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【2020/05 潜伏】
《第4週 水曜日 夜》③
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「買ってから気づいたけど…あったら食うでしょ?おれは玉葱味のが一番好き」
「まあ、そりゃあ、甘くないお土産って貴重ですしおいしいですからねえ…わたしはプレーンがいいです」
そんな暢気な遣り取りの後、今日の夕方にあった明日の作業にあたっての打ち合わせの資料をもらい、小林さんから資料にはない口頭で指示や注意があった点を確認した。こまめに要所にマーカーを引いて、色ペンで書き込み、罫線が入った大きめの付箋でメモもつけてあったりしてかなり詳しい。
「ありがとう、飛行機が思ったより遅い便だったし間に合わないとは思ってたから助かったよ。ここに滞在しているうち小林さんは絶対おれの目の届かないとこに離れたら駄目だよ。非常時は基本的に誰も正常な状態じゃないと思ってたほうがいい。支援の場でも何が起きるかわからない。嫌かもしれないけどトイレ離脱も必ず付き添うから作業途中でもいいから声かけて」
「わかりました、なんか、聞きますもんね…有事であるって点では戦争と同じだと思っておいたほうがいいってことでしょうし」
話をしながらおれは乱雑かつ強引に詰め込んで皺の出来ているスクラブを手にユニットバスに一旦向かい、そこで着替えてそれまでつけていたマスクをサニタリーボックスに捨てた。手指を洗浄し、うがいしてから出てくると小林さんが「あっ」と声にならない声を出すときの顔になった。そして、おれが玄関横のハンガーラックから1本ハンガーを手にとってベッドに戻ってきたところで、おれに声をかけた。
「そういうの、パトロンの方が亡くなっても無くならないんですか」
「おれは無くなると思ってたし、そろそろやめたいとも思ってたよ。でも、どうかな。まだわかんないな」
ベッドの上の私物を整理して、2台のベッドの間にあるサイドテーブルに載せる。コンセントに充電ケーブルを刺してスマートフォンと繋いだ。靴を脱いで、靴下も脱いで丸めて靴の中に突っ込む。ベッドの上に仰向けに寝転がってぼんやり天井を見ていても、横からまだ少し腫れが残る頬や首周りの痕に視線が注がれているのがなんとなくわかる。
「緒方先生は多分、もうそういうことから離れられると思ったから庇ったんだと思いますよ」
「だろうね。あとはアレでしょ、昨年まで協働で数年単位で頑張ってきて作成した複数の論文のうち何れか通れば、うちの教室の継続意義とかに上は文句言えなくなるし、おれの待遇今まで通りに戻せるだろうって思ってるでしょ」
小林さんのいる方に寝返りを打って、体や四肢を軽く曲げて横臥して答える。小林さんは、麻でできた丈の長いシャツワンピースに同じ生地の紺色の七分丈のワイドパンツの部屋着で、手にスマートフォンを持ったまま膝を行儀よく揃えて座っていた。
「それだけじゃないと思いますよ。だって緒方先生、おれがなんの意図もなくアイツに本来高く貸せる物件タダ同然で貸してると思うか?って言いましたし」
「え、そんなこと言ってたの?」
思わず吹き出したが、事実だ。
緒方先生はバリバリの体育会系で外科系出身で、出会った頃は如何にもコンタクトスポーツやってたがっしりした体型だった。それが幸せ太りでガチムチになり今の姿だ。つまり、緒方先生には妻子がいる。
しかし、緒方先生は嘗ておれに入れあげていた時期があった。肉体関係を持ったことはないが、当時同棲していたハルくんは何かとおれにべったりだった緒方先生のことを嫌っていた。そのくらいの親密さはあった。
「まあ、そりゃあ、甘くないお土産って貴重ですしおいしいですからねえ…わたしはプレーンがいいです」
そんな暢気な遣り取りの後、今日の夕方にあった明日の作業にあたっての打ち合わせの資料をもらい、小林さんから資料にはない口頭で指示や注意があった点を確認した。こまめに要所にマーカーを引いて、色ペンで書き込み、罫線が入った大きめの付箋でメモもつけてあったりしてかなり詳しい。
「ありがとう、飛行機が思ったより遅い便だったし間に合わないとは思ってたから助かったよ。ここに滞在しているうち小林さんは絶対おれの目の届かないとこに離れたら駄目だよ。非常時は基本的に誰も正常な状態じゃないと思ってたほうがいい。支援の場でも何が起きるかわからない。嫌かもしれないけどトイレ離脱も必ず付き添うから作業途中でもいいから声かけて」
「わかりました、なんか、聞きますもんね…有事であるって点では戦争と同じだと思っておいたほうがいいってことでしょうし」
話をしながらおれは乱雑かつ強引に詰め込んで皺の出来ているスクラブを手にユニットバスに一旦向かい、そこで着替えてそれまでつけていたマスクをサニタリーボックスに捨てた。手指を洗浄し、うがいしてから出てくると小林さんが「あっ」と声にならない声を出すときの顔になった。そして、おれが玄関横のハンガーラックから1本ハンガーを手にとってベッドに戻ってきたところで、おれに声をかけた。
「そういうの、パトロンの方が亡くなっても無くならないんですか」
「おれは無くなると思ってたし、そろそろやめたいとも思ってたよ。でも、どうかな。まだわかんないな」
ベッドの上の私物を整理して、2台のベッドの間にあるサイドテーブルに載せる。コンセントに充電ケーブルを刺してスマートフォンと繋いだ。靴を脱いで、靴下も脱いで丸めて靴の中に突っ込む。ベッドの上に仰向けに寝転がってぼんやり天井を見ていても、横からまだ少し腫れが残る頬や首周りの痕に視線が注がれているのがなんとなくわかる。
「緒方先生は多分、もうそういうことから離れられると思ったから庇ったんだと思いますよ」
「だろうね。あとはアレでしょ、昨年まで協働で数年単位で頑張ってきて作成した複数の論文のうち何れか通れば、うちの教室の継続意義とかに上は文句言えなくなるし、おれの待遇今まで通りに戻せるだろうって思ってるでしょ」
小林さんのいる方に寝返りを打って、体や四肢を軽く曲げて横臥して答える。小林さんは、麻でできた丈の長いシャツワンピースに同じ生地の紺色の七分丈のワイドパンツの部屋着で、手にスマートフォンを持ったまま膝を行儀よく揃えて座っていた。
「それだけじゃないと思いますよ。だって緒方先生、おれがなんの意図もなくアイツに本来高く貸せる物件タダ同然で貸してると思うか?って言いましたし」
「え、そんなこと言ってたの?」
思わず吹き出したが、事実だ。
緒方先生はバリバリの体育会系で外科系出身で、出会った頃は如何にもコンタクトスポーツやってたがっしりした体型だった。それが幸せ太りでガチムチになり今の姿だ。つまり、緒方先生には妻子がいる。
しかし、緒方先生は嘗ておれに入れあげていた時期があった。肉体関係を持ったことはないが、当時同棲していたハルくんは何かとおれにべったりだった緒方先生のことを嫌っていた。そのくらいの親密さはあった。
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