Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 友よⅡ】

《第3週 火曜日 夜半》⑤

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大石先生は30分ほどするとおれが声をかけるまでもなく自然と目を覚まし、トイレに行くため一度席を外した。戻る途中でもらってきたのか手には氷が入ったお冷のグラスがあった。
「流石に酔いました?」
「いや、それもそうなんだけど、変に眠いんだよな。やっぱ糖質多いんだな日本酒」
グラスの水を一気に半分ほど飲んで、鞄から顆粒の薬のスティック包装をいくつか出して封を切り、口に水をためてから一気に流し込んで飲み込んだ。
「うわ、粉薬平気なんですか」
「何、長谷くん粉薬飲めないの?かわいいね」
残った水を飲みきってから大石先生は笑った。
再び焜炉を点火し、鍋の蓋を外して用意されていた洗った白飯を残り汁に入れる。徐々にふつふつと煮え始め、それをほぐしてから卵を割り入れてかき混ぜ蓋をして一旦火を止めた。
「雑炊、おれも少しもらっていい?糖質が~言った傍からアレなんだけど」
「勿論ですよ、この席自体大石先生が用意してくれたものなんですし」
蓋を開けて、小ねぎとしらすをちらしてかられんげで小鉢に取り分ける。二人してつい無言で啜る。旨いものを食べているとき、人は言語を完全に失う。食べきってから互いに同時に息をついた。
「…はぁ、おいしかった…」
「はぁ…うまいなやっぱ…」
大石先生は残っていた香の物をつまんでから、部屋の担当の方を呼び、水菓子…デザートとお茶を用意するように伝えた。そしてお持ち帰り用の水たきを帰りにおれに持たすように言った。
「え、そんな、悪いですよそこまでしてもらっちゃ…」
「いいんだよ、おれがそうしたいんだからさせてくれよ」
出されたお菓子もおれに譲って、先生は残っていた酒をすべてあけた。気づいたら酒瓶はすべて空になっていた。一息ついて熱いお茶を頂いてからお土産を受け取って店を出た。
門の前にはタクシーが待機していて、ふたりで乗り込む。
「長谷くんはどこまで」
「先生魚藍坂でしたっけ。だったらおれ、泉岳寺の辺りで降ります」
行き先を泉岳寺駅経由の魚藍坂下までと指示すると、車は走り出した。
シートに斜めにだらしなく座ったまま大石先生は呟いた。
「なんていうかさ、長谷くんは不思議だよな」
「何がですか?」
顔をこちらに向けてまじまじとおれの顔を見ている。
「おれの顔、なんか食べこぼしでもついてます?」
「いや、そうじゃないよ。なんていうか、きみは人の気持ちを緩めるのがうまいなって思ってさ。アキくんが気に入った理由が何となくわかった気がしたよ。また飲みに誘ってもいいかな」
「いつも妙にニコニコしているから本心が読めない」とか「反省が見えない」などと言われたことはあるけど、そんなふうに褒められることは初めてだった。単純に嬉しかった。
「勿論ですよ。学校に通っている間ならランチご一緒してたりでもいいかもですね、あの辺りちょっと開拓したいです」
「わかった、いいよ」
やがて、泉岳寺の駅の入口が見えた辺りで下ろしてもらい、大石先生が乗ったタクシーを見送った。そこから品川方面に向かって歩く。
今日は和やかに終われたから良かったけど、正直、あの目を向けられたときはどうしようかと思った。
『あいつのためなら死ねるし、誰だって殺せる。あいつが死ねと言うなら死ぬし、あいつが死んだら死ぬ。』
なんていうか、そんな台詞、現実で言うことってあるんだ。
別に大石先生に勝ちたいとか、藤川先生を渡す渡さないなんてこと言うつもりはないけど、そんなふうにずっとひとりの人に特別に思われ続けている人を、おれが特別に思っていいんだろうか。
そして、藤川先生はそんなふうに自分を思う大石先生の感情をどう受け止めているんだろうか。おれがそんなふうに思ってもらう方法なんてあるんだろうか。
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