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しおりを挟む拝啓 あなたへ
突然のことで驚いたでしょう。
今のあなたは、元私の体の中に、目の前のベットに置かれている彼女ーーエドの記憶がある状態です。
自分の経験したことのないことが頭の中に入ってきて、混乱していると思います。
そんなあなたに、心苦しいのですが無茶なお願いをします。
これから私のマスタ―が訪れ、目の前にいるエドの中に入っている私の記憶カセットを抜きにきます。
そして、一晩かけて初期化を行うと思います。
あなたはその間に、裏の地図を参考にこの館を出て人形師のエトワルドに助けを求めてください。
劇場街28丁目の古いアパートに住む、薄青の尾を持った魔人です。
どうか、エドを復活させてください。
それが私の願いです。
エデより
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手紙を読み終え、豪華に飾り立てられた室内を見渡す。
手紙の内容通り眼前のベッドには、落下の衝撃を受けて損傷したエドが眠っていた。
私自身は上等な衣装を着ているが、お腹や顔には痛みや熱が、そして一部の部品が欠損している。
窓に映る私は、記憶の中にあるマスターであるエデとは違い、酷くボロボロな姿だ。
記憶の中には無いが恐らく、誰かに暴力を振るわれたのだろう。
廊下から、この部屋に近づいてくる音にはっとする。
足音にしては、人を不快にさせる程大きく音を立てていた。
件の人物が、予想通りに記憶カセットを抜きに来たのだろう。
私は急いで、履いていた靴の中に手紙を隠した。
「はぁあ。婆さんの遺産で一儲けするつもりだったのに。こいつが飛び降り自殺なんてしちまったから全部パーだ」
この部屋に入室してきたのは、四つ頭の異形だった。
相当いらだっているのか、足以上に首を激しく振っている。
ベットに横たわっているエドに向けて、それぞれの口ごとに愚痴をわめき始めた。
私のマスターは、どうやらとんでもない奴のところにいたらしい。
「なんだよ。こっちは金がないんだ、お前には連帯責任でこいつの治療費稼いでもらうからな」
にらんでいた視線に気づいたのか、座っていた私に近づくと胸ぐらをつかんで脅してきた。
不快に感じ、思わず叩こうと手をあげかける。
しかし、手紙に書かれていた今晩の脱走を思い出した。
――いま、こいつに気づかれてはまずい。
塩らしく謝罪し、記憶の中にあるマスターのように従順な乙女のふりをした。
「そうそう。お前も自我を保っていたいならば、大人しくマスターである俺の言うことに従ってろ。今朝みたいな、痛い目にもあいたくないだろう」
ーー誰がお前なんかを。
屈辱的な発言と、この体を傷つけた張本人であることが判明し、怒りの炎は再び燻り始める。
内心とは正反対の弱弱しい私の姿を見ると、四つ頭は口角を上げた。
支配心を満たせて気をよくしたのだろう。
鼻歌を歌いながら、カセットを引き抜く作業を始めた。
尾てい骨付近に作られている、カセットの刺し口を保護する蓋を、持ち合わせの道具でこじ開けていた。
ーー記憶を保護する繊細な場所を、そんながさつに扱うなんて。
彼の言動から人形への愛や技術もなく、本当にただの道具としかみてないやつだと確信した。
「俺を認めないだ、私は歌姫だ、偉ぶったむかつく人形だった。
初期化したら、今度は大人しい性格になるよう調教しないとな」
四つ頭は、記憶カセットを引き抜き、持ってきた鞄の中に直に放りいれた。
そのカセットは、マスターの記憶が、人形にとっての魂が入っているというのに。
乱雑な扱いをみて、憎しみが湧いてくる。
人形は、体のパーツはいくらでも取り替えがきく。
反対に人形の自己を形作るのは、経験してきた記憶にあると解されている。
その為マスターは、人形の魂・記憶さえあれば、復活できるのではないかという可能性を見出だした。
けれど、もしそれが本当なら。
今夜初期化されたら、マスターの魂は消え、二度と甦らせることは不可能になる。
大事な双子の身代わりになって。
私は、そんなエデの唯一の願いを叶えるために生まれた人形。
でも、本当にこれで良いのだろうか。
だって、私が本当に目覚めさせたい相手はーー。
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