Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 暗転】

《第3週 木曜日 朝》②

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先生にそんな事言われたくないよ。
内心では思う反面、「これ以上」って?と引っかかった。顔を上げて先生の顔を見る。
「黙っとくつもりだったんだけどさ、飯野さんから聞いたよ、お前がどういう経緯があって警察官になったのか」
「えっ…」
先生は、最初から知っていて、おれを試して、振り回して、弄んだの?そんなことなんで今更言うの?先生はおれに嫌わせたいの?
茫然となっているおれに、先生は胸ポケットから1枚の写真を取り出した。まだ幼い、小学校3~4年生位のおれと、まだ若かった頃の母親が写っている。
「飯野さんにお前の父親が職場に残してた写真も預かってたから返しておくよ。母親がカルト団体育ちで、お前がドロップアウトした宗教二世であることも、母親がカルトに戻っていなくなったことも全部聞いた。しんどかったろ」
色んな感情が内混ぜになって、一気に涙が溢れた。おれを抱きしめて撫でている先生の手が優しくて、それが余計苦しい。
「あとね、おれ、黙ってたことがあるんだ」
まだ何かあるの?早く全部言ってほしい。もうおれはジワジワと茹でられる蛙みたいな気持ちだった。
「長谷、おれの事件のこと嗅ぎ回ってるし、もう知ってるかもしれないけどさ、事件現場で死にかけのおれを見つけて救助呼んだのは、町のおまわりさんだった頃のお前の父親なんだよ」
改めて先生の顔を見上げると、先生は窓の外の、どこでもない何処かをじっと見つめていた。
「こんな形で縁が巡ってくるなんて、うれしかった反面、会うの怖かったよ。後に敏腕刑事で有名になったあのひとの子として期待されてるんだしさ、偽装でも契約でもいいから結婚して養子でもとって家庭作って、出世して立派になりなよ」
「いやです、そんなの。おれは先生が手に入らないなら、もうずっとひとりでいます。遅れはとりたくないけど、立派になりたいわけでもないし、上や表に立ちたいわけでもないし、おれはこのままでいいです」
先生は溜息をついて、おれに微笑みかける。
「そんな事言うんじゃないよ、世話した甲斐がないだろ?お前みたいなやつには安全で真っ当な家庭で生き直す時間が必要だよ」
そっとおれから離れて、ワークチェアに書け直して目線を合わせて最後に先生は言った。
「あとさ、これはお願いなんだけど、おれのこと知りたかったら、おれが死んで預かりしらん状態になってから存分に、墓を暴くつもりでやってくれよ、つらいから。おれからの話はこれでおしまい。わかった?」
手を伸ばして、おれの涙を指先で拭って言うと、先生はまた椅子ごと机まで戻っていった。
おれは立ち上がって、その後を追って、背後から椅子の背凭れごと先生を後ろから抱いた。
「長谷、いい子だから一旦指示するまで書庫で待ってなよ、だめだよ、そういうの」
「先生、本当に怒らないんですね。おれ、昨日ドアを叩きつけるように閉めてる音聞いて、もっと結構激烈に怒られるのかなと思って、覚悟してました」
今度は先生がおれを振り返る。
「何で?」
「昨日多摩で、小林さんという女性に聞きました。藤川くんが怒ってるなんて見たことがないって仰ってて」
そう伝えると、先生は机の上の紙資料の束に目線を戻し、おれに構わずペラペラ捲った。ぎっしりと英文も含めてたくさんの論文や、雑誌の複写が綴じてある。
「ああ、だってそんなさあ、疲れちゃうよ。おれは疲れ切ってるからわざわざ直接そんな本気で怒ったり泣いたりしたくない、それだけだよ。授業態度や取り組み方如何では一言二言言うことはあるけどね」
仕様を読む先生の視線の動きを追う。物凄く速い。手早くラインを引いたり、書き込んだり、付箋を付けてチェックしていく。
「先生、最後におれから訊いてもいいですか」
「うん、どうぞ」
先生は振り返らない。
「先生は、正直、おれのことどう思ってましたか」
「かわいいなって思ったよ。でも、あぶなっかしい」
おれは腕をほどいて、そっと先生の元を離れた。
そして部屋を出ようとした時、先生は小さい声でおれに言った。
「長谷、頼むから、道に外れたことするなよ。お前は幸せになれ。絶対、おれみたいにはなるなよ」
おれはうまく返事もできないまま、部屋を出た。
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