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【2020/05 消失】
《第3週 日曜日 朝》⑨
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救急入口の脇に他では絶対に見ない覆面にしか採用されない仕様の車種が停まっていたから、警察が来ていることも、おれを呼べと言われたのもそれはそれで事実なんだろうけど、ハルくんはそう言われる以前にその立場をうまく利用して独断でそれを決め、おれを呼んだのだと思う。
ハルくん自身は多分、直人さんにもふみにも良い感情は抱いていない。おれを連れ帰ったふみと言い合いになったこともある。怪我をして帰ってきたおれを見て直人さんに対して恨み言を言っていたこともある。正直こうなって、おれがそういう連中との縁がやっと切れることに安堵しているはず。
本来だったらおれにわざわざ報せる必要もないし、おれへの連絡の依頼も断って事務方に任せて通常業務に戻ることだってできたはずなのに、それでもこうやって呼んで、捜査関係者と接触しないようにして霊安室まで誘導してきてくれたのは、していた契約がどういうものなのかを理解していたからだと思う。
ハルくんの対応は必要な点には気を配りながらも淡々としたものだった。良くも悪くも、互いにこういった不慮の死を迎えた人を縁ある人と対面させるという機会はそれなりにあって慣れてしまっている。おれも最初助からないと知ったときは気持ちが揺れたが、今は変に冷静になっている。
でも、おそらく長谷は違う。親は病死で亡くしてこそいるが、まだ刑事事件の捜査に関わっていないから今まで直接そういったことに立ち会ったことはないだろう。おれが霊安室のドアを少しだけ開けて入り、閉めるために振り返ったとき、ひどく不安そうな顔をしていた。
部屋の中には殆ど何もなく、簡素な椅子が3脚ほど手前の壁沿いに並べてある他は、遺体を載せたストレッチャーと、燭台や香炉を載せた白い布に覆われた長机のみ。部屋の左奥には普段実習や剖検に使用するのとは別途、臨場した警察官が検死するとき使用する解剖室と同じ設備が揃った部屋がある。
おれは部屋を進み、中央に安置されたストレッチャーの傍に立って遺体の顔を覆う白い布を、折り目を摘むようにしてそっと引き上げて取り払った。見覚えのある顔は色を失い、唇が乾き始めている。表情には苦痛に耐えた様子を残したままだ。
撃たれたと連絡があったのはおそらく、実際に撃たれてからそれなりに反撃してから。亡くなったのは此処に到着してからとして、ここに運ぶのに掛かった時間も考えると、撃たれた時刻は今から2時間近く前ということになる。遺体の頸部の下に腕を差し入れて軽く持ち上げると頸部は既に硬直しかかっているので凡そ合っているはずだ。
かなり失血したのだろう、通常だと背面の圧力のかからないところに血液が移動し死斑が出始めてもおかしくないのに発現していない。体の上に掛けられていた薄い布団を剥いで簡単に畳み、入口傍の椅子に置いて戻り、着せられている寝間着の身頃を綴じた紐を解いた。
体位を転換して撃たれた箇所を確認する。左大腿部やや下方からの盲管射創が内部に向けて創が拡大している。弾はジャケッテッドホローポイントだ。同じような創が腰の後方左側にもある。その他、命中せず擦過した創が右の脹脛に1つ。倒れたときにできたであろう内出血が右の腕にあった。
寝間着を着せ直し、布団も掛け直して、改めて横たわる遺体の傍で手を合わせ、直人さんの顔を見た。おれは報せをうけたとき、喪った悲しさより憤りが先に立った。そうなる可能性も予測できてたはずなのに、そのための護衛のはずなのに、なんで撃たれてるんだと無性に腹が立って震えが止まらなかった。衝動的にふみに怒鳴ってしまった。
