Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 居場所】

《第4週 日曜日 午後》⑧

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夫妻は話し合った末、さくらさんが父親から引き継いで家主になっていた賃貸物件のうち空き物件になっているものを玲さんに内覧させ、本人が希望した物件に住まわせることにした。但し無条件ではなく、連絡や訪問することは許容すること、月に一度は小日向の家に帰ってくることを条件とした。
転居して間もなく玲さんは「中卒認定試験」(正式名称は就学義務猶予免除者等の中学校卒業程度認定試験)の受験を申し込み、秋に合格。年が明けて中学を卒業してすぐに大検(正式名称は大学入学資格検定、現在の高等学校卒業程度認定試験の前の制度)の受験を申し込み、夏に合格。少し遅い「十五の春」を迎えることができた。
その後は英会話学習に通い、数学専門塾に通い、物理化学専門塾に通い、残りの教科は在宅での自習を中心にしつつ、有名塾の講習に参加したり難関大受験用の模試を片っ端から受けて回ったり、本来であれば高校一年生・二年生として過ごす時期をほぼ勉強漬けで過ごした。夫妻はできる限り学費や生活費を援助し、その間は約束していた条件も守られていた。
だが、いよいよ受験を控えた年になると連絡になかなか応じなくなった。訪問時も連絡してアポイントをとってから訪問していたが、連絡がつかないのでアポイント無しで訪問すると「帰ってほしい」と言われるようになったという。当然、小日向の家にも帰ってこなくなっていた。
夫妻は受験を前に一層の追い込みをかけていてナーバスになっているのだと思い、援助を打ち切ったり呼び戻すのは早計だと考え、下手に刺激をしないよう連絡や訪問を当面控えることにしたという。しかしそれが思い違いであることがわかったのは、夫妻の正式な里子になった、中学時代玲さんが連れ帰った同級生の子からのあまりにショッキングな報告からだった。
動向のわからなくなった玲さんが気にかかっていたその子、悠くんは、その頃には部活動も引退となって時間ができたこともあり、連絡も入れず、誰にも告げずに学校帰りにふらりと玲さんが暮らす部屋に立ち寄った。そのとき、玄関脇の小窓から漏れ出る聞き覚えがある嬌声と知らない男の繰り返し呻くような声を耳にした。
打ち拉がれて帰宅し、その事実を夫妻に話すと悠くんは玲さんが出ていって以来、初めて泣いたという。「アキくんがわからない」と漏らし嗚咽を漏らして泣き続ける傍らで、夫妻も動揺し混乱していたが、思い当たる点はが無いわけではなかった。その頃には模試で志望校・学部すべてA判定で、合格はほぼお墨付き状態。家族の干渉も遠ざけ、ある意味再び「漠然とした緊張感がある状態」から開放されている状態になっていた。
性的逸脱が再発したということは、おそらくは同時に夜驚症も起きて、反復している。夫妻は強引にでも連絡や訪問は続け、帰ってくるよう促し、干渉しておくべきだったと後悔した。そして、あの日見つけた走り書きにあった「自分に帰るところはない、居場所なんて元々ない」という言葉に対しての答えを伝えておくべきだったと。必要だったのは定期的に帰ってくるようにと約束させてそれを守らせることではない。
「今貴方を想い、大切に思っている人が此処にいるから、いつ帰ってきてもいい」「いつか二人で居場所を作ったっていい」ということを伝えることだったのだ。出ていく前に伝えるべきだった。全てが遅かった。
悠くんはその年度の受験は諦めて新年度からの予備校通いを決め、努めて玲さんのことを忘れて過ごすようになった。夫妻も悠くんの前で極力玲さんについて話すのをやめた。
どう関わっていいのかわからなくなり、悩んだ末、定期的に興信所に玲さんの動向を確認してもらうようになった。この頃には「自分たちは何もできない」という無力感が家庭内に立ち籠めていたという。
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