Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 道連れ】

《第3週 木曜日 夜》④

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「不安でしんどくて、誰かに甘えたくて来たんと違うの。そういうことしたがるときって、だいたいそういうことやろ」
「それはまあ、ありますけど」
以前より更に窶れたであろうおれの体を、骨の感触を確かめるように触る。肩口や頬に口づけて笑いながら、耳元に息がかかるように、声の振動が伝わるように、いつもより低く囁く。
「ほらぁ、そういうとこ。あかんで、そんなやさかい悪い人に目ぇつけられるんよ」
「でも、だからこそ、悪い先輩に頼ってんじゃないですか」
顔を先輩の顔のある方に向けると、おれの体から下りた。寝返りを打って仰向けになると、再びおれの上に乗って、今度は見下ろしておれの両手首を掴む。そのまま頭上に押さえつけた。
「ふふ、役得や。弁護士なっておいてよかったわ」
顔に顔が近づき、唇と唇が軽く触れる。下唇を甘咬みすると先輩の舌が生き物のように這い出しておれの口を割り乱暴に掻き回すように蠢いた。歯の裏の付け根や隙間から上顎の際、舌下や舌の脇を生暖かいものを纏ったものが漁る。
甘んじてそれを受け容れていくうち、腹の上で昂ぶった先輩のものが再び息づいて重みと硬さ、熱を増していくのを感じて、自分自身の欲情も再び引き出され、手繰り寄せられていく。それとともに、普段は忘れているはずの失くした記憶も、その頃願望や抱いていた感情も引きずり出されて、心が掻き乱されていく。
先輩はおれの腕を拘束していた手を緩め、頬に添えて溢れ出るものを拭った。身を起こし、上からおれを憐憫と慈悲の入り混じった表情で見下ろして、先輩がおれを呼ぶ。骨ばった手には金色の縁がついた結婚指輪が光っている。その手がそっと伸びて乱れた髪の毛を梳くように撫でた。
そうやって嘗て、おれの親もおれのことを撫でて愛でていたことは、時折ポツポツと思い出すことはあった。だけど、どうやってもハッキリと顔が思い出せない。あとから仕入れた情報としての、概念的なものとしてしか認識ができない。
そういう大事なことを忘れ去った自分が憎いし、醜い欲望を抑えられなかった幼いあの頃の自分も憎い。失ったものの大きさと多さが苦しくて、寂しくて、悔しくて、何もかももう一度捨てて、忘れ去ってしまいたくなる。
すべてを忘れ去ってしまったときの、あの開放感、今ここにいる自分が体感で感じたことや、快と不快しかわからない、あの清々しくも野蛮な感覚を欲してしまう。
それを得たいがために、常に誰かを利用している。
「アキくん、誰もおらんで、なんでも言うてええんよ」
きわめてやさしく、小さな声で先輩が言う。
「だれにも、いわない?」
「今までも言うたことないやろ?」
包み込むように抱き寄せられて視界が塞がれる。ざらついた指先で胸元の薄紅色の突端を転がすようにして弄ばれると、下腹部の奥が疼き始めた。脚を絡めて強引に開かれて、熱帯びたものを重ねて押し当てられる。
「アキくんはどうしてほしい?云うてみ?」
「さっきみたく、何も考えられなくして」
おれがそう言うと、突端を転がしていた指がやさしくそこを抓み捏ねるように弄りはじめ、発情が抑えがたいものに変わっていく。体を震わせ、身を捩って甘い声を洩らすと、先輩は心底愛おしそうに何度もおれの頭を撫でた。
執拗に捏ね回され、耳元で何度も低く懐かしい声で「アキくん」と呼びかけられ、今現在の自分が曖昧になって、本当は誰にこうされたかったのかだけが浮き彫りになっていく。腕を伸ばし、背中に爪を立てて掻き抱き、縋り付いておれは泣いた。
「…おとうさん…」
うわ言のように呼ぶと、耳元で「ほんま、アキくんはかいらしなぁ」と呟いて、先輩は耳介を優しく噛んだ。
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