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第4章 闇の聖獣 クーガ
第20話
しおりを挟む「おはようございます。ヒロト様、もうお目覚めですか? 」
障子の開け放たれた、庭に面した廊下側、障子の陰から、そう控えめにセイリアが声をかけてきた。
まだ寝ていたらいけない、と、気を使っているんだろう。
「おはよう、セイリアさん。大丈夫、もう起きてるよ。っていうか、少し寝過ぎたみたいだね 」
そう声をかけると、部屋の入り口で一礼してから、セイリアがラーナちゃんを伴って部屋へと入って来た。
「しかし、何だか見違えたよ。その着物の格好が普段着なのか?」
そう、昨夜はもう待ち切れなかった爺さんが、屋敷の門の前まで出て来ていて、そのまま直ぐに宴会会場である大広間へと連れて行かれてしまった為、簡単に手足の汚れを落としただけで着替える暇も無かった。
しかし、一晩が経ち、キチンと身繕いが出来たのだろう、いまは白地に藤色の花柄も鮮やかな着物に着替えていた。
「ヒロト様は着物をご存知なのですか?私達ダークエルフの民族衣装なのですが、おかしいでしょうか?」
「いや、そんな事は無いよ。セイリアさんにとても良く似合ってると思うよ? 」
派手さは無く、どちらかと言えば楚々とした控えめなデザインだが、ダークエルフ特有の褐色の肌と白色のコントラストと、真面目な性格の彼女の雰囲気にマッチして、本当にとても良く似合っていた。
俺の感想を聞いて、ホッとした顔で嬉しそうに微笑むセイリア。
「ありがとうございます。王都や他の街なんかの人族の人達の服とは全然違いますから、ヒロト様が何て思われるか、少し不安だったんです…… 」
俺の元々の世界の価値観で見れば、彫りの深い西洋人顔のダークエルフの文化が”和風”というのは、実は盛大に違和感があるのだが、そこはまあ、それはそれ、という事で。
「大丈夫、全然おかしくなんて無いよ。安心してくれ 」
そんな会話をしている内に、一緒に来ていたラーナちゃんが、持って来ていた水桶に手拭いを浸してから固く絞り、俺へと差し出してきた。
「おはようございます、ヒロト様。これにて御顔をお拭き下さい 」
「ありがとう、ラーナちゃん。何だか至れり尽くせりで悪いな 」
渡された手拭いで顔を拭きながら、ラーナちゃんにお礼を言うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「何を仰います!ヒロト様は私達の大恩人。そして今はセイリア姫様の御婚約者様でも御座います。ならば私にとってもお仕えするべきご主人様です。気になさらないで下さい 」
あ~、そうね、そういう事になるよね~。忘れたかった事実を思い出し、またドンヨリしかけるが、本人を目の前にしてそんな失礼な事は出来んよな…。
セイリアの方を見ると、今のラーナちゃんの言葉に真っ赤になりながらも、嬉しそうにモジモジクネクネしていた。
………………よしっ!!…
うだうだ悩むのは止めだ!一度返事はしてしまったんだから、気持ちを切り替えよう。こんなに喜んでくれているんだから、取り敢えずはそれでいいか!
まあ、まだ「婚約」をしただけで「結婚」をした訳じゃない。セイリアの気持ちが、ただの【吊り橋効果】だったなら婚約を解消すればいい。もし本当だった時にはしっかりと受け止めて一緒に生きて行こう。
どうせこの世界では、俺は根無し草の風来坊、今は自分の身の振り方さえ分からないんだから、先の事まで心配したってしょうがない。
取り敢えず「仲の良い友達以上、恋人未満」ぐらいの感覚でいればいいだろう。純粋にこの出逢いを喜んでおこう。そう決めた!!
そう決めた途端、スッと気持ちが楽になり、現金なもので急に腹が減ってきた。結局昨日はドタバタとカオスな状況ばかりで、アイのリクエストに応える程度しか食ってなかったからな。
ーーグゥ~~~ッーー
ナイスタイミングで腹が空腹を訴えてくれた。それを聞いたセイリアが、慌てて俺に話しかける。
「あっ!?申し訳ございません!ヒロト様、朝餉の仕度が出来ております。お食事になさいますか? 」
「ありがとう、セイリアさん。ちょうど腹減ったな、って思ってたトコなんだ 」
腹を押さえて苦笑いをすると、セイリアは顔を赤くしながら俯いて、チラチラと上目遣いでまだ何かを言いたそうにしていた。
「どうしたんだ、セイリアさん? 」
「セ…、セイリア……… 」
「ん? 」
「あの!………どうか、「さん」など付けずにセイリア、とお呼び下さい……… 」
セイリアは真っ赤になって俯き、恥ずかしがりながら、これが精一杯、と言った感じで一生懸命に名前呼びをアピールしてきた。
………………どうしよう?何だかすっげー可愛いんですけど、この娘!?
