Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 深度と濃度Ⅱ】

《第3週 土曜日 真夜中》①

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眠りに就いてどのくらい経ったかはわからない。
寝返りを打ったときすぐ隣にいたはずの先生に手を伸ばしたら姿がなく、おれの腕は先生を包んでいたはずの柔らかく軽い羽根布団を押しつぶした。
おれは半分寝惚けながら、前もそういえば夜中に起きて明け方まで仕事して戻ってきてたことを思い出していた。単純にトイレに行ってるのかもしれないし、どのみち少なくとも家の中には居るだろうと思い、そのときはそのまま、あまり気にせずに寝直した。
それでもやはり少し気になって、深く寝入ってしまわないよう意識して先生の戻りを待った。しかし、戻ってくる気配がない。それどころか、部屋は静まり返って全く音や気配がしない。
もし仕事しているとしたらパソコンとかタブレットを起動していてそのバックライトの明かりが部屋を仕切るカーテンの隙間から漏れたり或いは透けて見えたり、何かタップしたりキーを打つ音がしたり、本の頁を捲る音や、ペンを走らせる音がするはずだけど、何も感じられない。
おれは起き上がってカーテンに近づき、その隙間をそっと指先でほんの少し開く。しかしカーテンの向こう、リビングは真っ暗だ。それでも目を凝らしていると慣れてきて少しずつ部屋の様子が見えてくる。しかし、仕事机にも、ソファにも、テレビの前にも先生の姿は見当たらない。
寝室から出てキッチンの方にも行ってみたが、当たり前だけど居ない。心臓の奥に氷が滑り込んだように、ヒヤリとした間隔が広がる。慌ててスライドドアを開けて廊下に出ると、その向こう、灯りもついていない玄関に座っている影が見えた。
本来ならここで安堵の溜息が出るところのはずだ。でも、なんとも言えない嫌な予感がして、おれは息を呑んだ。その影からは近づいてはいけない気配がしていた。なんとなく直感でわかった。いつもの先生じゃない。自分の体が危険を感じて総毛立つ。
先生は俯いて、まるで走ったあとのように息を切らしながら、肩で息をしていた。息を吸う度に微かに喘鳴のようなものが鳴るのが聞こえる。過呼吸だ。助けないと。
意を決して少しずつ先生に近づく。近づいていくほど先生の呼吸がはっきりと聞こえる。
おれは途中の洗面所の入口で、洗面所の照明のスイッチを押した。上部にある磨り硝子の小窓から明かりが漏れて廊下がほんの少し明るくなって、廊下の先の影が先生の後ろ姿になった。近づいていくほどに着衣や骨格、身についている匂いなどから、先生だという確証が得られた。
ようやくその傍らに辿り着いて、膝をついた。声をかけて顔を覗き込むと、先生は恐怖に凍りついたように目を見開いていた。
「先生、どうしたんですか、しっかり」
できるだけこちらの動揺が伝わらないように、声色に注意を払って声をかけた。
肩を引いてこちらを振り返らせると、涙を湛えたその目が水盤のように光った。
「ごめん、なんでもない、もどって、ねてていいよ」
弱々しく小さい声で言って、おれの手を払い除けようとする手は震えていた。
「何言ってるんですか、なんでもなくてこんなふうにはならないでしょう」
抱き寄せて頭を俺の胸元に押し付け、息を吸うのは短くして、吐くことに集中するように伝えた。
背中を軽く一定のリズムで手で叩きながら、呼吸が落ち着くのを待つ。先生のシャツの背は冷たい汗を含んで冷えている。
「動けるようになったら、戻って着替えましょうね」
おれは、先生に何が起きたのか予想がついてしまった。おれも同じような状態になったことがある。フラッシュバックだ。
でも、おれは誰にもその事を言ったことがない。その原因について一切、誰にも話したことはない。勿論、家族にさえも。
寧ろ、家族には言えなかった。家族だからこそ言えなかった。
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