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第23章 クレイジージャーニー in 【獣王闘国】
第198話
しおりを挟む俺達には夢があった。いずれ"闘技祭"で優勝し、俺とティーガ、二人のうちどちらかが必ず【獣王】になると。…なに、そう特別な夢じゃない。この国に生まれた者ならば、誰でも夢見る、ありふれたそんな夢だ……。
「来いっ!ゴルドレーヴェンーーーーっ‼︎ 」
「アルギュロゴリフよ!我が手に勝利をぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎ 」
この名を呼ぶのはいつ以来か?迷宮探索で手に入れた、黄金色の大太刀と銀色の双剣。俺とティーガの強大なる"力"。
だが、如何に強大であろうと、力は力。使い熟せなければただの宝の持ち腐れに過ぎない。
強い力は慢心を誘い、慢心は傲慢へと変わり、そこから油断が生まれる。この油断こそが一番怖い。どれほどの達人であろうと、たった一瞬の油断で命を落とすからだ。
真に恐るべきは敵ではない。驕り、逸り、怖じる弱い心、"己心に潜む魔"こそが一番乗り越えるべき壁なのだ。
だからこそ俺達は安易にこの力に頼るのではなく鍛錬を重ねた。「力の象徴」ならばいい。だが、"力そのもの"になってしまっては何にもならない。そんなモノは本当の力では無いからだ。力に振り回されるのではなく、己の弱い心に負けずに十全にその力を振るえるように。
この世界において、獣人族は亜人、獣混じりなどと卑下される存在だ。"聖国"以外の各国を冒険者として武者修行も兼ねて巡ってみたが、何処に行っても、どいつもこいつも俺達を侮り、バカにした態度で接してきた。酷い所では冒険者ギルドの受付けですら嫌な目で見てきたような所まであった。…ま、そんな連中は拳や実力で黙らせてきたが。
見下した目で見なかったのはロードベルク王国くらいのものだったが、これまで力尽くで自分達の事を認めさせてきたことや、それなりに無茶な修業旅でレベルもLv70を超え〈ランクB〉に達していたことで、やはり俺達は増長していたのだろう。俺達は致命的なミスを犯してしまったのだ。
『ほぉ…? このアタシに勝負を挑むとはねぇ……? くくく…っ!いいよ、タップリと相手になってやろうじゃないか……!』
あの時の、嬉しそうにニイィィッと笑う師匠の顔を俺もディーガも一生忘れないだろう……。
最初はひとりずつで挑んでみたが、ほぼ瞬殺され、ならば二人掛かりで!と挑んだが、地べたに叩きつけられるのに一分と持たなかった。
こうなったら、となりふり構わず"安易に頼らない"と自ら誓いを立てた黄金色の大太刀と銀色の双剣の力を解放してみたものの、多少はマシにしかならなかった。
その後も延々殴られ蹴られと意識が無くなるまで何度も叩き伏せられ、あの燃える拳で俺達のチンケなプライドは文字通り粉々に粉砕された。
目が覚めたのは冒険者ギルド本部の医務室だった。介抱してくれた職員に聞いてみれば、たまたま冒険者ギルドで見かけた"如何にも実力者"なダークエルフだと思って勝負を吹っ掛けた相手は、何と〈冒険者ギルド最高ギルド長〉で、六百年前、"帝国"が周辺諸国を巻き込み、我が【獣王闘国】建国のきっかけともなった、あの〈大戦乱〉で、このロードベルク王国を守り切り、数万に及ぶ帝国兵を敗退させた大英雄のひとり【炎禍の魔女】の二つ名を持つセイレン・キサラギ様その人であると教えてもらった。
俺達は慢心に曇った瞳で、とんでもない相手に勝負を挑んでしまったのだと思い知らされたのだった。
身体の傷もギルド常駐の治癒術師が治してくれていた。しっかりと治療費は請求されたが、ひとり金貨十枚はボッタクリ過ぎてないだろうか?