「あ!?ん、分かった。…セ、セイリア」
「…!? は、はいっ!! 」
一瞬、驚いた顔をするが、その後すぐに満面の笑顔となって返事をするセイリア。
やっべー!?やっべー!?やっべぇぇぇぇっ!? めっちゃ可愛いよ、この娘!これは本当にこの娘との出逢いを、もっと素直に喜ぶべきかも知れん………!?
「え…っと、朝食はここで?それとも食堂かなんかで? 」
「はい、もう宜しいようでしたら、御案内致します 」
通された客間を出て、ラーナちゃんの先導で食事する場所へと移動する。
充てがわれた客間は離れになっていたらしく、昨夜出したプテラゴンの食べ残し?である甲殻やらの残骸は無い。
やっぱりと言うか専属の庭師がいるらしく、綺麗に整えられた庭に植えられた松や、ツツジらしき植物。恐らく四季に合わせて常に庭を彩るであろう花々が目を楽しませてくれた。
やがて食堂?では無く、この屋敷の家人達、キサラギ家の面々が日々の食事をしている場所へと辿り着く。
先程布団を敷いてあった客間は畳敷きの部屋だったが、ここは板張りの床である。昨夜の大広間も、上座の位置以外は板張りで、まるで剣道の道場のようだった。
ふむ?どうやらまだ畳はまだ高級品みたいだな?と、すると過去の”日本”の歴史に照らし合わせると、江戸時代以前の安土桃山時代くらいの文化水準ぐらいなんだろうか?
まあ、魔法もあるような世界だし、きっと「魔導具」と呼ばれる類いの武器や防具もあるだろう事は考えると、一概には言えないだろうが。
席に案内されると、そこにはすでに一人先客がいた。昨夜の事件の張本人、クソ爺いである。
「おお、ヒロトよ、よく眠れたかの? 」
「お陰さまでな、クソ爺い 」
ーーガタッ!ガチャガチャン!!ーー
「も、申し訳ございません!! 」
俺と爺さんのやり取りに、爺さんの給仕をしていた侍女らしき猫耳の獣人の女性が、吃驚して湯呑みを落として割ってしまったようだな?
「ああ、よいよい。それより怪我は無かったか? 」
「あっ!?はい!大丈夫でございます。失礼致しました。(ポッ)」
粗相をしてしまい、焦って破片を片付けようとしている侍女を安心させるように、優しく笑いかけながら声をかける爺さん。その爺さんの笑顔と言葉に、青くなっていた侍女は、今度は真っ赤になって一礼すると、慌てて引っ込んでいった。
ちなみに、”爺さん”と呼んではいるが、実はレイナルドさんよりも一番違和感があるのはコイツだったりする。
今、俺の目の前で美味そうに沢庵らしき物をポリポリと食べながら、ズズーッっと茶を飲んでいる”爺さん”は、どう見たところで中学生ぐらいにしか見えない。どちらかと言えばイケメンというよりは”美少年”と呼ぶ方がシックリくる外見をしているのだ!?
ダークエルフに限らず、「エルフ族」全般は非常に長命な種族であり、その平均寿命は千三百~千五百歳であるらしい。
しかも、他の魔獣や巨獣も生息する森や樹海に生きる「エルフ族」は、少しでも生存率を上げるようにそう進化したのか、生まれてからしばらくは普通の人族と同じように成長する。
だが、違うのはここからで、ある一定の年齢(個人差はあるが、大体15~25歳程度)で成長は止まり、その後千百歳くらいまでは歳を取らず、殆ど衰える事も無く若いままの時代を過ごす。そして、千二百歳前後で再び10年に1歳程度のスピードで歳をとり始め、やがて寿命を迎えるらしい。
しかし、この世界で生きるのはそれなりに過酷であり、それまでの少数の部族単位での生活では、なかなか再び歳をとり始めるまでは生きている事は少なかったようだ。
だが、爺さんが「辺境伯」の地位を手に入れ、秀真の國を打ち建てた事で複数の部族が糾合され、また爺さんの強力な守護もあって、最近は歳を取ったダークエルフもそれなりに居るという。
話が長くなったが、つまりはこの”爺さん”、外見年齢15歳くらいの中身九百歳オーバーという姿をしているのだ。
『見た目は子供、頭脳は大人!? 』なんて、古いミステリー系アニメの謳い文句をついつい思い出しちゃったよ………。
そんな美少年に微笑みかけられれば、そりゃー侍女さんも真っ赤になりますよね、俗に言う「ニコポッ」ってヤツですね。
中身悪ガキのクソ爺いですが!!
