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【2020/05 友よⅡ】
《第3週 火曜日 夜半》①
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おれが戻ってきた時に係の人が「大石様はご自分のペースで為さりたい方ですから、おあとはどうぞごゆっくり。何かあればお呼びくださいませ」と言って部屋を出ていったので、大石先生が当時のことを話している間、この空間はおれと大石先生の二人きりだった。
席を外している間に、水炊きをいただく間に飲むための酒や炭酸水をまとめて頼んでいたらしく、氷水に浸った状態で何本かまとめて座卓の横に置いてあった。大石先生はそれを手酌で自分のグラスにあけて少しずつ嗜みながら話した。
「こんな話聞きながら食うの、味がわかんなくなりそうだけどな」
自分から話しておいて、大石先生が笑う。
「いや、仰るとおりで…って思ったけど、めちゃめちゃおいしいです…お肉もですけど、このスープ、薬味とか具材とか調味料で味変して一生飲めそうですもん…」
おれが言うと益々楽しそうに笑った。
「喜んでもらえたみたいで何よりだよ、やっぱそれなりにちゃんとして、食いっぷりもいいやつ連れてくるのは楽しいね。若い女の子だとなかなか面倒なんだよね」
「え?」
思わず食べかけてた肉を小鉢に戻して顔を上げた。
「先生、あの」
「女を口説くこともあるさ、おれはゲイじゃないからね」
自分の小鉢に肉とスープを取って、そっとスープを啜ってから肉を口に入れ、味わってから冷えた日本酒を呷る。ふうっと息をついてから先生はこちらを見た。
「じゃあ、藤川先生のことは」
「言っただろ?友達だよ」
頭が混乱する。数少ない友達で、初めての相手で、嘗て同棲もしていて、今もセックスはしているのに、友達?友達ってなんだっけ?
おれは学生時代の人間関係は切れてしまっていて、社会に出てからも密接な繋がりは持たないようにしてきた。昔はチームに仲間が居て、それとは別にクラスの友達がいて、地域の友達がいた。でも、そういう関係になることは考えたことはなかった。
好きになる人は居たけど、一方的に好きになっては利用されるばかりで、もう誰かを好きになってはいけないと思って、ずっと耐えていた。
そうしてまた今になって藤川先生に本能的に欲望を掻き立てられて、また一方的に好きになったけど、いろいろなことがありすぎてずっと混乱している。先生自身にも、先生のバックグラウンドにも、ブラックボックスが多すぎて。
先生が少なからずおれのことを好きだと言ってくれることも、体の関係を持ってくれたのも同棲を許してくれたのもうれしいのに、どこからどこまでが本当なのか、先生がどのくらい本気なのか見えない。
おれを搾取したり騙したり利用したり、そんなつもりは先生にはないと思っている。でも、先生の中の友達の定義がそんな状態だとすると、おれの今の立場も同じ「友達」なんじゃないかということでもある。
先生にとって、友達に対する「好き」と、恋人のような特別な意味の「好き」の境は何処にあるんだろう。
「小曽川さんからちょっとだけ聞きましたけど、同棲されていたって…あと、今もセックスしてるんですよね」
「そうだね、でもけど、友達だよ」
態々言うべきではないと思っていたけど、おれは白状した。
「先生、おれ、こないだの週末藤川先生と寝ました」
「そう、いいでしょあいつ。貪欲で野蛮で、悪気がなくて」
さらりと言ってから、大石先生は微笑んだ。空になった小さな日本酒の瓶をそっと脇の盆において、新しい瓶の封を切る。
「怒らないんですか、寝盗られて」
「そういう関係じゃないからね、少なくとも今は。でもね」
グラスに酒を注ぎながら先生は話を続ける。
「でも、なんですか」
「おれは、あいつのためなら死ねるし、誰だって殺せる。あいつが死ねと言うなら死ぬし、あいつが死んだら死ぬさ」
その目の奥に、見てはいけない暗いものが見えた。
席を外している間に、水炊きをいただく間に飲むための酒や炭酸水をまとめて頼んでいたらしく、氷水に浸った状態で何本かまとめて座卓の横に置いてあった。大石先生はそれを手酌で自分のグラスにあけて少しずつ嗜みながら話した。
「こんな話聞きながら食うの、味がわかんなくなりそうだけどな」
自分から話しておいて、大石先生が笑う。
「いや、仰るとおりで…って思ったけど、めちゃめちゃおいしいです…お肉もですけど、このスープ、薬味とか具材とか調味料で味変して一生飲めそうですもん…」
おれが言うと益々楽しそうに笑った。
「喜んでもらえたみたいで何よりだよ、やっぱそれなりにちゃんとして、食いっぷりもいいやつ連れてくるのは楽しいね。若い女の子だとなかなか面倒なんだよね」
「え?」
思わず食べかけてた肉を小鉢に戻して顔を上げた。
「先生、あの」
「女を口説くこともあるさ、おれはゲイじゃないからね」
自分の小鉢に肉とスープを取って、そっとスープを啜ってから肉を口に入れ、味わってから冷えた日本酒を呷る。ふうっと息をついてから先生はこちらを見た。
「じゃあ、藤川先生のことは」
「言っただろ?友達だよ」
頭が混乱する。数少ない友達で、初めての相手で、嘗て同棲もしていて、今もセックスはしているのに、友達?友達ってなんだっけ?
おれは学生時代の人間関係は切れてしまっていて、社会に出てからも密接な繋がりは持たないようにしてきた。昔はチームに仲間が居て、それとは別にクラスの友達がいて、地域の友達がいた。でも、そういう関係になることは考えたことはなかった。
好きになる人は居たけど、一方的に好きになっては利用されるばかりで、もう誰かを好きになってはいけないと思って、ずっと耐えていた。
そうしてまた今になって藤川先生に本能的に欲望を掻き立てられて、また一方的に好きになったけど、いろいろなことがありすぎてずっと混乱している。先生自身にも、先生のバックグラウンドにも、ブラックボックスが多すぎて。
先生が少なからずおれのことを好きだと言ってくれることも、体の関係を持ってくれたのも同棲を許してくれたのもうれしいのに、どこからどこまでが本当なのか、先生がどのくらい本気なのか見えない。
おれを搾取したり騙したり利用したり、そんなつもりは先生にはないと思っている。でも、先生の中の友達の定義がそんな状態だとすると、おれの今の立場も同じ「友達」なんじゃないかということでもある。
先生にとって、友達に対する「好き」と、恋人のような特別な意味の「好き」の境は何処にあるんだろう。
「小曽川さんからちょっとだけ聞きましたけど、同棲されていたって…あと、今もセックスしてるんですよね」
「そうだね、でもけど、友達だよ」
態々言うべきではないと思っていたけど、おれは白状した。
「先生、おれ、こないだの週末藤川先生と寝ました」
「そう、いいでしょあいつ。貪欲で野蛮で、悪気がなくて」
さらりと言ってから、大石先生は微笑んだ。空になった小さな日本酒の瓶をそっと脇の盆において、新しい瓶の封を切る。
「怒らないんですか、寝盗られて」
「そういう関係じゃないからね、少なくとも今は。でもね」
グラスに酒を注ぎながら先生は話を続ける。
「でも、なんですか」
「おれは、あいつのためなら死ねるし、誰だって殺せる。あいつが死ねと言うなら死ぬし、あいつが死んだら死ぬさ」
その目の奥に、見てはいけない暗いものが見えた。
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