Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 葬列】

《第4週 日曜日 午後》②

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その腕の中には花束があった。それをそっとわたしに手渡すと「うふふ、生ける器があるかちゃんと訊けばよかった」と肩を竦め、眉尻を下げて目を細めた。
メインにはすらりとした白いカラー、芍薬、丸い菊ポンポンマム、その周りを深い紫色のカーネーションに淡い黄緑色のサマースイートピーが囲み、ビバーナムスノーボールが添えられた花束。仏花らしくはない。
そして更に腕にかけていた有名菓子店の手提げを差し出して「何がお好きかわからないから色々買ってきたの、食べきれなかったら冷凍しても大丈夫みたいなのでそうしてくださいな」と言った。
「ゆかちゃん、お花とお菓子いただいたから、お願い」
ゆかは通路の奥に呼びかけると、小走りにやってきて驚いた顔をした。
「いらっしゃいませ…あの、恐縮ですが…似てらっしゃいますね」
それはわたしも感じていた。顔立ちそのものは似ている訳ではないはずなのだが、玲さんに似ているのだ。
「え?玲さんにってこと?」
「はい、うまく言えないですが、雰囲気的に」
「患者さんにも言われたことあります。そんなに濃い関わり方はしていなくても、多少なりとも似るものなのですかね」
等と話をしながら靴を脱ぐ。室内履きに履き替えてもらい、中に案内すると海に向かってひらけた明るいリビングに感嘆して少女のような声を上げ「素敵、素晴らしい眺め」と喜んだ。
わたしはソファに手荷物を置くよう促し、海を望むように置かれた小さな仏壇に手を合わせていただくよう案内する。
下に収納が付いていて手前にはお供物等を置けるよう台がついているので、わたしは寝室に置いていた直人さんのよく座っていた椅子をその前に置きそこに腰掛けて手を合わせていることを伝えて座ってもらった。
「遺影、スーツじゃなくて普段着のお写真なのすごくいい。取って付けたような礼服や紋付きみたいになっているのよくあるけど、あれは不自然よねえ」
遺影や遺骨を置く場としてだけの仏壇で、りんや木魚や木鉦といった梵音具も、香炉や燭台といった仏具も特に置かれていない。供えられているのは今朝の食事とお茶だけだ。それでも彼女は気にすることもなく、目を伏せてゆっくりと手を合わせた。
目を開くと「朝はフレンチトーストなんて、洒落たお供え。わたしもこういうのがいいわ。玲さんに頼んでおこうかしら」とこちらを振り返って微笑んだ。
頂いた花束を花器に生け、ゆかが持ってきて備える。仏花らしくはないが、すっと伸びたカラーと珍しい落ち着いた色調の紫色のカーネーションが直人さんに似合っている。
「素敵、お花は普通の菊とかがメインの白黄色赤みたいな組み合わせは嫌だし、何を飾ればいいか迷って、まだ買っていなかったんです。こういう発想はなかったわ」
「よかった、わたしも仏花ってわからないから好きに買ってきたの。ニュースでお元気だった頃の映像を見てたら、仏花でよく使われるようなお花の種類と色は違うと思って」
花で彩られた仏壇に改めて向き直って、骨壷の横の遺影を見つめながら、訊かれる度にわたしは直人さんのことを話した。昔から知っていた間柄かのように不思議と穏やかな気持で話すことができた。
そういえば、玲さんは「うちは両親とも医師ですが、父は研究者寄りで、母は臨床の人で」と言っていた。人の話を聴くプロというのはやはり根本的に話法やはたらきかけが違うのかもしれない。
「このまま此処で女ふたり話してたら直人さん落ち着かないかも、ソファのあるとこでお茶にしましょう」
そう言うと席を立ちながら「わたしも仕事ないとくっついてるから、英一郎さん…旦那に落ち着かないって思われてるかも」と言った。病に倒れ、筋肉が拘縮したまま萎えて動けなくなって発話も難しくなり療養型病棟に入院しているという。そこまでは聞いたことがなかった。
先立たれるのも辛いが、何もしてやれないというのも辛いはずだ。
「そんなこと」
そう呟くのがやっとだった。
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