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【2020/05 道連れ】
《第3週 木曜日 夜》⑥
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あの頃とオーバーラップする。
事あるごとにおれを食堂で待ち伏せて捕まえて、授業が終わってから待ち合わせて遊びに行ったりするようになって、そのうち先輩の家というか、部屋に誘われて、そういう関係になった頃。
願望が叶ったように錯覚し、おれは引き摺り出された、忘れ去っていた感情や記憶に溺れ、先輩に甘え、先輩はそれを釈した。泣いて縋るおれを慰め、宥め、先輩自身は何も悪くもないのに何度も何度も謝って、おれのために泣いてくれた。
先輩は当時からいらちで節操のない男で、あまり界隈でもいい話を聞かなかった。でも、そうやって寄り添ってくれた人間は先輩だけだった。
両親は治療者として家族として一歩引いておれを見ていたし、ハルくんはハルくんで行き来はあったが進学した先で新しい生活をして新しい自分の世界を持っていたし、おれは引け目もあって大検の受験準備段階から部屋を用意してもらっていた。
そして、恙無く合格し、無事希望通りに進学してからも相変わらずで、学校という場では特定の友人は作れなかった。幸い他にやることが特になかったし、自ら調べるなり確認して準備したり管理すること自体は苦ではないのでなんとでもなっていた。
但、ひとりになってから頻繁に忘れていたことが蘇ってくるようになった。一般的には「全生活史健忘からの回復」と、喜ばしく思われることだった。でも、おれにとっては決してそうではなかった。だからそのことは誰にも言わずにいた。
日常の些細な出来事や、目にしたものから、夢から、汎ゆるところから、自分の記憶が紐解かれていく。その度に思い知らされた。自分が失ったもの、その普遍性と価値。その大きさと重さ。
自分が人と同じように生まれてこれなかったこと、そのように育たなかったこと、どんなにそのことにどうしようもない無力感でいっぱいだったこと。そんな自分に向けられていた愛情や思い、それを裏切って自分がしてしまったこと。
「自分は最初からこの世界に歓迎されていなかった」と感じていたあの頃の感情も蘇り、思い出していくほどに、自分のなにもかもが許せなくなっていった。
耐えきれず、おれは自傷行為を繰り返すようになった。
一旦記憶をなくしたあと、しばらくは落ち着いていたものの、その感情が真っ先に思い出され、ひどい恐慌状態になって拘束されていた時期があった。あの頃も拘束がされなければおそらく同じ状態になっていたであろう。
もともと、自分の身体の成長に意識が追いつかず違和感から体毛やひげの抜毛を繰り返していた。なので、最初はその延長で、瘡蓋を剥がすとか、口内炎で水疱ができたところを噛んで潰す程度だった。
それが爪の横の逆剥けを引きちぎる、唇の裏の粘膜を噛んで血を吸い出す、痛点から外れるところに針を刺す、衣服で隠れる箇所を小さく浅く斬りつける、と徐々にエスカレートし、やがて堂々と腕や大腿部を浅く短いながらも切るようになった。
時には人の目につかないような橋脚の下なんかで、勢いはつけはしないものの機械的に頭を打ち付けていたり、意味もなく高いところに長い時間立ち尽くしていたこともあった。無意識にホームから電車に飛び込もうとして通行人に助けられたこともあった。
そのことを知られるのが怖くて、本郷キャンパスからほど近いにも拘らず実家に寄り付かず、自ら連絡することも避け、ハルくんが来ても玄関扉越しに会話する程度になっていた。
先輩に出会ったのは、そういう時期だった。
おれはなにかに没頭していないかぎりずっと、罰されなければいけないという思いと、許されたい気持ちと、自分のことで心がいっぱいで、傷つくことに夢中だった。
事あるごとにおれを食堂で待ち伏せて捕まえて、授業が終わってから待ち合わせて遊びに行ったりするようになって、そのうち先輩の家というか、部屋に誘われて、そういう関係になった頃。
願望が叶ったように錯覚し、おれは引き摺り出された、忘れ去っていた感情や記憶に溺れ、先輩に甘え、先輩はそれを釈した。泣いて縋るおれを慰め、宥め、先輩自身は何も悪くもないのに何度も何度も謝って、おれのために泣いてくれた。
先輩は当時からいらちで節操のない男で、あまり界隈でもいい話を聞かなかった。でも、そうやって寄り添ってくれた人間は先輩だけだった。
両親は治療者として家族として一歩引いておれを見ていたし、ハルくんはハルくんで行き来はあったが進学した先で新しい生活をして新しい自分の世界を持っていたし、おれは引け目もあって大検の受験準備段階から部屋を用意してもらっていた。
そして、恙無く合格し、無事希望通りに進学してからも相変わらずで、学校という場では特定の友人は作れなかった。幸い他にやることが特になかったし、自ら調べるなり確認して準備したり管理すること自体は苦ではないのでなんとでもなっていた。
但、ひとりになってから頻繁に忘れていたことが蘇ってくるようになった。一般的には「全生活史健忘からの回復」と、喜ばしく思われることだった。でも、おれにとっては決してそうではなかった。だからそのことは誰にも言わずにいた。
日常の些細な出来事や、目にしたものから、夢から、汎ゆるところから、自分の記憶が紐解かれていく。その度に思い知らされた。自分が失ったもの、その普遍性と価値。その大きさと重さ。
自分が人と同じように生まれてこれなかったこと、そのように育たなかったこと、どんなにそのことにどうしようもない無力感でいっぱいだったこと。そんな自分に向けられていた愛情や思い、それを裏切って自分がしてしまったこと。
「自分は最初からこの世界に歓迎されていなかった」と感じていたあの頃の感情も蘇り、思い出していくほどに、自分のなにもかもが許せなくなっていった。
耐えきれず、おれは自傷行為を繰り返すようになった。
一旦記憶をなくしたあと、しばらくは落ち着いていたものの、その感情が真っ先に思い出され、ひどい恐慌状態になって拘束されていた時期があった。あの頃も拘束がされなければおそらく同じ状態になっていたであろう。
もともと、自分の身体の成長に意識が追いつかず違和感から体毛やひげの抜毛を繰り返していた。なので、最初はその延長で、瘡蓋を剥がすとか、口内炎で水疱ができたところを噛んで潰す程度だった。
それが爪の横の逆剥けを引きちぎる、唇の裏の粘膜を噛んで血を吸い出す、痛点から外れるところに針を刺す、衣服で隠れる箇所を小さく浅く斬りつける、と徐々にエスカレートし、やがて堂々と腕や大腿部を浅く短いながらも切るようになった。
時には人の目につかないような橋脚の下なんかで、勢いはつけはしないものの機械的に頭を打ち付けていたり、意味もなく高いところに長い時間立ち尽くしていたこともあった。無意識にホームから電車に飛び込もうとして通行人に助けられたこともあった。
そのことを知られるのが怖くて、本郷キャンパスからほど近いにも拘らず実家に寄り付かず、自ら連絡することも避け、ハルくんが来ても玄関扉越しに会話する程度になっていた。
先輩に出会ったのは、そういう時期だった。
おれはなにかに没頭していないかぎりずっと、罰されなければいけないという思いと、許されたい気持ちと、自分のことで心がいっぱいで、傷つくことに夢中だった。
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