…いやいや、しっかり支払いましたとも。知らなかったとはいえ、最高ギルド長相手に無礼を働いたのはこちらの方だ。普通ならそのままギルドの前の大通りに放り出されてもおかしくはなかったのだから。
身体に異常の無いことを確かめた俺達は、カウンターで快く治療費を払った後、その足でセイレン様に取り次いでもらい、今回の謝罪と弟子入りを申し込んだ。
『ほほぅ…、ボコボコにされた相手に弟子入り志願するなんて、なかなか骨のある奴等じゃないか。気に入ったよ、イヤってほど鍛えてやろうじゃないか!』
と、先にも増してニタァリと楽しそうに笑ってセイレン様は無礼を承知の願いを快諾してくださり、晴れて俺達の弟子入りは決定した。
だが、俺達はこの時の決断を何度も後悔し、何度も死を覚悟する程の過酷な数年間だった。まあ、そのおかげで確かに桁外れな強さを身につけ、その数年後に開催された〈闘技祭〉で優勝を果たし、幼い頃からの夢だった"獣王"となった訳だが……。
はっきり言って、師匠に比べればどんな強豪もまるで怖くなかったよ。いや、マジで…。ティーガもそう言ってたし。
そして今、俺達が相対しているのは、そんな師匠を降し、伝説の巨獣すらも倒したという男。
さっきは「ひとりずつでは勝ちの目が無い」などと言ったが、アレは嘘だ。
はっきり言おう。俺とティーガ、二人掛かりでさえ"勝てるイメージ"がまるで湧かない。この〈ゴルドレーヴェン〉の力を解放した今でさえも。
……だが、だからこそ面白いっ!
己の全力を以ってしても届かない相手に挑むことの何と心の躍ることか⁉︎
さあ、試させてくれ!今の俺の"力"はどれほどのモノなのか!俺の力がどこまで通用するのかを ーーーーーー !
眩ゆい光が収まった後に俺が見たのは、赤と黄金色の鎧に全身を包み、同じく黄金色の大太刀を掲げる白いたてがみをなびかせたレオさんと、こちらは黒と銀色の鎧に身を包み、やはり銀色の双剣を構えた漆黒の虎人の姿となったティーさんだった。
婆さんのところに弟子入りしている間は、修業の邪魔だ!と婆さんが二人から取り上げて、その間にトーレスがどんな魔導具なのかを研究したらしいのだが、何とこの黄金色の大太刀と銀色の双剣は、使用者の成長に合わせて力が増大する、"共生成長型"の魔導具なんだそうだ。
当初、婆さんが相手をした時は額当てと手甲と脚甲、それに胸当て程度だったらしいが、今ではほぼ全身を包む程になり、凄まじい魔力波動を放っている。
それだけ婆さんのところでの修業が過酷だったということだろう。……うん、苦労したんだね二人とも。
まあ、そんなことはさて置き。
力に溺れないよう、わざと封印していた"力"まで引っ張り出した二人は益々意気軒昂、その戦意は高まるばかり。
そんな二人の雄々しい姿を見て、ギャラリーも大歓声を送って大盛り上がりだ。
あ、言い忘れていたけど、ソニアや王国戦士団の他にもギャラリーがいます。五千人ほど。ええ、満員御礼状態ですよ、こんチクショウ。
この獣王城の修練場にも魔法学院と同じく観客席があって、なんでも訓練と戦意高揚を兼ねて、二カ月に一度は王国戦士団や冒険者の志願者も交えてランキング戦を開催するらしい。
当然、骨折などの怪我人も出るらしいのだが、そこはそれ。《治癒魔法》という便利魔法のお陰で地球に比べて遥かに短期間で治る為、兵士などの負傷による防衛力低下も問題無しだそうです。なんだそりゃ。
で、今回は獣王陛下と王国戦士団長が闘うってんで、急遽城下にも御触れが回ったんだが、あっと言う間にこの状態らしい。好きなんだね、こういうイベントが。さすがは【獣王闘国】。
ただ、すごいなと思うのは、レオさん、ティーさんだけでなく、俺にまで声援を送ってくれている、ということだ。"強者には賞賛を送る"という、これもこの国ならではなんだろう。
さてさて、観客も、それから目の前の二人も期待している事だし、俺も少々本気を出しましょうかね?
