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【2020/05 消失】
《第3週 日曜日 朝》③
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しかし、そんなところにぱっと現れたのが、というか、遭遇したのが先生だった。先生も今まで出会ったことがないタイプと言っていたけれど、それはおれからしても同じだった。わざわざ惑わすような振る舞いをしたり、試すようなことを言ったり。そんな人初めてだった。
でも、おれが自分から一目惚れしたわけでも、先生からそういう目で見られていたわけでもないのに、気がついたら意識するようになってしまっていた。この人のことが知りたいとか、この人に選ばれたいとか、一緒にいたいとか、自分の中にそういう欲が湧き上がってきたのは初めてだった。
今、おれが信じているのは、先生がおれを好きだって言ってくれたことと、そういう、自分の中に生じた気持ちだけだ。おれの肩に縋ったままの先生を抱きしめた。
再び震える小さな声で、先生が呟く。
「なんで、いつも、こうなっちゃうのかな」
こう、というのはつまり、家族、或いは家族同様の人間が死ぬということだろう。
「長谷、お前は、おれに黙って先に居なくならない?」
家族を失うという経験をした人間のあまりに切実な問いかけに胸が痛い。
「大丈夫ですよ、少なくとも先生のご家族よりは、多分おれは生きますよ」
おれが言うと、先生はしがみつく腕を緩めてそっと離れた。泣いてこそいないものの、目は水の膜が張ったように潤んでいる。
それでも振り返って床に置かれた自分のスマートフォンのバックライトが点き画面上に新たに通知を表示したことに気付くと、端末を手にとってトーク画面から通話するための受話器のマークをタップし、耳元に当てた。
「…ふみ?」
通話の相手は、画面に名前があった相手だ。向こうに伝わらないように息を殺して、通話の内容がなんとか聴けないか耳を澄ませる。
「もう連絡してくるなって送ってただろ。オヤジが居なくなった今お前はもう部外者なんだよ、切るぞ」
その声は、画面上の遣り取りからおれが想像していたよりも威圧的ではない、所謂ヤクザ者とは思えない、落ち着いた声、物静かな物言いだ。
しかし、その次の瞬間、目の前の先生が色を作して今まで聞いたことがないような声と言葉遣いで気を吐き、おれは目を剥いた。
「てめえふざけんな!ハジキ持っててオヤジひとり守れなかった癖におれに一人前の口聞いてんじゃねえよ!何処に居やがんだ」
そう言いながらも先生の目からは大粒の涙が溢れた。声も涙声だった。
「言えるわけないだろ。おれはやることがある。せめてカタがつくまでお前は大人しく一般人のフリしてろ」
その人は全く動じず、苛立ちを滲ませながらも極めて冷静に簡潔に言葉を返し、通話は切れた。先生は再び床に座り込み、悔しそうな表情で端末を握りしめている。
「先生、今の人は、誰なんですか?」
おそるおそる声をかけると、先生は涙を拭いながらこちらを振り返った。
「おれのパトロン、だったひとの…なんて言ったらいいんだろな、義理の息子みたいなもんでもあるし、部下というか傘下の幹部でもあるし、ボディガード的なものでもあるし…おれの送迎係だったりもしたな」
もしかして、狙撃犯を撃ち返したというのは、その人が?でも、確証はない。
先生は少し間をおいて呟いた。
「もし、ふみまで死んだらおれ友達居なくなっちゃうな」
…友達?どういうことだろう、どういった関係性なのか、いまいち掴めない。
「先生とは、友達でもあったんですか?」
素朴な質問に、先生は寂しそうに、ちょっと困ったような表情で答える。
「わかんない、でも、ふみじゃないと言えないこととか話せないこともあったから」
でも、おれが自分から一目惚れしたわけでも、先生からそういう目で見られていたわけでもないのに、気がついたら意識するようになってしまっていた。この人のことが知りたいとか、この人に選ばれたいとか、一緒にいたいとか、自分の中にそういう欲が湧き上がってきたのは初めてだった。
今、おれが信じているのは、先生がおれを好きだって言ってくれたことと、そういう、自分の中に生じた気持ちだけだ。おれの肩に縋ったままの先生を抱きしめた。
再び震える小さな声で、先生が呟く。
「なんで、いつも、こうなっちゃうのかな」
こう、というのはつまり、家族、或いは家族同様の人間が死ぬということだろう。
「長谷、お前は、おれに黙って先に居なくならない?」
家族を失うという経験をした人間のあまりに切実な問いかけに胸が痛い。
「大丈夫ですよ、少なくとも先生のご家族よりは、多分おれは生きますよ」
おれが言うと、先生はしがみつく腕を緩めてそっと離れた。泣いてこそいないものの、目は水の膜が張ったように潤んでいる。
それでも振り返って床に置かれた自分のスマートフォンのバックライトが点き画面上に新たに通知を表示したことに気付くと、端末を手にとってトーク画面から通話するための受話器のマークをタップし、耳元に当てた。
「…ふみ?」
通話の相手は、画面に名前があった相手だ。向こうに伝わらないように息を殺して、通話の内容がなんとか聴けないか耳を澄ませる。
「もう連絡してくるなって送ってただろ。オヤジが居なくなった今お前はもう部外者なんだよ、切るぞ」
その声は、画面上の遣り取りからおれが想像していたよりも威圧的ではない、所謂ヤクザ者とは思えない、落ち着いた声、物静かな物言いだ。
しかし、その次の瞬間、目の前の先生が色を作して今まで聞いたことがないような声と言葉遣いで気を吐き、おれは目を剥いた。
「てめえふざけんな!ハジキ持っててオヤジひとり守れなかった癖におれに一人前の口聞いてんじゃねえよ!何処に居やがんだ」
そう言いながらも先生の目からは大粒の涙が溢れた。声も涙声だった。
「言えるわけないだろ。おれはやることがある。せめてカタがつくまでお前は大人しく一般人のフリしてろ」
その人は全く動じず、苛立ちを滲ませながらも極めて冷静に簡潔に言葉を返し、通話は切れた。先生は再び床に座り込み、悔しそうな表情で端末を握りしめている。
「先生、今の人は、誰なんですか?」
おそるおそる声をかけると、先生は涙を拭いながらこちらを振り返った。
「おれのパトロン、だったひとの…なんて言ったらいいんだろな、義理の息子みたいなもんでもあるし、部下というか傘下の幹部でもあるし、ボディガード的なものでもあるし…おれの送迎係だったりもしたな」
もしかして、狙撃犯を撃ち返したというのは、その人が?でも、確証はない。
先生は少し間をおいて呟いた。
「もし、ふみまで死んだらおれ友達居なくなっちゃうな」
…友達?どういうことだろう、どういった関係性なのか、いまいち掴めない。
「先生とは、友達でもあったんですか?」
素朴な質問に、先生は寂しそうに、ちょっと困ったような表情で答える。
「わかんない、でも、ふみじゃないと言えないこととか話せないこともあったから」
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