〜転移サイボーグの異世界冒険譚〜(旧題 機械仕掛けの異世界漫遊記) VSファンタジー!

五輪茂

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第27章 幼い皇女と帝国に立ち込める暗雲

第244話

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 ーーー ドサリッ。

 光の届かぬ路地裏で、事切れた若い男がまたひとり倒れていく。

 既に陽は落ち、夜の時間帯に入ってはいるが、まだまだ夜はこれから。表の通りには肩を組んで歩く酔客の笑い声や、そんな彼等を誘う呼び込みの声など喧騒に包まれている。

「…これで最後か?」
「ああ、確認していた護衛はこれで全部だ。後は…、聖女とビュークとかいう小僧だけのはずだ 」
「フッ、近衛の中でも選り優りの精鋭と聞いていたが、たわいも無い。こんなモノか 」
「仕方なかろう。もし正面から戦うならば話は別かもしれんが、所詮、此奴等などお綺麗なお貴族様ばかり。いくら魔獣相手に訓練を積もうと、なんでもアリの戦場も知らず、実戦経験も無い奴ばかりよ 」
「そうよな。闇に紛れ、確実に命を奪う修練を積んだ我等からすれば赤子も同然か 」

 表通りの賑やかさとは打って変わり、流れる風すらも冷たく流れる路地裏で、嘲りを含んだそんな会話を交わす二人の黒装束の男達。

「さて、皇女殿下はまだ宿からは出て来ておらんのだな?」
「うむ。あの「金の若木亭」は、このベインズティンガスの街でも指折りの宿だ。既に日も暮れている。おそらく予想通りこのまま宿泊するつもりだろう 」
「ふむ…。ならば我等も計画通り、そろそろ配置の場所に向かうとしよう 」

「……………………… 」

「………どうした?」

 こうした繁華街側の裏通りでは、時として犯罪行為が行われていることなどしばしばだ。朝になり、たとえ死体が転がっていようと、のひとつとして処理されてしまうだろう。
 
 まるで問題無い ーーー と、言わんばかりに、自分達が手を掛けた冒険者風の青年の死体をそのままにして、相棒である男の方に、もう一方の男が踵を返しながら移動を促したところで異変に気付く。なぜなら、相棒からの応答が何も無かったからだ。

「…おい、どうし………たっ⁉︎ 」

 何かあったのかと不審に思いながら、振り返ったその一瞬で、自身の内でけたたましく鳴り響いた本能的な警鐘のまま、一気に飛び退る黒装束の男。

 振り返った男の視線の先にあったのは、あまりにも異常な光景。光の届かぬ暗い路地裏に立っていたのは、相棒ではなくひとりの少女だった。

「あらら、気付かれちゃった 」
「な、何者だ…っ‼︎ 」
「ボク?ボクはマーニャだよー 」

 〈身体強化〉の魔法によって、暗闇でも見通せるように強化された視界の先で、ニコニコと笑うマーニャ。だが、その屈託の無い笑顔を見た男の体を、ゾクリとが走り抜けた。
 こんな光景など。このベインズティンガスは、それほど治安の良い街ではないのだ。

 帝国とロードベルク王国との交易の要衝として栄える街ベインズティンガス。それだけに、この街には各地から様々なモノが集まって来る。だが、それは別に交易品だけに限った話ではない。
 交易に往き交う商人や、冒険者達は勿論、そんな栄えた場所には仕事を求めて多くの人間が集まって来るものだが、その全てが真面目に職を求めて来た者ばかりではない。様々な理由で他の場所では居られなくなった食い詰め者や、犯罪者などの脛に傷を持つ者達もその中には含まれている。
 そして、交易都市、宿場町といった特性が、それに拍車をかけていた。人の出入りが激しいことから「昨日見た者がいない」とか「身元不明の死体が上がった」など日常茶飯事の為に、人々の犯罪に対する認識も甘い。その為、前述したように賑やかな表通りを離れ一歩裏通りに入れば、殺人や強盗など犯罪行為が当たり前のように起きている。
 結果、ベインズティンガスはスラムに比べれば遥かにマシだが、こんな暗くなった時間帯に、暗い路地裏を女子供がたったひとりで出歩けるような街ではなくなってしまった。