そんな事を考えている内に、レオさん、ティーさんの魔力波動が急激に膨れ上がり………。
………来るっ!
今度もティーさんが正面からか!
数倍に速度が増した双剣の連撃を颶風で捌く。まるで剣の暴風だ。一撃一撃が鋭く、重い。
だがこれも目くらまし。レオさんの気配を探れば…、いた。上かっ⁉︎
「爪襲、飛天獅子王斬っ‼︎ 」
空中高く飛び上がったレオさんが、暴風を身に纏い、縦に回転しながら飛び込んで来た⁉︎
急いでその場を飛び退くが、レオさんが激突した地面に刻まれたのは五本の爪痕。
それはまるで、あたかも巨大な獅子がその爪を振り降ろしたかのように深々と地面を抉り、切り裂いていた。
「はは…っ!いきなり大技とか、飛ばすなぁ、レオさんっ⁉︎ 」
「フッ、格下が出し惜しみなど、滑稽以外の何ものでもない、と師匠に言われているのでな……!」
「まぁたあの婆さんか!まったく碌な事を教えねぇなあっ!」
一瞬の間の軽口の応酬。だが気は抜けない、なぜなら怖い虎さんが背後から迫っているからだ。
「フ…ッ‼︎ 」
短い呼気と共にティーさんに向けて颶風を振り降ろす。ティーさんはその一撃を右手の剣で受け止めるが、手応えが…無い⁉︎
「虎月、闇夜霞斬りっ‼︎ 」
受けた勢いをそのままに、クルリと身を翻したティーさんが、左手の剣を一閃…!魔力波動を孕んだ銀光が俺の首元へと迫る。
「何ぃっ⁉︎ 」
ティーさんの驚愕の叫びが木霊する。一撃必殺の威力を込めて振るわれた一刀であったが、しかし既に俺はそこには居ない。弧を描いた銀線だけが虚しく空を斬る。
大技二発は外れたものの、二人の動きに停滞は無い。すぐ様二人は俺に息吐く暇すらも与えないほどの連撃を仕掛けてくる。達人同士の戦いでは、攻撃というよりも、互いの支配領域の取り合いに近くなる。と親父は言っていたが、まさにその通り。
二人は俺のいる場所を全て剣閃で埋めるが如く、連続して俺を攻め立てる。
しかし………?
「なぜ当たらないっ⁉︎ くっ!おまけに何だっ?ヒロトの姿が霞むっ⁉︎ 」
「避けられて…いや!何も無い場所に振らされている⁉︎ いかん!一旦離れるぞティーガ、俺達の呼吸が完全に読まれている!」
さすがはレオさん、気付いたか。〈弐乃牙 虚〉 は歩法と体捌きによって相手に誤情報を与え、認識をズラす幻惑の技。
こちらが相手の動きを見て避けるのではなく、相手の意識と動きを誘導して、まるで自分の攻撃が当たらない、意味を成さないと錯覚させて"場"を支配する技だ。
だが、ここほ地球とは違い〈気=魔力〉がふんだんに大気に満ちたイオニディア。だから俺は"虚"を更に進化させてやった。
魔力波動での〈存在認識阻害〉も加え、不規則な動きを入れてやることで、俺の姿も遠く近く、右に左に。
強制的に酩酊状態の視覚現象を作り出す。名付けて〈弐乃牙 虚改「朧桜」〉。
恐らく二人の目には、まるで目眩を起こしているのかと錯覚するように、俺の姿はボヤけて見えていたことだろう。
慌てて距離を取った二人だが、「朧桜」は回避の為だけの技じゃない。知ってるか?桜は散るからこそ美しいんだぜ?
