Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 野火】

《第3週 金曜日 朝》⑥

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「ねえ、もしかして怒ってる?」
「違…そうじゃないです…すみません」
先生はおれの様子を察したのか、暫く黙っている。
「今、ちょっと、署で資料読んでて」
短く一言ずつ発し、震えそうになる声を誤魔化した。でも、先生からしたらお見通しだろう。
「へぇ…何の?」
案の定ちょっと意地悪そうに訊いてくる。絶対こっちの表情がわかっている言い方だよなあ。
「いや、それはちょっと…」
「そりゃそうか、守秘義務違反になるか」
そうですよ、と返事すると先生は電話口でひとりで笑っている。
「あのさ、おれ、多分無職になるし、暫く隠れて引きこもるけど、時々会いに来てよ。落ち着いたら場所教えるから、誰にも内緒でさ」
ああ、やっぱり本当に辞めるつもりなんだ。
でも、辞めたあともおれと会ってくれるつもりではいるのか。同棲の件もじゃあ、別に御破算ではないってことなのかな。
「先生さえよろしければ、是非。でも、そうやって、ほんとは色んな人にお誘いかけてたりしません?大石先生とか」
おれが言うと先生は声に出して笑った。なんかいつもと違う感じがする、気の所為かな。
感情表現が支離滅裂って小曽川さんが言ってたのをベースに考えると、今先生すごくイライラしてるか不安になってるんじゃないのかな。
「ひどいなあ。てか、なんでそこでハルくんなの、ハルくんはおれからしたら家族同然なんだから別に内緒にする必要がないじゃん」
本当かなあ、だって、めちゃくちゃ嫉妬深いじゃないですか、大石先生。
「あなたが死んだら自分も死ぬ」だなんて宣言する人が本当にいるなんて、おれは衝撃でしたよ。
先生は、大石先生がそこまで言ってるのは、もしかして知らないのかな。
仮に先生がどう振る舞おうと、内心どう思ってても、絶対、あっちはそうじゃないですよ。
おそるおそる、先生に尋ねる。
「先生?あの、こういうこと言ったら失礼かもですけど、大丈夫、ですか」
「ん、何が?」
ちょっとまだ半笑いで先生が返事する。
「いえ、何か、いつもと様子が違うから」
おれがそう言うと、先生は笑うのをやめて黙った。
「…気になる?何がどう違う?」
「なんか、変にテンション高くないですか。そんなに声出して笑ってること、普段ありましたっけ」
電話口から、溜息をつくのが聞こえる。
「まぁ、そうでもしないとやってられない日だってあるよ。おれ、そんなストレス耐性ある方じゃないし」
人にはストレス与えまくるくせに、ずるいなあ。
「大丈夫ですか?」
思わず、普遍的すぎる、陳腐な問い掛けをしてしまう。
「大丈夫じゃないからかけた、って言ったらどうする?」
まさかの質問返しに、心臓が跳ね上がる。
「本当だったら、今夜抱いてくれって言いたかったけど、全部終わってからじゃないと駄目だなと思って。でもそんな、色んな人にお誘いかけてたりしません?なんて言われるなんてなあ」
さっき吐いた言葉を嫌味に包んで突き返され、飲み込まされる。
「ごめんなさい、でも、おれ、言われたんですよ。大石先生に、渡さないって」
狼狽しておれが言うと、先生は再び笑った。
「それは聞いたよ。でも、ハルくんが渡す渡さない言ったところで、決めるのはおれだよ、関係ない。落ち着くまではどっかでひっそり会おうよ。ほとぼり冷めたら住むとこ探して一緒に暮らそうぜ」
ああ、本気なんだ。おれ個人としては嬉しいけど、いいのかな。本当に。
「先生、本当におれを自分のとこに住まわせる気なんですね」
「言ったでしょ、下心だけど、おれがそう決めたの。乗るの、乗らないの、どっち?」
いたずらっぽく、誂うように先生は再び笑っている。
でもその声にはさっきはなかった色がついているのがわかる。
「乗りますよ、下心でも、おれは全然構わないです」
そう言うと、先生は「ありがと、また連絡する」と言って、通話を切った。
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