は体験した事がある。これって、暴動とかクーデターとかが起こる寸前の雰囲気にそっくりなんだよなぁ……!?
と、いうか、まさにそのものだろう。しかも原因は”俺”だ。今の彼等の目には、俺の姿は「自分達のアイドルに纏わりつく害虫」にしか映っていないだろう。これは早々に退散しないと本当にヤバイ事になる。
……主に彼等が……!!
「よし、レイナルド、セイリアは送り届けた事だし、さっさと王城の方に向かおうか!」
「何故ですか?」
はぁ…っ!? 「何故ですか?」……だとっ!?
「「何故ですか?」じゃないって!? 見りゃ分かるだろレイナルド! 皆んな殺気立って来てるじゃん!? 不味いだろ、俺がこのままここに居たら!? 」
「そうですか?まだ約束の刻限には随分と早いですし、実はこの「魔術学院」の学長も、私や先代様の古馴染みなのですよ。このまま帰るのも不義理ですし一言挨拶をしていきましょう。ヒロト様には学長室までセイリアお嬢様のエスコートをお願い致しますね?」
そう言って、和かに片目を瞑るレイナルド。やっぱりかっ!?この状況を最初っから狙ってやがったなこの爺さん!!
せめてもの抗議でジト目で睨んでやるが、さすがは人生経験八百年、面の皮の厚さも硬さも並みじゃない。その穏やかとも言える微笑みにはひと筋の罅すら入らない!
「ヒロト様、申し訳ありません、少々ハメを外し過ぎましたね、どうかお許し下さい。しかし、御覧の通りお嬢様は少々人気があり過ぎるのですよ。事の発端となった馬鹿者のような連中を牽制する為にも、お嬢様に婚約者が出来た事を印象付ける必要があったのです。……大変心苦しいのですが、ここはひとつ、お嬢様の為に”悪者になって頂けませんでしょうか?」
先程までとは一転、真摯な声で訴えかけてくるレイナルド……。
それは分かる。分かるんだが、さっきから片目を瞑りっぱなしなのはどういう事だ!? おまけに何やら不穏な”副音声”まで聞こえた気がしたぞ!?
だが…、ハァ、まあいい。確かにその通りだろう。今やセイリアもLv78の〈ランクB〉、さらにはダメ押しにノアまで護衛に付くのだ、よっぽどの事がない限りどうこうなる事は無いだろうが……?
「分かったよ、セイリアの為だ。喜んで”悪者”になるよ。じゃあ、その「学長室」に案内してくれよ 」
「感謝の極みにございます。それでは御案内致します。では、こちらへ… 」
「ありがとうございます!ヒロト様!! 」
先導で歩き始めたレイナルドの後ろに付いて直ぐに、「ぱぁぁぁぁぁっ!」っと擬音が付きそうな満面の笑顔で周りに見せつけるように腕を組んでくるセイリア。
その瞬間、またもや広がる悲痛な呻き声や悲鳴。何だか啜り泣く声まで混じり出したな……!?