 しかもよく見れば、少女は獣人族。それも、帝国ではまず見かける事は無い希少種族の獣人族だ。そんな少女がこんな路地裏に紛れ込めば、まず無事では居られない。こんな風にニコニコと平気な顔で笑っていられるような場所では決してないのだ。

 男の背中を冷たい汗が流れ落ちる。

 自分達は暗殺者として、幼い頃から一歩間違えば命を落とす程の厳しい訓練を受けて来た。そのお陰で仕事を仕損じた事は無く、これまで何人も完璧に仕留めて来た。それなのに、この少女はそんな自分に一切気付かせる事も無く、いつの間にに居たのか?今まで感じた事もない焦燥感が男の身の内で膨れ上がって行くが、それを意地で押さえ込むようにして、男は口を開いた。

「…俺の仲間はどうした…?」
「仲間?もうひとりのおじさんのこと?それならじゃない 」
「馬鹿な……っ⁉︎ 」

 マーニャの指差したのは男の背後。少女の動きを見落とさぬように視界に収めながら足下に視線をズラしたそこには、自身の得物で深々と喉を刺し貫かれた仲間の骸が転がっていた。

 何故っ?なぜだっ⁉︎ 自分は少女を認識してすぐに飛び退ったはず。なのに、殺されたにしろ何故後ろを歩いていたはずの仲間が背後に転がっている⁉︎ 

 状況に理解が追いつかず、男の全身の毛がブワリと逆立ち、冷や汗が噴き出す。

「おじさん達さー、殺したお兄さんをバカにして笑ってたよね?『仕事の後にすぐに立ち去らずにベラベラ喋ってる奴は、自分に酔ってる三流だ』ってヒロト兄ィが言ってたよ?おじさん達は三流さんなんだね~ 」
「………ぬぅっ⁉︎」

 そう言って、可笑しそうにクスクスとマーニャは笑う。だが、それを聞いた男の心情は穏やかではいられない。仲間の死や得体の知れない少女に対する恐れはあったが、暗殺者としてのプライドを傷つけられた怒りがそれ等を塗り潰し、実力行使で黙らせるべく行動に移す。

「シ…ッ‼︎」

 音もなく男の手からダガーが投げ放たれる。それも光を反射せぬよう刃をツヤ消しの黒に染め抜かれた特製の物だ。
 普通の相手ならば、この闇に溶けるような黒いダガーを視認出来ず、刃をその身に受けてカタが着く。また、ダガーには毒が塗られている為に、もし避けられたとしても擦りさえすれば戦力を削り取ることができる。しかし、相手は自分と同じように厳しい訓練を生き残ってきた同僚を、まったく自分に気付かせる事なく仕留めた少女。男は少女がダガーを避けたり弾いたりした際に体勢が崩れたところを狙うべく、投擲と同時にこちらも黒く塗られた自身の得物を抜いて走り出した。しかし……?

「何ぃ…っ⁉︎」

 ダガーがその身を貫く寸前、ニヤリ、とマーニャは意地の悪い笑みを浮かべると、スゥッと姿を掻き消してしまったのだ。

 ーー 『クスクスクスッ…!あれれ~、『闇に紛れ、確実に殺す修練』を積んでるんじゃなったのかな~~? 外れちゃったよ~~?』ーー

「「く…っ! どこだ…っ⁉︎ 」

 暗い路地裏の、闇の中に木霊するマーニャのクスクスという笑い声。闇の中に紛れてしまったマーニャの姿を探して、男は必死になって気配を探るが、その内に"ある事"に気付く。それは、必死になって探したマーニャの気配が、のだ。
 それは路地の向こう。軒下の陰。無造作に置かれた箱の裏。そして足下にわだかまるからすらも!

