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【2020/5 in nest】
《第5週 火曜日 夜》⑤
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「先生、待って」
先生の頬に手を添えて制止すると、顔をあげて先生が首を傾げる。
「今やっぱ、そういうのは」
「ん?」
おれの顔を見て、先生が素の表情に戻った。
「あの、おれ、そういう意味で慰めてほしいって感じじゃなくて」
「…じゃなくて?」
息が詰まるのを感じながら、絞り出すようにおれは言った。
「話したいんです、先生に、おれの…聴いてほしいんです、おれの、今まであったこと」
先生はじっとおれの顔を見ている。
「あの、ほら、いつか話したいって言ったじゃないですか、今、話しちゃダメですか」
勝手に気ばかりが先走って言葉がうまく出ない。
「自分からは話したことないんです、誰にも、具体的に」
途切れ途切れになんとか伝えたけど、先生は何も言わない。諦めよう。
「…やっぱ…ダメですよね、疲れて帰ってきてるのに、我儘言ってすみません」
「ダメじゃないよ」
小さな声で先生が言うと、体を起こしてベッドの上の掛け物を捲った。その中に体を埋めると、内側から腕で被っているものを持ち上げて中に入るように促す。
誘われるままその中に潜り込み、横臥したまま向かい合う。先生はおれの手を握った。
「途中で寝落ちてもいい、辛かったらやめてもいい。時系列でなくてもいいし、長谷が話したいことから話していい。いいよ、話して」
身を寄せて、握ったおれの手を自分の腿に押し当てて、改めて強く握る。
何から話したらいいんだろう。自分から言いだしたのに、話し始める勇気が出ない。
「先生、おれがされてきたこととか、してきたこととか聴いても、おれのこと嫌いにならないですか」
「…怖い?」
頷くと、先生は手をほどいておれの頬を撫でた。おれを見つめる先生の表情は真摯だった。
「ならないよ、だってもう過ぎたことだろ?」
そうだ、もう既に終わったことだ。おれはもう無力な子供ではないし、脇の甘い学生でもない。おれを抑圧し振り回した母だって、それを直視するのを恐れていた父だってもういない。
「先生、おれ、母親の宗教に引っ張り込まれて、うち、最初からめちゃくちゃだったんです」
「それは何系?言わなくても聴いていくうちにわかるとは思うけど」
キリスト教の一派ではあると思う。但し、主流やその亜流でもなく、異端と言われるものだ。
独自の聖典を持ち、主流な宗派の教義を否認し、キリストおよび死者の復活、永遠の神の国への導きを謳っていた。前世とか霊魂というものについても存在するという想定で。
勿論、おれは何一つ信じてはいなかった。地域の図書館や児童館に置いてある科学雑誌も大好きだったし「科学の発達した現代で、何をそんなお伽話みたいなことを」とさえ思っていた。
神の国にお救いいただくに必要な条件として守るべきものだって、戒律だって、聖性を保つための食事制限だって、身を守るため着けるべきものだって胡散臭いとしか思わなかった。
何より許せなかったのは、性的感覚をむやみに刺激する事は罪であるとしながら、教団の連中は儀式の機会に母親から引き離し、或いは何かと理由をつけては教育が必要と言って隔離してはおれの体を散々弄び苛んだことだ。
「先生、おれは、あのときおかしくなっちゃったんです多分」
「その、儀式とか、教育とかで?」
おれは、具体的に何をされたのかなんて今まで誰にも言っていない。
母親に言ったって教えに反することを司祭や役員がするわけがないと信じてはくれなかっただろう。
それどころか未熟なおれが邪な興味をいだいて仕掛けた、罰してくれと差し出しかねないとさえ思えた。
先生の頬に手を添えて制止すると、顔をあげて先生が首を傾げる。
「今やっぱ、そういうのは」
「ん?」
おれの顔を見て、先生が素の表情に戻った。
「あの、おれ、そういう意味で慰めてほしいって感じじゃなくて」
「…じゃなくて?」
息が詰まるのを感じながら、絞り出すようにおれは言った。
「話したいんです、先生に、おれの…聴いてほしいんです、おれの、今まであったこと」
先生はじっとおれの顔を見ている。
「あの、ほら、いつか話したいって言ったじゃないですか、今、話しちゃダメですか」
勝手に気ばかりが先走って言葉がうまく出ない。
「自分からは話したことないんです、誰にも、具体的に」
途切れ途切れになんとか伝えたけど、先生は何も言わない。諦めよう。
「…やっぱ…ダメですよね、疲れて帰ってきてるのに、我儘言ってすみません」
「ダメじゃないよ」
小さな声で先生が言うと、体を起こしてベッドの上の掛け物を捲った。その中に体を埋めると、内側から腕で被っているものを持ち上げて中に入るように促す。
誘われるままその中に潜り込み、横臥したまま向かい合う。先生はおれの手を握った。
「途中で寝落ちてもいい、辛かったらやめてもいい。時系列でなくてもいいし、長谷が話したいことから話していい。いいよ、話して」
身を寄せて、握ったおれの手を自分の腿に押し当てて、改めて強く握る。
何から話したらいいんだろう。自分から言いだしたのに、話し始める勇気が出ない。
「先生、おれがされてきたこととか、してきたこととか聴いても、おれのこと嫌いにならないですか」
「…怖い?」
頷くと、先生は手をほどいておれの頬を撫でた。おれを見つめる先生の表情は真摯だった。
「ならないよ、だってもう過ぎたことだろ?」
そうだ、もう既に終わったことだ。おれはもう無力な子供ではないし、脇の甘い学生でもない。おれを抑圧し振り回した母だって、それを直視するのを恐れていた父だってもういない。
「先生、おれ、母親の宗教に引っ張り込まれて、うち、最初からめちゃくちゃだったんです」
「それは何系?言わなくても聴いていくうちにわかるとは思うけど」
キリスト教の一派ではあると思う。但し、主流やその亜流でもなく、異端と言われるものだ。
独自の聖典を持ち、主流な宗派の教義を否認し、キリストおよび死者の復活、永遠の神の国への導きを謳っていた。前世とか霊魂というものについても存在するという想定で。
勿論、おれは何一つ信じてはいなかった。地域の図書館や児童館に置いてある科学雑誌も大好きだったし「科学の発達した現代で、何をそんなお伽話みたいなことを」とさえ思っていた。
神の国にお救いいただくに必要な条件として守るべきものだって、戒律だって、聖性を保つための食事制限だって、身を守るため着けるべきものだって胡散臭いとしか思わなかった。
何より許せなかったのは、性的感覚をむやみに刺激する事は罪であるとしながら、教団の連中は儀式の機会に母親から引き離し、或いは何かと理由をつけては教育が必要と言って隔離してはおれの体を散々弄び苛んだことだ。
「先生、おれは、あのときおかしくなっちゃったんです多分」
「その、儀式とか、教育とかで?」
おれは、具体的に何をされたのかなんて今まで誰にも言っていない。
母親に言ったって教えに反することを司祭や役員がするわけがないと信じてはくれなかっただろう。
それどころか未熟なおれが邪な興味をいだいて仕掛けた、罰してくれと差し出しかねないとさえ思えた。
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