やたらと上機嫌な様子でわざと空気を読まずに集まっている生徒達へと手を振るセイリアとは反対に、非常に居た堪れない思いで校門前から移動する俺なのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ウソっ!? 嘘よぉぉぉっ!?」「は、はは……、おかしいな?変な夢を見た気がするぞ……!?」「まさか…!?ウソですよね?誰か嘘だと言ってくれぇぇぇぇぇっ!? 」「終わりよぉ…終わったのよぅ……!? うぅ、うぇぇぇぇぇぇんっ!! 」
悲嘆に暮れる者、現実逃避する者、ただただ混乱する者等、その様子は様々であるが、一概して言える事は、今や「魔術学院」は空前の混乱状態になりつつあるという事だった。
「(何ですの!? 何なんですのあの男は!まさか…?まさか!? まさかですわっ!!)」
その目で見た現実をまだ受け入れられないのか、その身を震わせ、自慢の金髪を振り乱し嫌々とかぶりを振る少女。名を「ヘレナ」こと「ヘレスティーナ・ブロウム」、ロードベルク王国でも有数の名家、ブロウム伯爵家の令嬢である。
先程までは、漸く”想い人”であるセイリアが復学し、学院に帰って来ると心を浮き立たせていた。まだセイリアの一つ下の二回生でありながら、その家名に相応しい優秀さで学院序列も上位に食い込んでおり、それらの実績を足掛かりに「統制会二回生代表」の座を手に入れていたが、それも全て少しでもセイリアの側に居たいが為。
事実、その美しさと纏う雰囲気や凜とした佇まい故に、絶大な人気ではあっても男も女も一定の距離以上にはセイリアには近付けずにいた。
セイリアの入学当初は何人もの馬鹿者達が、求婚や交際を申し込んで来ていたが、セイリアにとって「魔術学院」で学ぶのはあくまで修行の一環であり敬愛する祖父や祖母に少しでも近付きたいが為であった。
その為そうした申し込みの一切を、例え相手がどこの誰であろうと”修行の邪魔”とばかりに全て断ったのである。
また、その後に【セイリア親衛騎士団】の陰の奮闘もあり、人気はあろうとも、なかなかお近づきにはなれない、というのがセイリアを取り巻く状況だった。
そんな中にあって、「二回生代表」として統制会メンバーに選出された事はヘレナにとって僥倖とも言うべき出来事であった。あまりの歓喜に二回生代表に決定したその晩には、喜びのあまり侍女達に花びらを巻かせながら、一晩中クルクルと回ってしまったくらいなのだ。
付き合わされた侍女達には堪ったものではなかったのだが……。
それからというものは、公私共にセイリアの一番近くに居たのは自分だったはずだ。一番側に居られるのは自分でなければいけなかったはずだ!! なのに……!?
実のところはセイリア自身にはヘレナに対してそれほどの思い入れや特別な感情は無い。せいぜいが同じ統制会のメンバーとして学院の為に頑張ってくれている可愛い後輩の一人…、ぐらいにしか思ってないのだが、ヘレナにはそんな事はわからない。それどころかセイリアは自分に対して愛情を感じてくれている、と信じて疑っていない。自分勝手な思い込み、妄想でしか無いのだが、ヘレナにとってはそれこそが唯一無二の真実なのだった。
あり得ない光景に困惑し、ひと通りの混乱から立ち直ったヘレナの心中に湧き上がった感情は”怒り”。しかし、それは炎の如く激しく燃え盛るだけでは無く、ドロドロの熔岩がボコリ、ボコリと音を立てて噴き上がり、流れていく先々の全てを燃やし尽くすような、ある種の”狂気”まで内包したものだった。
何しろこのヘレナ、セイリアを敬愛するあまり、統制会メンバーである事を利用して休憩の際にセイリアが飲んだ紅茶のティースプーンや、セイリアが使用した様々な物を持ち帰ってまるで祭壇の如く飾ったり、床に落ちているセイリアの銀髪を拾い集めては自身の枕の中に詰めていくといった、変態どころか確実にストーカー認定されるであろう所業を繰り返していたのだ。
「許せません、許せませんわ!ゴミ屑にも等しい男の分際で!! お姉様に纏わりつくとは万死に値しますわっ!! 」
だが、こう考えているのはヘレナ一人ではなかった。周りにいる者達のほとんどがセイリアと恋人になる事を夢想していた者ばかりである。
セイリアが貴族の娘である以上、必ずいつかは輿入れの時が来る。実際のところは千年以上の時を生きるエルフ族であるセイリアが、平均で六十歳、長生きをしたところで百年がせいぜいのヒト族の元へと輿入れする可能性は低い。だが、先程見た光景が、本当にそうならば確実に0になってしまう…。
その時を夢見て、”抜け駆けは禁止”ながらも好印象になる様に努力して、密かなアピールに努めてきたのだ。それなのに…っ!?
