Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【1988/05 Erwachen des Frühlings】

《第1週 土曜日》⑤

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「おめぇ相変わらずほんと気ぃ早ぇな、まだ話終わってねぇ」
「え?」
握った手をほどかれ、そのまま手の甲をパチンと叩かれて目を丸くしていると、小曽川がにやりと笑った。
机上に別途新たにファイルを取り出す。分厚いファイルには、入院後の記録がびっしりと記載されていた。日々の記録は勿論、そこから抽出されたアキくんの凡その生活ルーティーンや注意事項などがまとめられている。その中に、男性の職員を挑発するような性的逸脱が見られること、同性愛の傾向があること、摂食障害があることが書いてあった。
「もしかして、わたしにアキくんを任せたい理由は、そういう意味もあるのか」
「アキくんは女は寄せ付けない、並の男はアキくんの振る舞いに動揺する。他に適任者が居ねえ。僅かでも転移の可能性がある人間には頼めねえ」
自分は好意を寄せてくれていた男に指一本触れさせないような忍耐を強いたくせに、それを逆手に取られる日が来るとは思ってもみなかった。思わずわたしは嘗ての自分の行いを棚に上げて「残酷だな」と呟いた。それについて田川、いや、小曽川は何も言わなかった。
アキくんに同性愛傾向があったことはこれまで読んだ中からも推察できた。しかし、何故女性を受け付けなくなったのか、そのような行動が見られるようになったのかは記述がない。そして、摂食障害についても。
「で?これは、何故こうなったのかな、アキくんは」
「いや、わがんね。おれもアキくんに絡まれはしたけども、なんでそういうことするのかとが、責めてるように思わせることはわざわざ言わね。したけど、おれが疑ってるとおりだとしたら、多分あの女が全部知ってる」
疑っているのは何を?アキくんの両親を殺害したことの他に、何を想定しているんだろう。
摂食障害の影響で食べられないものを確認する。肉類全般。肉類から出た旨味や匂いが濃すぎるものも手を付けない。他にも食感や見た目によっては他にも食べないものがある。反面、寧ろ子供がよく嫌いなものとして挙げるような食べ物をアキくんは比較的好んで食べること、薄い味の果物が好きなことも書かれている。
飢餓状態で内臓が負ったダメージのため食べられないものや避けているもの、現在その治療のため行われている投薬の内容も合わせて書かれている。食べられる量自体少ないものの、好きなものは執着して何度も食べたがるので原則間食は詰め所で管理下に置いていること、保管場所に冷蔵庫は含まないことも書いてある。
触れたり近づいたりはできないし話しかけるにも注意は必要とするが、間食を貰いに詰め所に来るときやお膳を下げるときなどにできるだけ声掛けしていること、食事を食べ切れたときは目一杯褒めていること、褒められると嬉しそうだという記述からは、回復は十分見込める気がした。
もしかしたら、アキくんが抱いている不安なり恐怖を払拭すれば、近づいたり接触したりまではできなくても、女性とも必要な意思疎通くらいはできるようになるかもしれない。できれば時間がかかってもいいから、せめて日常生活に支障がない程度までは持っていきたいところではある。ある程度どのくらいまでに、という目標は定めたほうがいい。
しかし現段階では今後アキくんの処遇がどうなるかもわからない。何よりアキくんがどう生きたいのか、何がしたいかでも変わってくる。
早く事件の全容を明らかにして、いっそうちで引き取ることができたらとは思うが、もし田川、いや、小曽川の見立てが外れていて、或いはその伯母夫婦が事件に一切関係がなくアキくんを引き取ることになったら、アキくんはどうなるんだろう。
発達に問題があって、身体的にも精神面にも生涯に渡るダメージを受けている子供を、そう言った問題を意識したことがない人間が子供欲しさだけで育てることは決して容易ではない。生まれてすぐに実子として引き取る特別養子縁組ならともかく、只でさえ健康な子供でさえ途中からステップファミリーに入るというのは並大抵のストレスではないのだ。
「もし見立てが外れてて、叔母夫婦が引き取ることになったらどうするんだ?」
「それはその時考える。でもまだ解明には多分時間かかるから…遺体の一部が見つからねえがら捜索は続行だって聞いてっから、続く時間いっぱい、こっちも時間稼ぎするしかねえ」
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