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【2020/05 野火】
《第3週 金曜日 夜》⑦
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おれは、この声の主を知っている。
「あれ、人来てんじゃん」
「いいから、上がってって」
多分、おれの靴を見て、その人は誰が居るのか気づいている。
「や、言いに来たの人前で話すようなことじゃないしさ」
「いいから入って、まだごはん食べてないんでしょ、ね」
暫し玄関先で話していたが、観念したのか靴を脱いだ。通路を歩いて近づいてくる。おれは座ったままでこそあるが、姿勢を正して身構える。間もなく通路と部屋を仕切る扉が開き、その人は現れた。
そしておれの姿を確認するや、その人、藤川先生はマスクを着けたまま、挨拶もナシに目だけで意地悪く半笑いして呟く。
「なんでお前こんなとこ居んの」
憮然とした態度で言い放つも、その背中を先生のお母さんがポンと叩くと、先生の表情は一瞬で固くなった。目の奥に驚きではなく、言いしれぬ怖れのようなものを抱いているのを感じた。
「こら、わたしのお客さんに失礼なこと言わないの。手を洗って座りなさい」
不意に女性に触れられると、やはりお母さんであっても、今でも駄目なのか。
先生はダイニングテーブルの脇に鞄を置いて、椅子の背にジャケットを掛けてからキッチンで手を洗いペーパータオルで拭いてから戻ってきて、おれの真向かいに座り、おれの顔をじっと見ている。気まずい。
そこに、冷蔵庫から取り出した先程のゼリーと、アイスの容器とスクープ、生クリームの絞り袋やさくらんぼの缶を取っ手付きのトレイに載せて先生のお母さんが戻ってきて、グラスを先生の前に置いた。
「長谷くん、アイスとってあげて」
再度アイスの容器とスクープを渡され、おれはアイスクリームを丸く掬って先生のゼリーのグラスに載せた。ついでにと絞り袋も渡されて絞ったが、そんなことしたことがないからバランスが取れずなんとも不格好な形に絞り出されてしまった。
さっきまでちょっと不機嫌そうだったのに、先生は吹き出して俯いて声を殺して笑いだした。
「先生、そんな笑わないで…」
さくらんぼを載せようとしたところで、おれの手をそっと止めた。
「待って、それ持ったまま」
先生はスマートフォンを出して、カメラを起動してこちらに向けると、数枚か撮って、改めてそれを見て笑った。
「ふふ、ねえ、これ、SNS載せてもいい?」
「え、いやです!せめて目消し入れてください!」
おれが抗議するのを「え~どうしよっかな~」とスルーしつつ、改めてゼリーだけを何枚か撮り直している。
「アキくん、溶けちゃうから早く食べちゃいなさい」
お母さんに言われると、先生は子供みたいに「はぁい」と返事して、柄の長いデザート用のスプーンを手にして食べ始めた。口にした瞬間、嬉しそうにニコニコしている。か、かわいい…。正直、今すぐ抱きしめて頭をワシャワシャ撫でて掻き乱したくなってしまう。
「あ、そうだ長谷くん、アキくんが食べてるからそろそろマスクしといて」
アイスの容器やさくらんぼ缶を回収しながらお母さんが言う。
そうだった。おれは食事で外したマスクを着け直し、改めて席に掛け、先生に自分のスマートフォンのカメラを起動して向けた。
パシャ、と1枚撮ると、怪訝な顔をしてじっとこちらを睨まれた。再びちょっと不機嫌になってしまった。
「あ、すみません…てか先生、SNSとかやってるんですね…意外なんですけど…」
「インスタだけだよ。コメント一切なし、本当に写真だけ」
またゼリーを口にすると、ちょっと嬉しそうなかわいい表情になる。
ひとりの、誰かの子供としての、おれが知らない先生の顔。
「アキくん、学生時代ずっとカメラやってたもんね」