 男は物心ついてからずっと、闇の中に生きてきた。男にとって闇は友であり、常に己が身を隠し守ってくれる味方だった。だが…、今やその闇は男を裏切り、"得体の知れないモノ"へと変わってしまった。

 ーー クスクスクスクス…ッ!ーー

 闇の中に響くマーニャの笑い声、前後左右、全ての方位から感じる気配。焦りと恐怖はジワジワと男の心を侵蝕し、それはやがて頂点に達する。

「う…、う、うわぁああああああっ‼︎ 」

 目を見開いて叫び声を上げ、気配のする方へと滅茶苦茶に得物を振り回す。
 闇に生き、感情を表に出す事なく常に冷静にターゲットを仕留める。焦りと恐怖で無我夢中で刃物を振り回す男のその姿には、そんな殺しのプロたる面影など、もうどこにも無かった。
 
ーー『あ~~あ、みっともない。おじさん達、さっき皇女様のこと言ってたよね?キライなんだよねボク。あ~んな小さな子を暗殺しようなんて、ボク大ッ嫌いなんだよね。まだ他にも居るし、時間も無いからそろそろ終わりにするね。バイバイ、"三流"のおじさん 』ーー

「待…っ⁉︎ けヒュ…ッ」

 すぐに強い気配を感じた瞬間、サクリ、と喉に刺し込まれる冷たい刃の感触。
 闇を友に生きてきた男は、友である闇の中で、誰にも知られる事なく骸と化した……。








 マーニャが暗殺者の男達を始末していたのとちょうど同じ頃、違う路地を別の暗殺者の二人組が移動していた。

 彼等は皇女エリアシュードの暗殺をより確実なものにする為に、先に「金の若木亭」の周辺を警護していた護衛達を次々と排除していたのだが、自分達が割り当てられたターゲットの処置が終わったことで、予め決められていた配置に着くべく人目を避けながら移動していたのだ。

 彼等は仕事に当たる際、常に二人一組、所謂"ツーマンセル"で動く。これは見張りや囮、バックアップなど、相互に補助をし合い任務の成功率を上げる為だ。
 今回も二人で共に仕事へと赴き、計三人の護衛の息の根を止めてきたところだ。

 いつも通り、闇に紛れ、陰に潜みながら、前を歩く方が前方を。後ろを歩く者が後方を警戒して裏路地を急いでいたその時だった。

 ー ビスッ! …バシャッ!ーー

「…何だ?」

 音と共に、ピピッと後方を歩いていた男の顔に温かい飛沫しぶきが飛んできた。雨?ーー ではない。
 そう感じた直後、ムワリ…!と暗殺者である男の鼻腔に、あまりにも馴染み深い、が広がった。

「血…か⁉︎」

 一瞬のうちに男の警戒度は最大に跳ね上がり、その事を前を歩く相棒に伝えようと向いた視界の中で、糸が切れた人形のように相棒が崩折れていった。

「…ッ‼︎ 」
 
 これまでに積んだ厳しい訓練が、考える前に男の身体を大きく飛び退かせる。そしてその動きの中で男は理解した。ーー これは敵襲、そして相棒はやられたのだ ーー と。だが、いったいいつの間に? 誰に?気配も殺気も一切感じなかった。其れ等がまったく分からない。
 
 こんな路地裏では、人の姿を見ることは殆んどない。もし居たとしても住む場所が無い浮浪者などで、彼等は一様に虚ろな目をしたまま、目の前で何が起ころうとまったく無関心か、小動物のそれに似た危険察知でサッと身を隠してしまうだけ。何より視線の先で転がる相棒の周りに人影は無い。
 だとしたら飛び道具や魔法の類いか? ーーそれこそまさかだ。このような入り組んだ路地裏で、しかもこの暗い中で、一撃で命を奪えるような攻撃を正確に当てるなど不可能だ。何より魔力波動もまったく感知しなかった。

 人は極度の集中や命の危険を感じた時、時間の流れをゆっくりに感じるという。そんな異様に引き延ばされた時間の中で、索敵よりも逃走、撤退を選択した男だが、大きく飛んだことが災いしてなかなか地に足がつかず、次の行動に移せない事に焦りを覚えていた。

