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【2020/05 不時着】
《第3週 日曜日 夜》③
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噂は聞いていた。小中高と碌すっぽ学校にも通わんと、自力で大検とって受験勉強して入ってきたバケモンがおるとか、まだセメスターなのに決め打ちで心理の研究室に通い詰めてるとかなんとか。
あの日食堂で近づいて声をかけたのは、不自然に怪我負ってんのに「なんでもございません、これは仕様です」ってな顔で食堂なのに飯も食わんとデザート菓子ばっか食ってて、なのにひどく痩せてて、あまりにも何もかも異質すぎるからやった。
近くに座って様子見ててもこっちのことなんか全然気付きもせんから、隙を狙って声かけたらすごい顔してな。今思えば、当たり前なんよな、死んだはずの人間がヘラヘラして声かけてきてんから。そんとき、お父さんって言われた気ぃしたけど、言い間違いかな思て、あんま気にしてへんかった。
でも、あれは気のせいじゃなかった。付き合い始めて暫くして互いに部屋を行き来して泊まるようになってから、二人きりになると玲の様子がおかしなることが増えて、手がつけられんで救急車呼んだこともあった。
そんとき問い質したら初めて事件のことを白状したけど、おれの学科の特性上、授業でもその事件は取り上げられたことがあって、概要は知ってはいた。でもまさか、生き残って助けられた子供が玲やったというのは知らんかった。
玲はおれと密室に二人きりになると、おれを先輩と呼んだり、お父さんて呼んだり、怯えて泣き出したり、巫山戯て悪戯してきたり、甘えて抱きついてきたり、どれが本当なんやろうと思ってた。記憶が入り混じって混乱してるって気づいたのはもう少し後やった。
始めは、おれの言うことあまりにもなんでも信じるしホイホイ聞くから、最初はおもしろかって、それを利用していたはずだったんに、いつの間にかなんでも聞いてやりたくなってしまっていた。気ぃついたら絆したつもりが絆されとった。
そういうことに手ぇ染めてるって知った時も、自傷行為していることも、顔変えるために高っかいカネ払ろて手術してんのも、叱ったり咎めたり宥め賺したりしてたんに、事情を知ってからは何も言えんくなった。
おれは、一緒になってやるとかそういうふうにはできんけど、けど、玲がどんな人間だろうと、何をしてようと、味方でいてやろうと決めた。もし生きておったら、玲の本モンのお父さんかて同じ気持ちやったと思う。おれが今、自分の子供らにそう思てるのと同じように。
それと、玲が望むうちは、おれはお父さんの代わりくらい、それで少しでも玲の気が済むなら、それで前を向いて生きていけるんやったら、付き合うてもいいと思った。でもそれが、そういう意味合いをも含むことになるとは当初思ってはおらんかった。玲がそういう感情でお父さん見てたのいうのは知らんかった。
それでも結局おれはずっと、頼まれれば裁判所だの警察だの出向き手を貸し、所帯を持った後も人として道理に反するとわかってて尚、なんやかやありつつも関係を断ち切らず、会えば記憶に惑わされ混乱する玲を慰め、求められる役割を利用して玲を抱くことを繰り返してきた。
でも、もしかしたらもう、裏の人間との付き合いが切れて、若いツバメ囲って暮らすようになったら、玲はもうおれのことは必要ないのかも知らん。けど玲は、おれに会わんくなったらお父さんのことはもう思い出さなくなれるんやろか。諦められるんやろか。
そんな甘いもんと違うと思う。こんな何十年も、忘れたはずが何遍も何遍も頭ン中で繰り返し襲いかかってくるゴーストみたいなもん、もしおれがいなくなったあとも襲ってくるんだとしたら、玲はどうなってしまうんやろう。
おれもずっと始終一緒だったわけじゃない、離れてた期間もある。その間、玲がどうしとったんかは、おれは知らない。今生きて目の前にいるからには、なんとかして乗り越えてきたんやなとは思うけど、今まではなんとかできたとして、これからはどうなんやろう。
あの日食堂で近づいて声をかけたのは、不自然に怪我負ってんのに「なんでもございません、これは仕様です」ってな顔で食堂なのに飯も食わんとデザート菓子ばっか食ってて、なのにひどく痩せてて、あまりにも何もかも異質すぎるからやった。
近くに座って様子見ててもこっちのことなんか全然気付きもせんから、隙を狙って声かけたらすごい顔してな。今思えば、当たり前なんよな、死んだはずの人間がヘラヘラして声かけてきてんから。そんとき、お父さんって言われた気ぃしたけど、言い間違いかな思て、あんま気にしてへんかった。
でも、あれは気のせいじゃなかった。付き合い始めて暫くして互いに部屋を行き来して泊まるようになってから、二人きりになると玲の様子がおかしなることが増えて、手がつけられんで救急車呼んだこともあった。
そんとき問い質したら初めて事件のことを白状したけど、おれの学科の特性上、授業でもその事件は取り上げられたことがあって、概要は知ってはいた。でもまさか、生き残って助けられた子供が玲やったというのは知らんかった。
玲はおれと密室に二人きりになると、おれを先輩と呼んだり、お父さんて呼んだり、怯えて泣き出したり、巫山戯て悪戯してきたり、甘えて抱きついてきたり、どれが本当なんやろうと思ってた。記憶が入り混じって混乱してるって気づいたのはもう少し後やった。
始めは、おれの言うことあまりにもなんでも信じるしホイホイ聞くから、最初はおもしろかって、それを利用していたはずだったんに、いつの間にかなんでも聞いてやりたくなってしまっていた。気ぃついたら絆したつもりが絆されとった。
そういうことに手ぇ染めてるって知った時も、自傷行為していることも、顔変えるために高っかいカネ払ろて手術してんのも、叱ったり咎めたり宥め賺したりしてたんに、事情を知ってからは何も言えんくなった。
おれは、一緒になってやるとかそういうふうにはできんけど、けど、玲がどんな人間だろうと、何をしてようと、味方でいてやろうと決めた。もし生きておったら、玲の本モンのお父さんかて同じ気持ちやったと思う。おれが今、自分の子供らにそう思てるのと同じように。
それと、玲が望むうちは、おれはお父さんの代わりくらい、それで少しでも玲の気が済むなら、それで前を向いて生きていけるんやったら、付き合うてもいいと思った。でもそれが、そういう意味合いをも含むことになるとは当初思ってはおらんかった。玲がそういう感情でお父さん見てたのいうのは知らんかった。
それでも結局おれはずっと、頼まれれば裁判所だの警察だの出向き手を貸し、所帯を持った後も人として道理に反するとわかってて尚、なんやかやありつつも関係を断ち切らず、会えば記憶に惑わされ混乱する玲を慰め、求められる役割を利用して玲を抱くことを繰り返してきた。
でも、もしかしたらもう、裏の人間との付き合いが切れて、若いツバメ囲って暮らすようになったら、玲はもうおれのことは必要ないのかも知らん。けど玲は、おれに会わんくなったらお父さんのことはもう思い出さなくなれるんやろか。諦められるんやろか。
そんな甘いもんと違うと思う。こんな何十年も、忘れたはずが何遍も何遍も頭ン中で繰り返し襲いかかってくるゴーストみたいなもん、もしおれがいなくなったあとも襲ってくるんだとしたら、玲はどうなってしまうんやろう。
おれもずっと始終一緒だったわけじゃない、離れてた期間もある。その間、玲がどうしとったんかは、おれは知らない。今生きて目の前にいるからには、なんとかして乗り越えてきたんやなとは思うけど、今まではなんとかできたとして、これからはどうなんやろう。
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