Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 深度と濃度】

《第3週 土曜日 午後》①

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おれは茶化したのに褒めて返されてなんとなく恥ずかしくなってしまった。
「そんなことないよ。あ、さっき途中でマスク買うから~って言ったのに、タクシー乗っちゃったからドラッグストア寄ってマスク買うの忘れちゃった。ネットで買うか」
長谷も買うつもりだったのか、おれが言ったことで思い出したようだった。
「そうだ、なんか品薄になってきてるみたいですし、あったらおれのも買っといてもらってもいいですか」
「いいよ、医療福祉関係者用のサイトから箱で買っとくから好きに使いな」
もう会話が完全に一緒に住んでる前提になってしまっているし、互いに浮足立っているのを実感する。家に帰り着いて、二人分食器やカトラリーを用意してカフェテーブルに買ってきた食べ物を並べると、その量からも明らかだった。
「先生、このでっかいエビマヨとか、根菜揚げてスイートチリソースかけたやつ、おれも食べていいですか」
「そりゃそのつもりで買ったからいいよ、おれひとりで食えるわけ無いでしょ」
長谷は自分で選んだ肉の惣菜やサラダもあるのに、嬉しそうに並べて準備をしている。毎日こんなふうになるんだろうか。既に昼を回って初夏も近づく日差しで暖まった部屋でおれたちはゆったりと時間を掛けて食事を摂った。
食べ終わって食器を食洗機に入れて、残った惣菜を片付けてひとやすみしていると、長谷は早々に「じゃ、おれ手前の本棚の本抜いて、奥の棚に乗せるとこまでやってきます」とリビングを出ていった。作業用のグローブもついでに買っていたので大きい方を手渡して、おれはリビングに残った。
ワークチェアの後ろに在るリビングボードの中から飲まなければいけない薬やサプリメントを入れた箱を出す。スマートフォンのお薬手帳アプリを見て、種類や容量、数を確認してブリスターから押し出して並べていき、指差し確認をしていく。
冷蔵庫から服薬ゼリーを出して小鉢に注ぎ、喉に引っかかって飲みづらいものや粒が大きいものはそこに放り込み、スプーンで掬って飲む。それ以外は食事中に飲んでた浄水の残りで飲んだ。只でさえ普段より腹いっぱいなのに、薬で完全に満タンになってしまった。
「また長谷にたぬきって言われるな…」
しかも、普段こんなに食べないから急激に血糖値が上がって下がる血糖値スパイクになって、すごく眠い。ソファの上に転がると、あっという間に寝落ちてしまった。

先生の部屋の蔵書の量ときたら、本当に凄まじかった。こんなの木造の家だったら歪みが出て下の部屋やそれに隣接する部屋も戸口が歪んで開け閉てができなくなってしまうのではなかろうか。手前の棚から本を抜いて、空きスペースに降ろすだけで結構な運動になる。本自体も版がでかかったり、辞書のように分厚かったり、異様に重い。
あまり高さのない棚とはいえ、1竿出し終えるだけで一苦労だ。こんなの、先生が1人でやったら腕が折れちゃいそうだ。…まあ、ご遺体開いたり持ち上げたり出来るくらいだから実際にはそんなことはないんだろうけども。研究室横の小曽川さんがいつもいる書庫だって、凄まじい量の本と資料が積まれていた。
先生は此処にある本やあれらの書物を読んで、調べたり参照したりして書き物をしたり、授業に必要な印刷物を作ったりしているわけで、頭の中にも全部ではなくとも結構な量が吸収してあるわけだ。やっぱり十分すごいことだと思う。
おれは空になった本棚の片側を持ち上げて少しずつ動かして、奥の本棚と直角にしてから右の端を持ち上げて、奥の棚の右端に乗っけてから、左の端を持ち上げて身を返しながらスライドさせて完全に上に載せた。その上の空き部分の両端に買ってきた耐震器具をつけて突っ張らせて棚を固定した。
なかなかいい感じだ。更に置こうと思えば収納ボックス2つくらいは置けそうな余裕がある。でも、本棚みたいにストッパーがないから地震とかあったら危ないかも。先生に希望を聞いてみよう。
一旦リビングに戻ると、先生はソファで寝ている。
「先生?」
顔を覗くと、ちょっと頬が赤い。額にうっすら汗をかいている。手を額に添えると、ちょっと熱い。
「先生、あの」
声を掛けて揺さぶると薄目を開けて手を上げて応えた。
「大丈夫、ちょっと疲れが出ただけだよ」
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