Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 速度と密度】

《第3週 金曜日 夜中》②

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少しかがんで、腿のあたりをホールドして先生を持ち上げた。先生の顔がおれよりちょっと高い位置になる。いつもはおれを見上げている先生が、おれの肩に手を添えて上からおれを見ている。ちょっと困り顔で。
「長谷、おれ、高いの怖いんだけど」
「え、2mくらいですよ?そんなに?」
抱えたままベッドの上に座ると、そのまま崩れ落ちるように先生はおれの腕を逃れてベッドに転がった。
「やだ、おれ、だから階段も嫌いなんだってば…外が見えるエレベーターも下りのエスカレーターも嫌い…」
「え、えぇ~…」
そんな、生活に支障ありまくりじゃないか。どうやって今まで暮らしてたんだ。てか、よく外に出て働いてたなこの人…ご遺体と向き合うとか、人前とか画面の向こうの大勢に向けて授業で話すとか、今日みたいに職場の偉い人の前に出ることのほうが怖くない?
体を丸めて、ジリジリと端っこに逃れようとする先生の腕を引いて、引き摺って寄せてから抱きしめて頭を撫でた。先生はおれの胸に顔を埋めてじっとしている。やがてゆっくり、怖ず怖ずとおれの体に腕を伸ばし抱きついた。
「ごめんなさい、もうしませんよ」
声をかけると、顔を上げておれの顔を「ほんとかぁ?」と言わんばかりの怪訝な表情でじっと見る。おれはもう一度額にそっとキスした。
それを合図に、先生の滑らかで華奢な冷たい脚が、体毛も顕なおれの脚に絡みつく。そして薄い柔い唇が胸の上を小鳥が啄むように口づけ、それは徐々に鎖骨や喉、顎先と近づいてくる。
仰向けになると先生はおれの上に這い上がって、下唇を甘咬みするように何度も重ねてから、薄い舌が上唇に触れ、此処を開けろとせがんだ。焦らすようにわざとこちらから頬や鼻先に口づけ、背中に添えていた手を丸め、指先を立ててわきばらをなぞっていく。
先生は少し震えて、甘い声で鳴いて息を漏らした。腕の力で身体を起こしておれを見下ろす。リビングからの逆光で眩む視界の中で、先生の目が昏い欲望を宿して妖しく光っている。欲望に満ちた雄の目だ。
おれはこの目を知っている。嘗て、幾度となくそういう目で見つめられ、為すがままにされた。言葉にならない感情と感覚が、ザワザワと細かな羽虫の群れのように身体を通り抜けていく。
「…長谷?」
おれの異変に気づいて、先生の表情からそれが解けた。無意識にひどく緊張したのか、自分の背中や額に冷や汗が浮かんでいるのに気づく。
そういえば、高校時代のアレ以来、自分が抱かれる側になったことは一度もない。
そういうところで、キャストの時間と身体を金銭で借りて、おれの意思を汲み取って思う通りにしてもらうばかりだったから当然だ。
おれは、勝手に先生が当たり前に完全なネコでやらせてくれる側だと思っていたけど、先生だってもしかしたらそうじゃないかもしれないのに、何も考えてなかった。
「ごめんなさい、なんか、興が削がれちゃいましたね…」
先生は勝手に反省しているおれを不思議そうに見つめている。でも不満そうな様子は全然なくて、おれが呟いたあと「ま、そういう日もあるさ」と言って、おれの腿の上に腰を下ろして腕を引いて、おれを引っ張り起こした。思ったより体力がある。
「長谷も疲れてんじゃないの?風呂入ってゆっくりしといでよ。おれゲームして遊んでるから。あと、コンビニで買ったの冷やさないと傷んじゃうよ」
ベッドから下りて、クロゼットから自分の部屋着を出してサッと着てから先生はテレビの前に座って、遊ぶ準備を始めた。あれこれ引っ張り出しながら「上がったらアイスあるよ」などと呑気に言う。
下手な慰めを言わない優しさって絶対ある。少なくとも今この対応は、おれには嬉しかった。
「先生、ありがと、入ってきますね」
バスローブを手に振り返ると、相変わらず先生はゲームがすごく下手で、盛大にミスって早速1機ダメにしてて、でも、楽しそうだった。
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