Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 消失】

《第3週 日曜日 朝》⑤

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おれが泣き始めたことで、入れ替わるように先生は落ち着きを取り戻したように見えた。
「それって高校の、アレのせい?」
「いえ、おれは、そのことは誰にも…家族にも話したことないです」
先生は小首を傾げて尋ねる。無意識なんだろうけど、さり気なくそういう可愛い仕草をしてもなんとなくその整った顔立ちや華奢な容姿に似合う。でもそれは、惚れた欲目なのかもしれない。
「それは、おれにも話せない?」
急に恥ずかしくなって、涙を拭いながら、つい先生に軽口をたたく。
「…なんか、先生に教えたら利用して色々試しそうじゃないですか」
すると先生は頬を膨らませて「んむー!」と言って抗議の意を示した。そういや大石先生、出会った頃の先生は怒ると頬を膨らましてたって言ってた気がする。思わず吹き出しそうになったけど堪えた。
「なんだよぉ…こう見えて元々は心理学者だったし、転向前の専門は精神科だったんだぞ…一通り資格だって持ってるし…」
「や、だから逆に怖いじゃないですか」
プロの技術を駆使して挑まれたらおれなんて一溜まりもない。催眠術なんか掛けられて自分がされたことを先生にするように仕向けられたりしたら、いや、心理学ってそういうものでもないとは思うけど、でも。
「おれは長谷のこと信じるって言ってんのに長谷はおれを信じてないの?」
先生はおれの顔を両手で掴んで前後に揺すりながら、眉根を寄せて口を尖らせておれを責める。先生の手首を掴んで引き剥がしておれの膝の上で押さえた。
一応先生も男性で、それなりに重いものを動かす仕事だから案外見た目よりは体力はあるはずだけど、それでも図体がでかくて鍛えてるおれに比べたら全然で、それなりに抵抗してるけどびくともしない。
「てか今それどころじゃないですよ、征谷さんの件、先生も全くの無関係って言い切れないわけですし、これからどうするんですか」
先生と目線を合わせて尋ねると、先生は静かに、「どうするも何も、おれは何もできないよ」と言って深く溜息をついた。
「虚しいな、なんか、ずっと抜き差しならん関係だと思ってやってきたのに、あの野郎こうだぜ?」
首を手刀でトンと叩いて馘首(クビ)のジェスチャーをして、先生は左の口角だけを上げてニッと笑うと、また溜息をついた。先生が俯いて、先生の手と、それを押さえているおれの手を見つめる。
暫く間をおいて、顔を上げておれを見た。
「でもさ、知ったのが一人の時じゃなくてよかったかもしれないな。居てよかったよ、一人だったら取り乱して飛び出して、おれも撃たれたかもしれない」
そう言った瞬間、先生のスマートフォンの呼び出し音のメロディが流れ、バイブレーションに因る振動が響いた。バックライトで照らし出された通知画面には、大石悠と表示されている。大石先生だ。
でも、あれ?大石先生は週末は大抵ERで泊まり込みっぱなしのはず。院内では業務用のPHSは持っていても、私物の携帯電話は持ち込まないのでは?そう思いつつも、耳を澄ませて通話に聞き耳を立てる。
「ハルくん?何、なんかした?」
「アキくん、急だけど今から来て」
「え?ERに?なんで?仕事?」
まあ、本業はお休みとはいえ確かに何かあれば対応するって話だったから、そういうこともあるか。心配ではあるけど、おれは先生を見送って今日はもう帰ったほうがいいのかも。
リビングに出しっぱなしにしてきたから食器とかいろいろ片付けないと。あと、着替えて帰る準備して、借りたもの洗濯機にいれて乾燥までセットしておかないと。
そう思って立ち上がり、部屋の出口に向かおうとしたとき背後から大石先生の声が聞こえた。
「撃たれた征谷直人はうちに担ぎ込まれて、ここで亡くなった。まだ身内の方が来ないから遺体を安置してる。…警察も来てる。警察に呼べって言われて、今ロッカーからかけてる」
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