そんなアホな事を考えている内に、セイリアとラーナちゃんが俺の分のお膳を運んで来た。
おおっ!?昨日、秀真の國に着いた時に目の前に広がる水田を見て、そうだろうとは思っていたが、予想通り、ご飯に味噌汁に焼き魚、お浸しに沢庵という見事に和食な朝御飯だった。
普通”愛読書”とかで異世界に飛ばされた主人公と言えば、最初は硬い黒パンに塩味のスープとかで、苦労の末に米に辿り着いて、大感激でソレを食べる………なんてのが多数だったが、何と異世界二日目にして米に辿り着いてしまった!?
まあ、いいんだけどね?
「ありがとう、セイリア、ラーナちゃん。いただきます 」
セイリア達に礼を言い、食事を始める。うん、美味い! 厳密には違うのかもしれないが、味は地球の物と全く変わらない。
「くくっ!”セイリア”のう?順調に仲が深まっておるようで何よりじゃ 」
「まあな、一旦は返事をしたんだ。それを違える様なマネはしねえよ。良かったな、悪巧みが旨くいって 」
俺とセイリアのやり取りを見た爺さんが、可笑しそうに茶々を入れて来たので、ジロっと睨みながら嫌味を言ってやった。
「悪巧みとは随分じゃのう?儂は可愛い孫の願いを叶えてやっただけじゃぞ? 」
くくっ!っとまた喉を鳴らして、どこ吹く風の爺さん。ダメだ、やっぱり敵わねぇわ。
「そう言えば、ホレ!タテワキの奴めのせいで渡せて無かったからの、受け取るが良い 」
そう言いながら細長い袋に包まれたモノを渡してきた。当然、袋の中身は昨夜褒美として渡されるはずだった、キサラギ家の宝剣「颶風」だろう。
「あのなぁ、コレって確か「家宝」じゃなかったのか?メシの最中にホイホイ渡すんじゃねえよ 」
「なあに、家宝などと言うても、あのままでは蔵の肥やしになっておっただけよ。相応しい使い手の手に渡って、此奴も喜んでおるじゃろうよ 」
受け取った颶風を一先ず傍らに置く。メシを食いながら抜くもんでもないしな。
「分かった。”相応しい”かどうかは別として、有り難く頂戴しておくよ。で、頼みがあるんだが、いいか?」
ずっと傍で給仕をしてくれていた、セイリア達にご馳走様、と礼を言い、ラーナちゃんが淹れてくれた茶をズズーッっと飲みながら爺さんに話しかける。
「何じゃ?何でも申してみよ」
「この後、色々、里の中を見物して回りたいんだが構わないか? 」
「何じゃ、そんな事か 」
ポリポリと沢庵を齧りながら、
「構わんよ、セイリア、色々とヒロトを案内してやるが良い。ああ、それから「颶風」の試し斬りがしたければ儂を呼べよ?伝えねば為らん事柄もあるのでな。ではの、何も無い里じゃがゆっくりとするが良いぞ 」
そう言って、沢庵をポリポリとやりながら爺さんは部屋から出て行った。
やれやれ、ナリが美少年なクセに、百戦錬磨のクソ爺いとか…まったくやり難いったらねえよ。
溜息を吐きながらセイリア達の方を見れば、二人が可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「どうしたんだ、二人共? 」
「あ、申し訳ありません。いえ、ヒロト様とお祖父様が、あまりにも仲が良しいので。それに、あんなに生き生きと楽しそうなお祖父様の姿は、今まで見た事が無かったものですから、何だか可笑しくて、つい」
そう言いながら、またラーナちゃんと顔を見合わせて、クスクスと楽しそうに笑うセイリア。
「ヒドイな、あんなクソ爺いと仲が良いなんて言われるのは心外だ 」
少し拗ねたように言うと、
「ほら、やっぱり!お祖父様は【黒き武神】 と仰がれる方。今まで、そのお祖父様に対して”クソ爺い”何て言えた人なんて、重臣の方々にもいませんでしたのよ? まあ、実は私もはお祖父様があんな「悪戯小僧」みたいな方だとは思ってもみませんでしたけど 」
そう言って楽しそうに笑う。
「それではヒロト様、秀真の里の中をご案内致しますね 」
ああ、そうだ!取り敢えず爺さんの事はもういいや。早速、秀真の國を、初の異世界観光と洒落込みますか!
『マスター!沢庵美味しかったですね~!また何か美味しいものが見つかると嬉しいです!! 』
…何だか最近、アイの話題が食べ物ばっかりになってるような………………大丈夫かな?
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