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〈九節〉線香
しおりを挟む僕「………ユキ…」
そこには片仮名で「ユキ」と刻まれていた。
その名を口にした瞬間、
墓石の後ろ
少し距離がある
真っ白は犬
柴よりの雑種
僕「雪ちゃんだよね…?」
夢の中であの老人と一緒にいた真っ白な犬を僕はハッキリと覚えていた。
雪ちゃんは何も言わず、
ただただ僕を見つめていた。
僕「…そうか……ここにいたんだね」
座って動かない雪ちゃんは、
ずっとそうやって待っていたのだろうか。
僕「………あんなお願いされたらしないわけにいかないだろ…」
墓石の周りに伸びきった雑草を片っ端から抜いていく。
墓石についた砂埃を全て払う。
僕「……ご冥福をお祈りします…」
腰を下ろし、墓石に手を合わせる
スッキリした墓石の周り。
両脇に花を添え、小さなカップに水を注ぐ。
老人は「手を合わせるだけでいい」と言っていたが、自分の中の自分が「それだけでは無礼だ」と言うのだ。
自分の中の自分は正しいと思う。
手を合わせ、目を閉じた僕。
その時
辺りが静かになった。
風の声も、蝉の声も、太陽の光の主張さえ。
何もかもが僕から遠ざかった。
その違和感から静かに目を開けると、
僕「………幸せにな…」
雪ちゃんはそこにいなかった。
目を開けると同時に全ての声がもとに戻ってくる。
逝ってしまったのだと感じた。
腰を上げると身体が軽くなったことに気がつく…。
墓石に背を向け、木陰から出ると
先程と変わらない陽射しが照りつける。
優しい風が吹き抜け、
僕の中にあった何もかも攫っていく。
僕は静かに墓地を出た
キレイになったその一角を
線香の香りがいつまでも優しく包んでいた。
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