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【2020/05 野火】
《第3週 金曜日 朝》②
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「ごめんね、クズ野郎で。とにかく、一旦緒方先生と話してくるから、また後で」
振り返らないようにしてそっと書庫を出て、自分の部屋に入って施錠した。
緒方先生に「終わりました、今から暫く大丈夫です」と送信すると、間もなくLINEの通話に着信があった。応答ボタンを押して返事をする。
「おはよう、小林さんから藤川くん辞めるつもりで引き継ぎして欲しいって話があったって昨日来てたけど、正直なんとなくそうするだろうなって予測はしてた。いいよ、授業に必要なものは置いてってくれるんでしょ」
やはり、ちょっと怒ってるというか、怒りを押し殺して喋ってる感じだ。当たり前だけど。
「それはもう勿論…てか、本当に、緒方先生には始めっから変な時期に編入したりおかしな噂で振り回したり、出来る限りリモートでやりたいって言ったり、徹頭徹尾ご迷惑をおかけしてばかりですみません」
「いや、もうそれはほんとそう。まあ、落ち着いたら顔見せなよ。午後の役員会、おれも同席しろって言われたけど今それどころじゃなくて行けないし、今回の件はもうなんもフォローできないよ、発砲ってさ…どうなってんのきみの身辺」
何も言えずにいると、そこにお母さんから電話回線の方に着信があった。しかし緒方先生と通話中で出られないので留守電のボタンを押した。終わったら折り返そう。
多分普段あまりテレビを見ない人なので朝になってラジオアプリでニュースを聴いてて事件のことを知ったんだろう。お母さんは朝の支度の間キッチンでラジオをかける習慣があった。多分サ高住に入った今もそのままだ。
「本当に、申し訳ありません。精神神経系のほうとか、旧帝時代の先生方にも午前のうちに連絡済ませておかないとですし、あとは午後の役員会終わったらまた報告兼ねて、詳細詰めるためにもご連絡します」
「てかお前、本当にそれでいいの。今まで積み重ねてきたこと、そんなことで捨てられるのかよ」
捨てられるとか捨てられないじゃなくて、働いて稼がせてもらって、研究にも使える設備貸してもらえるところに居られなくなったら、そりゃ捨てるしかないでしょうよ。言い返したい気持ちを抑えてできるだけ淡々と答える。
「…仕方ないですよ、自分で蒔いた種ですし、潮時なんですよきっと。そもそも、あんな昔のこと、取り返しようもないこと取り返すための研究なんて、おれしか得しないものですし、続けたって」
「そんなことないだろうよ。なあ、まさか今度こそ、本気で死ぬつもりいるんじゃないだろうな。頼むからヤケ起こすなよ、学生だった時お前…」
ハッキリとは言わないまでも、言いたいことはわかる。
「やだな、もう流石にあんなバカなことはしませんよ。母からも電話来てたのでかけないと。じゃあまた、役員会後に。失礼します」
まだ何か言っているのが聞こえたけど、敢て聞かなかったふりをして切った。
こういった対応が暫く続くと思うと、正直、自分の所為とはいえ気が滅入る。
只でさえ事務的なこととか対人対応とかあまり好きじゃない。後回しにしてしまいがちだからこそ南に極力丸投げして回していたわけで、多摩時代も小林さんと分担していた。自分ひとりじゃ無理だ。
授業するのは対人業務という感覚は寧ろ薄くて、寧ろ提供するというスタンスなので苦ではないし、ご遺体を扱うのもご本人の尊厳や引き取られる方などには気を配るが、対人業務かというとやはり少し違う。
暫くソファに沈んで、当て所無く宙を仰いだ。
振り返らないようにしてそっと書庫を出て、自分の部屋に入って施錠した。
緒方先生に「終わりました、今から暫く大丈夫です」と送信すると、間もなくLINEの通話に着信があった。応答ボタンを押して返事をする。
「おはよう、小林さんから藤川くん辞めるつもりで引き継ぎして欲しいって話があったって昨日来てたけど、正直なんとなくそうするだろうなって予測はしてた。いいよ、授業に必要なものは置いてってくれるんでしょ」
やはり、ちょっと怒ってるというか、怒りを押し殺して喋ってる感じだ。当たり前だけど。
「それはもう勿論…てか、本当に、緒方先生には始めっから変な時期に編入したりおかしな噂で振り回したり、出来る限りリモートでやりたいって言ったり、徹頭徹尾ご迷惑をおかけしてばかりですみません」
「いや、もうそれはほんとそう。まあ、落ち着いたら顔見せなよ。午後の役員会、おれも同席しろって言われたけど今それどころじゃなくて行けないし、今回の件はもうなんもフォローできないよ、発砲ってさ…どうなってんのきみの身辺」
何も言えずにいると、そこにお母さんから電話回線の方に着信があった。しかし緒方先生と通話中で出られないので留守電のボタンを押した。終わったら折り返そう。
多分普段あまりテレビを見ない人なので朝になってラジオアプリでニュースを聴いてて事件のことを知ったんだろう。お母さんは朝の支度の間キッチンでラジオをかける習慣があった。多分サ高住に入った今もそのままだ。
「本当に、申し訳ありません。精神神経系のほうとか、旧帝時代の先生方にも午前のうちに連絡済ませておかないとですし、あとは午後の役員会終わったらまた報告兼ねて、詳細詰めるためにもご連絡します」
「てかお前、本当にそれでいいの。今まで積み重ねてきたこと、そんなことで捨てられるのかよ」
捨てられるとか捨てられないじゃなくて、働いて稼がせてもらって、研究にも使える設備貸してもらえるところに居られなくなったら、そりゃ捨てるしかないでしょうよ。言い返したい気持ちを抑えてできるだけ淡々と答える。
「…仕方ないですよ、自分で蒔いた種ですし、潮時なんですよきっと。そもそも、あんな昔のこと、取り返しようもないこと取り返すための研究なんて、おれしか得しないものですし、続けたって」
「そんなことないだろうよ。なあ、まさか今度こそ、本気で死ぬつもりいるんじゃないだろうな。頼むからヤケ起こすなよ、学生だった時お前…」
ハッキリとは言わないまでも、言いたいことはわかる。
「やだな、もう流石にあんなバカなことはしませんよ。母からも電話来てたのでかけないと。じゃあまた、役員会後に。失礼します」
まだ何か言っているのが聞こえたけど、敢て聞かなかったふりをして切った。
こういった対応が暫く続くと思うと、正直、自分の所為とはいえ気が滅入る。
只でさえ事務的なこととか対人対応とかあまり好きじゃない。後回しにしてしまいがちだからこそ南に極力丸投げして回していたわけで、多摩時代も小林さんと分担していた。自分ひとりじゃ無理だ。
授業するのは対人業務という感覚は寧ろ薄くて、寧ろ提供するというスタンスなので苦ではないし、ご遺体を扱うのもご本人の尊厳や引き取られる方などには気を配るが、対人業務かというとやはり少し違う。
暫くソファに沈んで、当て所無く宙を仰いだ。
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