Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 速度と密度】

《第3週 金曜日 夜中》⑤

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ちょっと仰け反って一旦絡めた舌を引き抜いて、長谷に声をかける。
「待った、食べた分内臓動いてるから、出るもの出してくる」
長谷は「…もしかして…怒ってます…?」としょんぼりした顔で言った。
「違うよ」
「それ、食べたものも吐いちゃうって訳じゃないですよね?」
動揺も顕におれの顔を覗き込んで訊いてくる。
「安心しな、それはないよ。たぬきを脱してくるだけだよ」
わざとらしくさっき言われたことを織り込んで言うと、根に持たれていると思ったのかシュンとしている。
「冗談だよ、何も気にしなくていいよ」
おれからそっと口づけて、立ち上がって頭を撫でてから準備に向かった。

先生、お母さんのところ出てからも一切、おれが何のためにお母さんに会いに行ってたのか、何を話したのかとか、全然訊かない。正直おれは、帰りのタクシーの中とか、先生の家についたら言われて責められるんじゃないかと思っていた。
それどころか、帰り此処に泊まるのがもう当然のように誘って乗せてきてくれた。まるでもう本当に一緒に暮らしているみたいだ。先週今週と連続で週末入り浸ってしまうことになるとは思っていなかった。このまま本当に此処に引っ越してきて暮らしていいんだな、って実感が真に迫ってくる。
もしかして近くに居るし…とは思ったけど、実際に会えたらやっぱりすごく嬉しかったし、同じ食卓についたり一緒に移動したり戯れたりしていたら、昼間読んだ資料やら調書にあった事件の詳細を読んだショックとか、先生のお母さんに聞いた話も忘れるくらい、幸せだと思った。
おれは、今まで誰かを好きになっても、こんなふうに幸せを感じたことはなかった。好意を知られた途端冷たく切り捨てられたり、告白してもその好意を利用されたりして、好きな人と何気ない時間を一緒に過ごしたり、他愛のないことを話したりなんて出来なかった。
先生は、欲望の制御が上手くないおれのこと面白がって、試したり誂ったりして弄んではいたし、おれが過去を嗅ぎ回っていることに怒ったりもしたけど、切り捨てたりしなかったし、おれの好意を利用したり無碍にするようなことも結局していない。
それどころかすごく誠実に仕事を教えてくれて、一緒に住むことも了承してくれて、二人きりになると甘えたりなんかもして、自分の家族である人々に無断で接触しても赦してくれて、おれのつらいことには必要以上に触れないでいてくれて、優しい。
おれは今まで誰かと恋愛関係になるということ、付き合うということを経験していない。もし今の、先生との関係がそういうものなのだとしたら、なんて素敵なことなんだろう。どうして今までおれは、自分に優しくしてくれる人を好きにならなかったんだろう。
両親が出会って結婚するまでも、こういう幸せな時間があったんだろうか。生まれとか育ちとか関係なく、どうして好きになったのかも曖昧だけど、妙に惹かれるものを感じて、一緒に過ごす時間が出来る度に愛しくなったり、些細なことが楽しくなったりするような関係だったんだろうか。
でも、寧ろそう思うと、おれと先生も一緒に暮らすうちに色々見えてきて、互いの大事にしているものが違いすぎたり認められなかったり、許せないことを問い詰めずにいられなくなったりして、気持ちが離れてバラバラになったりすることもあるんだろうかと怖くもなる。
おれは先生と一緒に居たい。先生が十五も歳上で先に逝ってしまうことがわかっていても。おれは自分を先生に見送らせたりしない。先生が失くしたものは取り戻してあげることは絶対にできないけど、この先の生活を楽しいことで一杯にしてあげたい。
でも、まだ、正式に一緒に住むと決まったわけでもないし、付き合ってるという確証もないのにそういうこと思ってるのは重いんだろうな。
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