先生はお母さんが掛けた言葉に、さくらんぼの枝を摘んで、その赤い丸い実を口に放り込んで味わいながら首だけでこくんと頷いた。
「あれ、人来てんじゃん」
「いいから、上がってって」
多分、おれの靴を見て、その人は誰が居るのか気づいている。
「や、言いに来たの人前で話すようなことじゃないしさ」
「いいから入って、まだごはん食べてないんでしょ、ね」
暫し玄関先で話していたが、観念したのか靴を脱いだ。通路を歩いて近づいてくる。おれは座ったままでこそあるが、姿勢を正して身構える。間もなく通路と部屋を仕切る扉が開き、その人は現れた。
そしておれの姿を確認するや、その人、藤川先生はマスクを着けたまま、挨拶もナシに目だけで意地悪く半笑いして呟く。
「なんでお前こんなとこ居んの」
憮然とした態度で言い放つも、その背中を先生のお母さんがポンと叩くと、先生の表情は一瞬で固くなった。目の奥に驚きではなく、言いしれぬ怖れのようなものを抱いているのを感じた。
「こら、わたしのお客さんに失礼なこと言わないの。手を洗って座りなさい」
不意に女性に触れられると、やはりお母さんであっても、今でも駄目なのか。
先生はダイニングテーブルの脇に鞄を置いて、椅子の背にジャケットを掛けてからキッチンで手を洗いペーパータオルで拭いてから戻ってきて、おれの真向かいに座り、おれの顔をじっと見ている。気まずい。
そこに、冷蔵庫から取り出した先程のゼリーと、アイスの容器とスクープ、生クリームの絞り袋やさくらんぼの缶を取っ手付きのトレイに載せて先生のお母さんが戻ってきて、グラスを先生の前に置いた。
「長谷くん、アイスとってあげて」
再度アイスの容器とスクープを渡され、おれはアイスクリームを丸く掬って先生のゼリーのグラスに載せた。ついでにと絞り袋も渡されて絞ったが、そんなことしたことがないからバランスが取れずなんとも不格好な形に絞り出されてしまった。
さっきまでちょっと不機嫌そうだったのに、先生は吹き出して俯いて声を殺して笑いだした。
「先生、そんな笑わないで…」
さくらんぼを載せようとしたところで、おれの手をそっと止めた。
「待って、それ持ったまま」
先生はスマートフォンを出して、カメラを起動してこちらに向けると、数枚か撮って、改めてそれを見て笑った。
「ふふ、ねえ、これ、SNS載せてもいい?」
「え、いやです!せめて目消し入れてください!」
おれが抗議するのを「え~どうしよっかな~」とスルーしつつ、改めてゼリーだけを何枚か撮り直している。
「アキくん、溶けちゃうから早く食べちゃいなさい」
お母さんに言われると、先生は子供みたいに「はぁい」と返事して、柄の長いデザート用のスプーンを手にして食べ始めた。口にした瞬間、嬉しそうにニコニコしている。か、かわいい…。正直、今すぐ抱きしめて頭をワシャワシャ撫でて掻き乱したくなってしまう。
「あ、そうだ長谷くん、アキくんが食べてるからそろそろマスクしといて」
アイスの容器やさくらんぼ缶を回収しながらお母さんが言う。
そうだった。おれは食事で外したマスクを着け直し、改めて席に掛け、先生に自分のスマートフォンのカメラを起動して向けた。
パシャ、と1枚撮ると、怪訝な顔をしてじっとこちらを睨まれた。再びちょっと不機嫌になってしまった。
「あ、すみません…てか先生、SNSとかやってるんですね…意外なんですけど…」
「インスタだけだよ。コメント一切なし、本当に写真だけ」
またゼリーを口にすると、ちょっと嬉しそうなかわいい表情になる。
ひとりの、誰かの子供としての、おれが知らない先生の顔。
「アキくん、学生時代ずっとカメラやってたもんね」
先生はお母さんが掛けた言葉に、さくらんぼの枝を摘んで、その赤い丸い実を口に放り込んで味わいながら首だけでこくんと頷いた。
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