 ーー ビスッ‼︎  ……バシャッ‼︎ ーー

 地面に足が着くまであと少し、と、そこで先程聞いたのと同じ、何かをぶち撒けるような音が男の耳に聞こえた。それも、今度はほんの間近、

 「何が…?」と、思う間も無く男の意識が暗転する。

 飛び退っている間に、前を歩いていた相棒と同じく頭を撃ち抜かれた男は、着地をした瞬間そのまま転がっていき、マーニャに始末された男達と同じように、誰にも弔われぬ骸と果てるのだった ーーーー 。




「すぅ……、ハァ…。」

 止めていた息をゆっくりと吸い、小さく息を吐いたのはアーニャ。場所はこの辺りでは一番高い建物である「金の若木亭」の屋上である。

 ーーー ジャコン…ッ!ーーーー

 構えていた魔導ライフルから一旦頬を離し、コッキングレバーを引くと、役目を終えた空薬莢がエジェクションポートから排出……されない。

 ヒロトが【国家錬金術師】達と開発した為に、形状こそ地球の"アンチマテリアルライフル"に酷似した形はしているが、これは厳密には火薬の爆発力で弾頭を発射する銃器ではなく、れっきとした"魔道具"である。

 一旦粉末状に砕いた魔晶石を錬金術で弾倉に詰めるよう箱型に錬成し直し、魔力の供給源とし、内蔵された魔法発動用の制御魔晶石により魔法が発動するというものだ。故にこの魔導ライフルにおいては実銃における"排莢"という手順は必要無い。コッキングレバーを引くというのは、ただ次弾装填の為の魔力のチャージだけなのだ。

 更にいうなら、このアーニャの魔導ライフルはヒロトが大事なに与える為にコスト度外視で作らせたスペシャルモデルである。各種魔法弾が撃てるのは勿論のこと、自称「国家公認の趣味人集団」である【国家錬金術師】達がノリノリで作り上げたお陰で、何と狙撃の際の位置を悟られぬよう、隠蔽結界や遮音結界の発生器まで備えているという規格外品である。

「ふう…、ヒロト兄さんの言った通りでしたね…。あれでは『私は暗殺者です』って喧伝しながら歩いてるようなモノね 」

 やや呆れ気味にそう呟くアーニャ。

 実はここに陣取る前に、ヒロトに"暗殺者と一般人との見分け方"を質問したのだが、それを聞いたヒロトはニヤリと笑いながらこう言ったのだ。 ーー「だ~いじょうぶ。一発で分かるさ」ーー と。

 疑問に思いながらも配置に着いたアーニャだったが、すぐにヒロトの言った意味を理解することになった。

 アーニャの魔導ライフルには、誰もが"スナイパーライフル"と聞いて思い浮かべるであろうが着いていない。何かと言えば、それは"スコープ"である。
 なぜ装備していないのか?と言われれば答えは簡単。《身体強化》の魔法で視力を強化すれば遥か遠くまで視えるし、同じく《暗視》を強化すれば、暗闇でも鮮明に見通すことが出来るからだ。
 況してや彼女は豹の獣人族。そもそもヒト族などに比べれば何倍も夜目が利く。そこにヒロトから教わった【玖珂流魔闘術】の〈魔力操作〉が加われば、僅かな星明かりだけで昼間と殆んど変わらぬ視界を得ることが出来るのだ。

 そんな明るい視界の中で街を見下ろせば、人目を避けるようにして、コソコソと路地裏を移動している何人もの"黒装束の"男達の姿が。

 暗闇に紛れ、目立たなくするが為こその黒装束である。だが、夜闇の無い真昼間に着て歩いていたら、逆に目立って仕方がないだろう。

 つまり、今のアーニャの目から見れば、真昼間に黒装束を着た男達が、自分達では隠れられていると思いながら歩いている。という、まるで間抜けなコントを見ているような状況なのだ。

「さて…、あの子マーニャもはりきっているみたいですし、私も負けていられませんね。覚悟して下さい、誰一人としてこの宿には近付けませんから 」

 小さく息を吸って、ゆっくり吐きながらピタリと動きを止め、アーニャはまた一つトリガーを絞ったのだった ーーーー 。









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