遺体に対面したら、流石に亡くなった実感と同時に悲しさや寂しさも湧き上がってくるだろうと思っていた。でも実際はこうだ。多分、大事な人を失うということに対しておれの脳は防御するようになってしまっている。これが初めてではないから。何かを感じ、考えたら心が壊れてしまうと体が学習している。
ハルくん自身は多分、直人さんにもふみにも良い感情は抱いていない。おれを連れ帰ったふみと言い合いになったこともある。怪我をして帰ってきたおれを見て直人さんに対して恨み言を言っていたこともある。正直こうなって、おれがそういう連中との縁がやっと切れることに安堵しているはず。
本来だったらおれにわざわざ報せる必要もないし、おれへの連絡の依頼も断って事務方に任せて通常業務に戻ることだってできたはずなのに、それでもこうやって呼んで、捜査関係者と接触しないようにして霊安室まで誘導してきてくれたのは、していた契約がどういうものなのかを理解していたからだと思う。
ハルくんの対応は必要な点には気を配りながらも淡々としたものだった。良くも悪くも、互いにこういった不慮の死を迎えた人を縁ある人と対面させるという機会はそれなりにあって慣れてしまっている。おれも最初助からないと知ったときは気持ちが揺れたが、今は変に冷静になっている。
でも、おそらく長谷は違う。親は病死で亡くしてこそいるが、まだ刑事事件の捜査に関わっていないから今まで直接そういったことに立ち会ったことはないだろう。おれが霊安室のドアを少しだけ開けて入り、閉めるために振り返ったとき、ひどく不安そうな顔をしていた。
部屋の中には殆ど何もなく、簡素な椅子が3脚ほど手前の壁沿いに並べてある他は、遺体を載せたストレッチャーと、燭台や香炉を載せた白い布に覆われた長机のみ。部屋の左奥には普段実習や剖検に使用するのとは別途、臨場した警察官が検死するとき使用する解剖室と同じ設備が揃った部屋がある。
おれは部屋を進み、中央に安置されたストレッチャーの傍に立って遺体の顔を覆う白い布を、折り目を摘むようにしてそっと引き上げて取り払った。見覚えのある顔は色を失い、唇が乾き始めている。表情には苦痛に耐えた様子を残したままだ。
撃たれたと連絡があったのはおそらく、実際に撃たれてからそれなりに反撃してから。亡くなったのは此処に到着してからとして、ここに運ぶのに掛かった時間も考えると、撃たれた時刻は今から2時間近く前ということになる。遺体の頸部の下に腕を差し入れて軽く持ち上げると頸部は既に硬直しかかっているので凡そ合っているはずだ。
かなり失血したのだろう、通常だと背面の圧力のかからないところに血液が移動し死斑が出始めてもおかしくないのに発現していない。体の上に掛けられていた薄い布団を剥いで簡単に畳み、入口傍の椅子に置いて戻り、着せられている寝間着の身頃を綴じた紐を解いた。
体位を転換して撃たれた箇所を確認する。左大腿部やや下方からの盲管射創が内部に向けて創が拡大している。弾はジャケッテッドホローポイントだ。同じような創が腰の後方左側にもある。その他、命中せず擦過した創が右の脹脛に1つ。倒れたときにできたであろう内出血が右の腕にあった。
寝間着を着せ直し、布団も掛け直して、改めて横たわる遺体の傍で手を合わせ、直人さんの顔を見た。おれは報せをうけたとき、喪った悲しさより憤りが先に立った。そうなる可能性も予測できてたはずなのに、そのための護衛のはずなのに、なんで撃たれてるんだと無性に腹が立って震えが止まらなかった。衝動的にふみに怒鳴ってしまった。
遺体に対面したら、流石に亡くなった実感と同時に悲しさや寂しさも湧き上がってくるだろうと思っていた。でも実際はこうだ。多分、大事な人を失うということに対しておれの脳は防御するようになってしまっている。これが初めてではないから。何かを感じ、考えたら心が壊れてしまうと体が学習している。
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