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【2020/05 野火】
《第3週 金曜日 朝》⑤
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経緯と退職事由を入力した文面を名前をつけて改めて作成の日付と時刻を入れたファイル名で保存し、傍らの複合機からプリントアウトして目視で確認する。念の為この内容でよいか、緒方先生と小林さんと南にメールで送付して確認を依頼した。
そしてプリントアウトした紙の裏側に、午前中に連絡を済ませる相手と、最低限やっておくことの一覧を手書きでざっくり作った。目に見える形にすると益々面倒だなと思ってしまうが、当然やらないともっと面倒なことになる。
それぞれに青とオレンジで伝えることと訊いておくことを書き添えて漏れがないようにし、連絡手段と優先順位も割り振って書き添える。終わったものから赤で消すこととする。
監察医務院宛に退職願と同様に辞表を作成してプリントアウトしておく。これは大学側の辞職が正式に決まった時点で連絡を入れて、その上で持っていく。氏名の部分だけ万年筆で自署し、同じく万年筆で「辞表」と表書きした白い二重封筒に入れて封緘した状態でキャビネットの一番上の浅い引き出しに入れた。青で書き添えた「作成」の文字を消す。
飯野さんに、辞める旨と緒方先生からはその方針で一応の承諾は得たこと、引き継ぐか修了とするかは緒方先生判断になるため別途追って連絡する旨をメールで送る。長谷のLINEにも同様の内容を送る。赤で二人の項目を消した。
しかし、次の連絡の前にふと気になって追加で長谷にメッセージを送ってみた。
「今ちょっと話せるか」
飯野さんが本来の自分の業務のため戻った。
おれはひとりで引き続き飯野さんが置いてったファイルを読んでいた。そこには、これまでの組織の勢力の遷移やその経緯も、おれは知りたかった事件の全容もすべて載っていた。当時の調書や裁判時の資料などの写しも綴られていた。
正常な責任判断能力を有していたはずの成人が、焦りや嫉妬から正気を静かに失っていき、到底まともとは思えない行動に突き進み、信じがたい方法でひとりの子供の尊厳を悉く蹂躙し破壊し尽くした、その記録だ。
それぞれの供述を元に詳細に時系列で書き出された内容が、本当にこれが現実にあったことなのかと思うとあまりに残忍で悍ましかった。先生の「墓を暴くつもりでやれ」と言った本当の意味を、おれは噛み締めていた。
自分のことだってそうだけど、表沙汰になった以外の部分、それ以外の起きていた事自体なんて、知ってほしくない。
況してやこんな酷い事。自分に関する記憶を全部捨てるほどのことを。
先生は一度ならず、二度死んだのだ。
一度は物理的に、置き去りにされた家に一人で、飲食を絶って籠もって。
二度目は、供述を終えるととともに、自分自身の心をそっと捨てた。
誰にも言わず、一人でそう決めて。
ファイルを閉じておれはその上に突っ伏した。
言語に尽し難い、度し難い感情に押し潰されそうだった。
その時、ポケットの中から振動音が響き、手探りでスマートフォンを取り出し画面を見た。先生からのメッセージの通知だった。
「今ちょっと話せるか」
今ですか、よりによって。昨夜待ってたのに。などと思いつつも返信する。
「勤務中ですけど、別室にひとりで居るので大丈夫ですよ」
暫くすると通話の呼び出し画面が表示されて、おれはすぐに通話ボタンを押した。
「長谷?昨日のうち連絡できなくてごめんね、何してた?」
声が出ない。声を出したら涙声になりそうで出せなかった。
そしてプリントアウトした紙の裏側に、午前中に連絡を済ませる相手と、最低限やっておくことの一覧を手書きでざっくり作った。目に見える形にすると益々面倒だなと思ってしまうが、当然やらないともっと面倒なことになる。
それぞれに青とオレンジで伝えることと訊いておくことを書き添えて漏れがないようにし、連絡手段と優先順位も割り振って書き添える。終わったものから赤で消すこととする。
監察医務院宛に退職願と同様に辞表を作成してプリントアウトしておく。これは大学側の辞職が正式に決まった時点で連絡を入れて、その上で持っていく。氏名の部分だけ万年筆で自署し、同じく万年筆で「辞表」と表書きした白い二重封筒に入れて封緘した状態でキャビネットの一番上の浅い引き出しに入れた。青で書き添えた「作成」の文字を消す。
飯野さんに、辞める旨と緒方先生からはその方針で一応の承諾は得たこと、引き継ぐか修了とするかは緒方先生判断になるため別途追って連絡する旨をメールで送る。長谷のLINEにも同様の内容を送る。赤で二人の項目を消した。
しかし、次の連絡の前にふと気になって追加で長谷にメッセージを送ってみた。
「今ちょっと話せるか」
飯野さんが本来の自分の業務のため戻った。
おれはひとりで引き続き飯野さんが置いてったファイルを読んでいた。そこには、これまでの組織の勢力の遷移やその経緯も、おれは知りたかった事件の全容もすべて載っていた。当時の調書や裁判時の資料などの写しも綴られていた。
正常な責任判断能力を有していたはずの成人が、焦りや嫉妬から正気を静かに失っていき、到底まともとは思えない行動に突き進み、信じがたい方法でひとりの子供の尊厳を悉く蹂躙し破壊し尽くした、その記録だ。
それぞれの供述を元に詳細に時系列で書き出された内容が、本当にこれが現実にあったことなのかと思うとあまりに残忍で悍ましかった。先生の「墓を暴くつもりでやれ」と言った本当の意味を、おれは噛み締めていた。
自分のことだってそうだけど、表沙汰になった以外の部分、それ以外の起きていた事自体なんて、知ってほしくない。
況してやこんな酷い事。自分に関する記憶を全部捨てるほどのことを。
先生は一度ならず、二度死んだのだ。
一度は物理的に、置き去りにされた家に一人で、飲食を絶って籠もって。
二度目は、供述を終えるととともに、自分自身の心をそっと捨てた。
誰にも言わず、一人でそう決めて。
ファイルを閉じておれはその上に突っ伏した。
言語に尽し難い、度し難い感情に押し潰されそうだった。
その時、ポケットの中から振動音が響き、手探りでスマートフォンを取り出し画面を見た。先生からのメッセージの通知だった。
「今ちょっと話せるか」
今ですか、よりによって。昨夜待ってたのに。などと思いつつも返信する。
「勤務中ですけど、別室にひとりで居るので大丈夫ですよ」
暫くすると通話の呼び出し画面が表示されて、おれはすぐに通話ボタンを押した。
「長谷?昨日のうち連絡できなくてごめんね、何してた?」
声が出ない。声を出したら涙声になりそうで出せなかった。
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