ーーー パンッ!パパンッ!ズパンッ‼︎ ーーー
まるで"桜吹雪"のように、無数の蒼い煌めきがレオさん、ティーさんを包み込んでいく。颶風の切っ尖が空を斬り裂き、音速を超え、発生した衝撃波が激しい破裂音を響かせる。
「おおおおおおおおおおおおっ⁉︎ なんっ!何だコレはっ⁉︎ 」
「攻撃が!剣線がまるで読めんっ⁉︎ 」
ただでさえ位置が掴みにくい状況であるのに、そんな相手からの攻撃。野球に例えるなら、どこから投げてくるのか分からないピッチャーの球を打て、と言われているようなもんだろう。
しかも球種は変化球。ひらひらと風に舞い散る桜の花びらのように、まったく掴みどころのない動きで颶風が襲ってくるのだ。
たが、そんな攻撃だというのに獣人族特有の野生の勘なのか、それともさすがは婆さんの弟子だと言うべきなのか、全てではないものの、今のところ二人は勘だけで避け、捌き、受け止めている。スゲェ!
………だけどな?
「ぐっ!くう…っ⁉︎ 」
「そっちにばかり集中してると危ないぜ?」
「な…っ⁉︎ いつの間にっ!」
二人が防御一辺倒になった隙を見計らい、一気に間合いを詰めてティーさんの腹に掌を押し当てる。
「懐に飛び込んだまではいいが、そこまで距離を詰めては何も出来まいっ!いったい何……を⁉︎ ゴハァ……っ‼︎ 」
一瞬だけ体を強張らせたティーさんが、腹を押さえて崩折れた。うまく息も出来ないのか、真っ青になって地面へと倒れ込む。
「ティーガ⁉︎ その技は師匠と同じっ⁉︎」
婆さんも魔力波動によって〈浸透勁〉と同じような効果の攻撃手段を持っていたが、俺のコレは〈八乃牙 震〉による"振動掌"。硬い鎧を通り抜け、直接その体にダメージを伝える技なのは同じだが、そこに"超振動"が加えられている。
技を喰らったティーさんにしてみれば、内臓の全てをいきなりシェイクされたような感じだろうな。
「さて、ひとり撃破だな。後は… 」
ニヤリと笑ってレオさんの方を見るが、そこに飛び込んできた人影があった。
「陛下っ、その勝負お待ち下さい!暫く!暫くぅぅぅぅぅっ‼︎ 」
飛び込んで来た人影は、確かヴェモットさん…だったか?えらく焦っているように見えるが、いったいどうしたんだろう?
「何事だヴェモット!勝負の最中に横ヤリなど無粋の極みであるぞっ!」
勝負に水を差されたレオさんは非常に不機嫌な顔でヴェモットさんを叱責する。
ヴェモットさんの乱入で、盛り上がっていた勝負を中断されて、観客席からも大ブーイングだ。
「お怒りはごもっとも。ですが、お叱りは後からいくらでも受けます!ですが緊急事態…、いえ、非常事態が発生したのですっ‼︎ 」
会場からの大ブーイング、レオさんの不機嫌さ全開の態度にも全く怯まずヴェモットさんは言葉を続ける。
「……如何したのだ?」
一歩も引かないヴェモットさんの只ならぬ雰囲気に、レオさんも怒りを鎮めて聞き返す。
だが、ヴェモットさんからの報告は、俺達の予想を遥かに上回る、間違い無く"非常事態"だった。
「ただ今、アニマポリスの城下町に、"黒い魔獣"の群れが突然現れたと報告が入りました!現在、城下を巡回していた王国戦士団二十名と、冒険者数十名が交戦中。一般市民の避難と併せてコレに対応しております!」
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