Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 深度と濃度Ⅱ】

《第3週 土曜日 真夜中》③

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その時ふと思った。
明日起きたら机とか文庫の棚動かすけど、流石におれ一人じゃ無理だし、先生にも半分持ってもらうんだけど、そんなことして大丈夫?だるい無理とか言わない?そもそも疲れが出たとか言って体調悪くて寝てたんじゃなかったっけ?
でも、そんな思いつめたような硬い表情で言われているこの状況で、そんなことも言い出しづらいというか、なんというか。とりあえず今は言わないでおこう。
頭の中に浮かんだことは一旦隅に追いやった。
先生の頬に手を添えて、波打つ前髪の上から額に口づけて、それから先生の着ているシャツワンピースのボタンに指をかけてひとつずつ外した。臍の辺りまで外すと、先生は自分で身頃を開いて肩口から襟をずらし、布地の重みに任せて脱ぎ落とした。同様に下着も足元に落とされる。
おれはバスローブと下着を脱いで、床に落ちた先生の衣類とともに拾って洗濯機の上に投げ置いてから、先生の手を引いて浴室の扉を開けた。
相変わらず一人暮らしとは思えない、というより、ラブホみたいなジャグジーにもできる大きな楕円の浴槽に広い洗い場、テレビにスピーカーといたれりつくせりの設備だ。この浴室が気に入って羨ましくて、ここに住みたいって言ったら先生にあっさりいいよって言われたんだった。そうだった。
あと、先生とは前もここで既に致したことがある。もしかしてだけど、先生、お風呂場でするの好きだったりしない?…いや、今そんなことわざわざ今訊かなくてもいいし。
駄目だ。余計なことも次々浮かんでくるけど、さっきの思いつめたような表情とか、玄関で見た凍りついたような怯えたような表情とか、何が先生の中に蘇ってああなったのかとか、気になることが多すぎて、訊いてしまいたくなる。
只でさえここまでいろいろ先生のこと勝手に探って漁って嫌な思いだってさせたのに、おれはなんだかんだ言いつつ許してくれたりスルーしてくれる先生の寛容さに甘えてるし、調子に乗っている。
でも、今までは書類とか資料とか、おれが先生に黙って記録されているものを見ていたのでそうだっただけかもしれない。どこまでなら直接先生に質問していいのかというのは判断し難い。
況してや、フラッシュバックだ。出来事が蘇って脳内で再体験している状態だ。それを改めて聞き出そうとするということは、それほどの傷を負った出来事を聞き出すことになる。
しかも先生の場合、記憶から抹消されるほどのことだったわけで、わざわざ話すことによって、それが重ねて再認識することになって先生を傷つけることになりかねない気がする。
先生の言う通り、今は何も考えなくていいようにしたほうがいい。何も考えられないくらい、没頭できること、耽溺できることが必要だ。
「いいですよ、それが今、先生に必要なら」
返事に詰まっていたおれを硬い表情のまま見つめていた先生の表情が色を帯びたものになる。爪先立ちになって仰け反って顔を上げ、目を閉じ、おれが輪郭の曖昧な薄い唇に口づけるのを待っている。期待される通りに口づけると、先生はおれの唇を甘噛みして柔く吸い、性急に侵襲を煽ってきた。
互いの吐息と粘膜がぬめる体液を纏って絡み合う僅かな音が反響し、その音と、感触と、体温が冷えた浴室の中で妙に生々しく浮き上がる。本能なのか、尾骶骨の辺りから項や耳の後ろ辺りまで、ザワザワとしたものが駆け上がってくる。おれは唇を離し、衝動的に先生の首筋に咬み付いた。
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