Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【1989/05 Salvation】

《第二週 金曜日》⑥

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その日のアキくんちの夕食はクリームシチューだった。春キャベツとアスパラガスと玉葱人参がたっぷりで、肉の代わりにはんぺんで作った蟹肉とコーンが入ったお団子が入っている。副菜に予め作り置きしてたと思われるセロリのピクルスとツナ缶を混ぜたものも一緒に供された。
作るときお母さんはだいぶ手間を省いていて、野菜のカットはキッチンばさみやスライサーや手動のみじん切りを駆使してたし、刻んだものは耐熱ガラスのボウルに全部放り込んでバターと一緒にレンジでチンして、へたった野菜が浸るくらいの水とシチューミクスを入れて更にレンジにかけてた。
お団子を作るときもはんぺんを袋を揉んで軽く潰してからミキサーにつっこんで粉チーズと片栗粉を加えて混ぜて、冷凍してあった蟹肉やコーン缶を水気を切って混ぜ込んでから耐熱皿にアルミホイルを敷いてバターを引いた並べてオーブンに突っ込んで焼いてた。
レンジやオーブンを使っている間十分時間ができるのでその間に使ったものを洗って、ダイニングテーブルの上を片付けて、食器などを準備して、焼き上がったら先に出来上がってたシチューをお皿によそって焼けたお団子を入れて完成。
ごはんも予め小分けにして冷凍しといたものを温めてそれぞれの茶碗にポイと載せて軽くしゃもじで解して出していた。飲み物はお湯とお水をポットごと机に置いて、粉末やポーションやティーバッグと一緒に出していた。めちゃくちゃ合理的だ。
お父さんもその間、晩酌なんかしないで洗面所で洗濯物を分別して洗って干したり、風呂場を掃除してお風呂を準備したり、みんなが使うタオルや着替えを出したり、アキくんに質問されて勉強を見てあげたり、全くじっとしていない。ごはんが出来上がる頃にはお風呂もすぐ入れる状態になっていた。
みんなで揃ってテーブルについて晩ごはんなんて、いつぶりだろう。そもそもこんなふうに誰かの家に招かれて歓待されたこと、今まであっただろうか。
「これねえ、シチューに入れないでも、マヨネーズにちょっとケチャップ足して混ぜて塗って食べてもおいしいの」
冷蔵庫からケチャップとマヨネーズと持ってきてテーブルに置いて、アキくんのお母さんは言った。お父さんも「おかわりしたかったら遠慮しなくていいからね、アキくん少食だからだいたい2食分くらいは残っちゃうと思うから」と言ってくれた。
当のアキくんはというと、夢中で食べていて、あまり周りの様子を見ていない。かと思えば急に思い立ったように、学校で先生に聞いた話を話し始めたりしてポロポロ食べこぼしたりする。本当にマイペース極まりない感じだ。
おれはお言葉に甘えて、ご飯とシチュー、ピクルスとみんなおかわりした。お腹いっぱいで息が苦しくなるまで食べられたことなんて、ここ数年なかった。慣れない血糖の急上昇で眠くなって頭がふわふわしつつも、多幸感でいっぱいになっていた。
「お風呂最初に使っていいからね。でも食後すぐお風呂入ると消化に良くないから一旦休んでおいで」
ごちそうさまを言ってダイニングテーブルを離れるとき、アキくんのお父さんからそう言ってタオルと着替えを手渡された。
「アキくんもいっしょがいい!」
横から割り込んでこようとするのをお父さんは笑って制する。
「アキくんまだちゃんと自分で洗えないでしょ、お父さんと入ろうね」
「むー!」
アキくんは怒りながらもその事自体は否定はできないのか、脚をパタパタさせながらお父さんの腕にしがみついていた。そんなアキくんをお父さんは優しく見つめて、頭を撫でている。
また何か、おれの中であの親なモヤモヤした感覚が広がる。
その正体がわからないまま、おれはひとり風呂場に向かった。
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