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【2020/05 消失】
《第3週 日曜日 朝》⑧
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いや、下僕って。せめて部下って言いましょうよ先生。まあ、先生は契約で金で買われている情婦だし、どっちも立場弱いのかもしれないけれど。
「でも、先生はお友達なんですよね?ならあんな言い方しちゃだめですよ」
さっき電話口でいきなり怒鳴ったことを思い出して嗜めると、先生は最初ピンとこなかったのか目を丸くしておれを見ていた。しかしそのうち思い出したらしく、「あ?あぁ~…アレな」と呟いた。
「おれ、びっくりしたんですからね?あんな大きな声出して…」
必死に訴えるも、先生はそのおれの様子を見てニヤニヤして言う。
「でもそういうことでもなくない?」
「…え、なにがですか???」
困惑するおれを見て更に先生が声を殺してクククと笑った。
「なんですか?おれ、なんかおかしいこと言いました?」
先生は手を伸ばして、おれの髪を掻き乱すようにして撫でくり回しながら、声を上げて笑った。
「あはは、いやぁ、ほんっと、長谷はいい子だなあ」
絶対この「いい子」って表現、性格とか育ちを褒めてるんじゃなくて、おれを子供扱いしてる気がする。
「おれ、いい子って言われるような歳じゃないですよ」
むくれていると、先生は「なんだよ、おれの娘と歳変わんないのに」とおれの鼻を摘んで誂った。
そうこうしているうちに車は見慣れた通りに来た。先生が体を起こして、運転手さんに附属病院の救急入口に回って降ろしてほしいと伝える。
車が赤いランプが光っている救急入口に到着し、降車して入っていくと受付の前のベンチに青いスクラブ姿の大石先生が居た。先生より先に着くと言っていた先輩はまだ来ていないっぽい。
「ハルくん、ごめん」
「なんで謝ってんの、いいからおいで」
やや疲れを滲ませた隈のできた顔で出てきた大石先生は、こともなげに藤川先生の手をとって、ERの入口ではなくエレベーターホールに向かい歩き出した。おれもその後を付いていく。
大石先生はおそらく他意なく、兄弟として藤川先生の手をとったのだと思う。でも、このふたりが嘗てそういう関係だったことや同棲していたことを思うと、おれの中には今まで感じたことがないざわつきが生じていた。
「警察が立ち会って、一応の検死は済んでるからアキくんがやることはないよ。でもさ、この後もし身内の人が引き取りに来て葬式上げるにしたって、この締め付けの厳しいご時世じゃ業者も頼めないだろうし、感染対策とかも考えたら人集めて大々的にはできないし、アキくんだって立場的にも堂々参列するわけにいかないじゃない。だから、ここでお別れ済ませておきなよ。おれにはそのくらいしかしてあげられない」
そう話す大石先生の言葉を聞きながら、藤川先生の顔を見る。さっきまでおれに笑いかけていた先生の顔は、気がつくと硬く強張っていた。
エレベーターは間もなく地下階に着き、おれたちは降りて長い通路を歩く。患者さんが来るところではないからか、剥き出しのダクトが天井を這っていてベンチなどもなく、薄暗くひどく殺風景だ。いくつか扉はあるが機械室などのようで、人の気配を感じない。
突き当りまで来ると塗装もされていないスチール製の重い扉があり、そこを開けるとぽつんとベンチが置かれていて、その向かいに、霊安室の扉があった。
「会ってきな、検死後とりあえず在り物の寝間着用の浴衣着せてあるから。長谷くんは、おれと此処で待とうか」
先生は頷いて、霊安室のドアノブに手をかける。最小限扉を開けて体をその隙間に滑り込ませるように入り、ドアノブを捻って音を立てぬようそっと扉を閉めた。
「でも、先生はお友達なんですよね?ならあんな言い方しちゃだめですよ」
さっき電話口でいきなり怒鳴ったことを思い出して嗜めると、先生は最初ピンとこなかったのか目を丸くしておれを見ていた。しかしそのうち思い出したらしく、「あ?あぁ~…アレな」と呟いた。
「おれ、びっくりしたんですからね?あんな大きな声出して…」
必死に訴えるも、先生はそのおれの様子を見てニヤニヤして言う。
「でもそういうことでもなくない?」
「…え、なにがですか???」
困惑するおれを見て更に先生が声を殺してクククと笑った。
「なんですか?おれ、なんかおかしいこと言いました?」
先生は手を伸ばして、おれの髪を掻き乱すようにして撫でくり回しながら、声を上げて笑った。
「あはは、いやぁ、ほんっと、長谷はいい子だなあ」
絶対この「いい子」って表現、性格とか育ちを褒めてるんじゃなくて、おれを子供扱いしてる気がする。
「おれ、いい子って言われるような歳じゃないですよ」
むくれていると、先生は「なんだよ、おれの娘と歳変わんないのに」とおれの鼻を摘んで誂った。
そうこうしているうちに車は見慣れた通りに来た。先生が体を起こして、運転手さんに附属病院の救急入口に回って降ろしてほしいと伝える。
車が赤いランプが光っている救急入口に到着し、降車して入っていくと受付の前のベンチに青いスクラブ姿の大石先生が居た。先生より先に着くと言っていた先輩はまだ来ていないっぽい。
「ハルくん、ごめん」
「なんで謝ってんの、いいからおいで」
やや疲れを滲ませた隈のできた顔で出てきた大石先生は、こともなげに藤川先生の手をとって、ERの入口ではなくエレベーターホールに向かい歩き出した。おれもその後を付いていく。
大石先生はおそらく他意なく、兄弟として藤川先生の手をとったのだと思う。でも、このふたりが嘗てそういう関係だったことや同棲していたことを思うと、おれの中には今まで感じたことがないざわつきが生じていた。
「警察が立ち会って、一応の検死は済んでるからアキくんがやることはないよ。でもさ、この後もし身内の人が引き取りに来て葬式上げるにしたって、この締め付けの厳しいご時世じゃ業者も頼めないだろうし、感染対策とかも考えたら人集めて大々的にはできないし、アキくんだって立場的にも堂々参列するわけにいかないじゃない。だから、ここでお別れ済ませておきなよ。おれにはそのくらいしかしてあげられない」
そう話す大石先生の言葉を聞きながら、藤川先生の顔を見る。さっきまでおれに笑いかけていた先生の顔は、気がつくと硬く強張っていた。
エレベーターは間もなく地下階に着き、おれたちは降りて長い通路を歩く。患者さんが来るところではないからか、剥き出しのダクトが天井を這っていてベンチなどもなく、薄暗くひどく殺風景だ。いくつか扉はあるが機械室などのようで、人の気配を感じない。
突き当りまで来ると塗装もされていないスチール製の重い扉があり、そこを開けるとぽつんとベンチが置かれていて、その向かいに、霊安室の扉があった。
「会ってきな、検死後とりあえず在り物の寝間着用の浴衣着せてあるから。長谷くんは、おれと此処で待とうか」
先生は頷いて、霊安室のドアノブに手をかける。最小限扉を開けて体をその隙間に滑り込ませるように入り、ドアノブを捻って音を立てぬようそっと扉を閉めた。
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