Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 復元】

《第4週 火曜日 夜》④

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おれは、藤川玲に問われたとき、このことは言わなかった。
長谷の倅の高校時代の出来事は、本人が好意を抱いて待ち伏せたことがきっかけで起きたことで、求められたからその概要こそ話しはしたが、それ以前の出来事については藤川自身が受けた被害のトラウマを引き摺り出すおそれがあったからだ。
そして、おれはその一連のこと全て知っていることは本人にも言っていない。長谷が病に斃れた後、おれが聞かされた数々の後悔は、おそらくは本人もその事実を知られ、告白したときに非常な苦痛を伴ったであろうことは想像に難くないからだ。
あの二人は、おれが引き合わせるまでもなく、この地域で、それぞれ今の仕事に就いている限り、どこかで接点を持つ羽目になったのではないかという気がしている。互いのバックグラウンドを、長谷という人物の関わりを知らずに。
仕事を通じて偶然に出会っていたら、強烈に惹かれ合うか、なんとなく互いの持つ昏い影、似た匂いを感じて忌避するかの二極になっていたのではないだろうか。つまり、放っておいても今の状況とほぼ同じになっていた可能性はある。
昨日の勤務中、この件が動く前にフロアで待機している間、長谷から藤川玲と同棲することを聞いた。しかも、藤川は死んだ征谷のほかにも関係している人間が居て、長谷自身も後ろめたいことがないわけではないという話だった。
相手の好意を逆手に取って誑かし手玉に取って弄ぶ人間と、恐ろしく勘がよく悪意なく相手を誑かす人たらし。わざわざ敢えて、自分に似た、自分をほんとうの意味では愛さない人間を互いに無意識に選んだとしか思えなかった。
人生で初めての愛を否定された上にその命を奪われた藤川も、愛という名のもとに尊厳を踏みにじられた経験をした長谷も、誰かを本気で愛するのは怖いのかもしれない。
でも似た人間同士で割り切って生活を支え合って回していくのは悪いこととは思わない。
今は長谷は何故だか惹かれてのぼせ上がり何もかもを知りたい状態で、藤川はそんな状態の人間を単純に物珍しさや興味本位で傍に置きたいのだと思う。しかし、暮らしをともにするうち関係性が変わってしまったらどうだろう。
もしこれで情が芽生えて、どちらかが本気で相手の行いに腹を立て、嫉妬で怒り狂ったり悲しみ嘆くようになったらどうなるか。予測がつかない。年こそ離れてはいるが二人共いい大人だ、関わりを持たないようにするくらいの処世術は持っているだろう。
しかし背中に暗いものを背負っている者同士だ。最悪、激しく相手を憎むかもしれない。絶望して死を選ぶかもしれない。極端な結末を選ぶおそれがないとも言えない。それが恐ろしい。
目の前の事件に集中しきれずにあれこれ考えていると、携帯電話のバイブレーションのような音が僅かに聞こえた。
「オイ、現場に私用の通信端末の持ち込みは禁止だぞ。今鳴ったの誰のだ、出せ!」
捜査している駐車場の空間いっぱいに響くよう声を張り上げると、カメラを手に小走りで長谷の倅がやってくる。そして困り顔で申し訳無さそうにおずおずとスマートフォンを差し出した。
「すみません、あの、おれでした…藤川先生から連絡があるかもしれないんで、預かっておいてくださいませんか…」
地方の県警で、私用のスマートフォンを現場や執務室内に持ち込んで遺体や証拠品を撮影した上、それを交際相手に見せていたため処分される事案があったことを言い添え、今回は着任したてで現場は初めてなので預かるが、以後同様のことがあったら始末書であることを念押しした。
おれに何度も「申し訳ありません」と頭を下げて、撮影に戻っていく。
思えば、長谷が小高家に踏み込んだのは、あのくらいの年齢ではなかったか。
倅の人生も狂ってしまうのか、あの、藤川玲という人間によって。
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