今や校門付近はヒロトが危惧した通り、ほんの針のひと突きで破裂してしまう、パンパンに膨れ上がった風船の様に、一触即発の雰囲気に包まれていた。
「生徒諸君!静粛にしたまえ!! 」
今にも暴動を起こしそうな生徒達へと、凜とした声が投げかけられる。”爺さん”ことジェイーネのような魂消るような”大喝”ではない。
だが、その声には聞いた者を思わず跪かなくてはならないと思わせるような、生まれ持った「王者の資質」とでも呼ぶべき”覇気”が備わっていた。
その証拠にあれ程騒いでいた生徒達が一斉に静かになり、お互いの出す不穏な魔力波動の相乗効果によって、うねりとなりかかっていた物騒な雰囲気までが雲散霧消してしまっている。
「ゼルド統制会長……!? 」
生徒の誰かの口から、その声の主の名前がポツリとこぼれ落ちた。その視線の先にいたのは一九○センチほどある長身の男子生徒だった。
だが、よくあるバスケット選手の様なヒョロリとした印象は全く無い。それどころか制服を着ていてもその下にある鍛え上げられた筋肉が想像出来てしまう程の、立派な体躯を持った美丈夫だ。しかし、気品ある顔立ちではあるものの、長い金髪をオールバックにして鬣のように後ろへと流している風貌は、纏う雰囲気と相まって、まるで”野生の獅子”を思わせる。
そしてゼルドは正に【百獣の王】が吼えるが如く、覇気ある声で生徒達に続けて言った。
「諸君、早まるな。軽率な行動は慎み冷静になれ。貴様等は何の為に朝早くから此処に集まったのだ? セイリア副会長を迎える為であろうが? ならば、無事迎える事が出来た事をまず第一とせよ!」
「ですが会長…っ!? 」
堪らず一人の男子生徒が否を唱えようとするが、ゼルドはしっかりとその男子生徒の目を見詰めてからかぶりを振る。
「言うな。貴様等の気持ちはこの俺も痛いほど解る。だが、今は待て。今朝の事はいずれ事の詳細をしっかりと確認した後、統制会より正式に発表すると約束しよう。……さあ、もう暫くしたら授業も始まるだろう、各自、己が教室へと戻るのだ。だが、此処にいる全員に重ねて告げる。「軽率な行動は慎み、学院生徒らしく節度ある行動を取れ」と。分かったな?分かったならば解散だ!戻れ!! 」
有無を言わせぬゼルドの言葉に、その男子生徒はまだ何かを言いたげに口を開きかけるが、グッと唇を引き結び踵を返して歩き出した。
すると、まるでそれが合図であったかのように一人、また一人と集まった生徒達が皆一様に打ち拉がれた様子でその場を後にする。
やがてゼルドを含む三十人程の生徒達だけを残して全ての生徒達が居なくなった事を確認すると、ゼルドは目線で側に控える男子生徒へと合図を送る。男子生徒はひとつ頷くと、残っていた生徒達へと鋭い声で指示を出した。
「親衛騎士団傾注せよ!団長よりお言葉がある!! 」
素早く統制の取れた動きでゼルドの前へと集合し姿勢を正す生徒達。
そう、彼等こそが【セイリア親衛騎士団】を自称する生徒達なのである。そして現在の騎士団団長こそ統制会会長ゼルドその人なのであった。
「諸君、いつもその身を呈しての働き感謝の念に耐えん。今回の事は貴様等に取っても晴天の霹靂、大きな衝撃であろう。だが、破れかぶれとなった馬鹿者も出て来る可能性もある。俺は一旦家へと帰り、親父に事の真相を問い質してくる。俺が不在の間は副長を中心にして、変わらず”姫”の護衛を頼む 」
『『『『はっ!!』』』』
一糸乱れぬ返答に満足そうに頷くと、ゼルドはその場を後にする。
こうしてセイリアの「魔術学院」への復学第一日目の朝は大波乱のままに終わった。いや……?これから始まると言うべきか……。
どうであるにせよ、今までとは全く違う日常に変わってしまったのは間違いないだろう。これからの事を考えると、胃も頭も痛くなってくる思いに駆られながら、去っていくゼルドの背中を見送って、やれやれと溜め息を吐く副長であった。
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