349 / 447
【2020/05 潜伏】
《第4週 水曜日 夜》④
しおりを挟む
「緒方先生、やっぱまだおれのこと好きなのかなあ」
「そりゃあ…今までも藤川くんの都心で仕事したいって希望とか、異業種と協働で研究したいとか、小曽川くん助手に置くって話とか、イレギュラーなこと全部上に掛け合って無理やり通してきたわけですし、住まいだって提供してますし、直接そういう関係にはならなくともなんとしても自分の手元に置いておきたいんじゃないでしょうか」
緒方先生は、おれが後期研修の途中で急に路線変更して入ってきたとき、この学校に来る前やってた研究と組み合わせて元々の分野で既に専門誌などに寄稿したり論文書いてたことを面白がっていろいろ訊いてきてた。それまでいたところが割と淡々とした人間が多い感じだったので最初は正直鬱陶しいなと思うこともあった。
だけど、最初に作業を見学させてもらったときに見る目が変わった。しかも緒方先生は救急から転向してこの分野に来たという。ハルくんとは真逆のルートなので興味が湧いて率直に伝えたら、緒方先生はハルくんのことを知っていて少し話が盛り上がった。そしてそのときにこんな事を言った。
「院内や救急で亡くなるのは運がいい場合だけ、亡くなってから見つかることは多い、亡くなる前の精神面の状態だって無関係じゃない事が多い、できるかぎり横断的に他分野の経験がある人間を引き込んでいきたい、全体の連携を深めることが重要と考えている、だからお前のことも頼りにしている」
素晴らしいことだとは思ったけど、あまりに理想論すぎないかとも思った。しかも、今もだが基本的におれは誰かと協働するということには不慣れで、当時は本当に正直どうしたらいいのかわからなかった。でも、緒方先生は「お前がやるべきだと思ったことと、目の前の依頼を誠実にやってくれたらそれでいい」と言ってくれた。
修士博士と進みながら実務に携わる中で、緒方先生の交渉力とか密なコミュニケーションに随分助けられて、そして鍛えられてだいぶマシになった。ハルくんは面白くなかったみたいだけど、おれにとっては重要な経験になった。
明確にそういう感情や目線を向けられたことはなかったが、そのバックボーンとして随分と入れ込んで目をかけてもらった部分は確実にある。おれに付き纏う不穏な噂と、それに絡む憶測なんかからも、ずっと守ってくれていたと思う。
「長谷くんのこと、今度はまあ随分と若いの誑かしちゃって…って呆れ顔で言ってましたよ」
「はは、バレてたか」
戻って顔出したらチクチク言われそうだけど、事実だからしょうがない。あの物件で一緒に暮らすって言ったら出てけって言われるかな。それはそれでしょうがないか。
などと考えていたら、座っていたはずの小林さんが上からおれの顔を凝視している。
「藤川くん、今日会ってからずっと変にニコニコしてる気がするんですけど、その、パトロンの方が亡くなってからちゃんと泣きましたか?」
あ、鋭いところ突いてくるなあ。女の人ってそういうところよく見てるよな。
「いや、悲しむという感じじゃないような気がしてまだ…てかさぁ」
ゆっくりと上体を起こすと、小林さんが後ずさって再びベッドに腰を下ろした。
「おれ、まだ誰か死なせちゃうのかな…って思って。まあ、お父さんは寝たきりになってそこそこだし年が年だから覚悟はしてるけど、そうじゃなくて、もしかして次は他の誰かがって思うと、やっぱりおれはあの時死んでおかなければいけなかったんじゃないかなって」
そう言うと、小林さんは少し悲しそうな顔で小さい声で言った。
「藤川くんの周りで誰が死んだって、それは別に、藤川くんのせいではないですよ」
「そりゃあ…今までも藤川くんの都心で仕事したいって希望とか、異業種と協働で研究したいとか、小曽川くん助手に置くって話とか、イレギュラーなこと全部上に掛け合って無理やり通してきたわけですし、住まいだって提供してますし、直接そういう関係にはならなくともなんとしても自分の手元に置いておきたいんじゃないでしょうか」
緒方先生は、おれが後期研修の途中で急に路線変更して入ってきたとき、この学校に来る前やってた研究と組み合わせて元々の分野で既に専門誌などに寄稿したり論文書いてたことを面白がっていろいろ訊いてきてた。それまでいたところが割と淡々とした人間が多い感じだったので最初は正直鬱陶しいなと思うこともあった。
だけど、最初に作業を見学させてもらったときに見る目が変わった。しかも緒方先生は救急から転向してこの分野に来たという。ハルくんとは真逆のルートなので興味が湧いて率直に伝えたら、緒方先生はハルくんのことを知っていて少し話が盛り上がった。そしてそのときにこんな事を言った。
「院内や救急で亡くなるのは運がいい場合だけ、亡くなってから見つかることは多い、亡くなる前の精神面の状態だって無関係じゃない事が多い、できるかぎり横断的に他分野の経験がある人間を引き込んでいきたい、全体の連携を深めることが重要と考えている、だからお前のことも頼りにしている」
素晴らしいことだとは思ったけど、あまりに理想論すぎないかとも思った。しかも、今もだが基本的におれは誰かと協働するということには不慣れで、当時は本当に正直どうしたらいいのかわからなかった。でも、緒方先生は「お前がやるべきだと思ったことと、目の前の依頼を誠実にやってくれたらそれでいい」と言ってくれた。
修士博士と進みながら実務に携わる中で、緒方先生の交渉力とか密なコミュニケーションに随分助けられて、そして鍛えられてだいぶマシになった。ハルくんは面白くなかったみたいだけど、おれにとっては重要な経験になった。
明確にそういう感情や目線を向けられたことはなかったが、そのバックボーンとして随分と入れ込んで目をかけてもらった部分は確実にある。おれに付き纏う不穏な噂と、それに絡む憶測なんかからも、ずっと守ってくれていたと思う。
「長谷くんのこと、今度はまあ随分と若いの誑かしちゃって…って呆れ顔で言ってましたよ」
「はは、バレてたか」
戻って顔出したらチクチク言われそうだけど、事実だからしょうがない。あの物件で一緒に暮らすって言ったら出てけって言われるかな。それはそれでしょうがないか。
などと考えていたら、座っていたはずの小林さんが上からおれの顔を凝視している。
「藤川くん、今日会ってからずっと変にニコニコしてる気がするんですけど、その、パトロンの方が亡くなってからちゃんと泣きましたか?」
あ、鋭いところ突いてくるなあ。女の人ってそういうところよく見てるよな。
「いや、悲しむという感じじゃないような気がしてまだ…てかさぁ」
ゆっくりと上体を起こすと、小林さんが後ずさって再びベッドに腰を下ろした。
「おれ、まだ誰か死なせちゃうのかな…って思って。まあ、お父さんは寝たきりになってそこそこだし年が年だから覚悟はしてるけど、そうじゃなくて、もしかして次は他の誰かがって思うと、やっぱりおれはあの時死んでおかなければいけなかったんじゃないかなって」
そう言うと、小林さんは少し悲しそうな顔で小さい声で言った。
「藤川くんの周りで誰が死んだって、それは別に、藤川くんのせいではないですよ」
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
旦那様、お仕置き、監禁
夜ト
BL
愛玩ペット販売店はなんと、孤児院だった。
まだ幼い子供が快感に耐えながら、ご主人様に・・・・。
色々な話あり、一話完結ぽく見てください
18禁です、18歳より下はみないでね。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる