Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【1989/05 Salvation】

《第二週 金曜日》①

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あのあと、プリントの答え合わせのときプリントに書かれていたおれの名前を見たアキくんは、おれのことをハルくんと呼ぶようになった。
「おーいしはるか?おーいしくん下の名前はるかっていうの?」
「うん、でも女の子っぽいからなんとなく嫌なんだよね」
何気なくそう言ったところ「わかる~アキくんもよみがなふらないとレイって字だから女の子かと思ったって言われるよ」と共感を示してくれたのだ。
想像力の質の問題があると聞いたけど、自分に置き換えて考えてしまうだけで、状況を想像すること自体には問題はない様子だった。むしろ優しさや共感を一生懸命表してくれる。
その週は、おれが置かれている状況こそ変わりはなかったが、アキくんが来るようになったおかげで、学校にいる間は穏やかで楽しい気持ちで居られることが増えた。アキくんの存在に心が救われていた。
でも、週末になっていよいよ、うちは月初に電気が最低限の100Wしか使えなくなってから10日が過ぎて契約が切れる日になってしまった。おそらく遅ければ週明け、早ければ今日の午後には電気が通じなくなってしまう。そして子供のおれにはそれを契約し直すことが出来ない。
最悪良い金額になるというし、殆ど督促やあやしい勧誘の電話しか来ない電話の権利なんて正直売却してもいいとは思うけど、子供の申し出を受け入れてくれるとは思えない。処遇が決まるまで、水だけでどうやって暮らしていけばいいんだろう。
給食だって今は提供はしてもらえているからなんとか飢え死にせずには済んでいるけど、給食費だって実のところ数ヶ月払えていない。突然「今日から払っていない子には提供できないことになった」となったって意義を申し立てることは出来ない。
今日、家に帰って電気が消えてたら、流石に凹むなあ。もし止まってたら一旦学校に電話かけて相談するしかないか、などと朝っぱらから考えて込んでいると流石に顔に出ていたのか、アキくんが心配そうにおれの顔を覗き込んだ。
「ハルくん、おなかすいた?なんかたべる?」
「ありがと、今日もなにか持ってきてるの?」
返事をすると、リュックサックを膝の上に置いて、取り組んでいた英語のプリントの上にお菓子を並べた。今日は黒豆の入ったおかきやカリカリ梅が出てきた。アキくんは水筒を出して、温かい麦茶と一緒に供してくれる。すっかり毎日10時のおやつが習慣になりつつあった。
ふたりでお菓子を食べて、お茶をしながらその日出されたプリントを問題を出し合って解いて遊んだ。「勉強している」という感じはそこにはなかった。でも、アキくんは本当にいろんなことを知っていて、当たり前になんでも解けて、おれに積極的に色々教えてくれた。
しかも、難しい言い回しもせず、こちらがある程度わかってる前提で話をしないので、伝え方がすごくわかりやすい。その前段階のことから説明してくれる。正直、プロである先生にだってこんなわかりやすい教え方してもらったことはない。おれは全然わからなかった数学も英語も少し楽しくなり始めていた。
そして、お昼になるとお弁当と給食を見せあって、お互いに食べてみたいものを少し交換したり、分けっこして食べるのも楽しかった。
思えば養育を放棄されるようになって、生活でいっぱいいっぱいになってから、そんなことをする気持ちの余裕はなかった。学校で食べられるものはできるだけ食べておかなければと必死だった。誰かと同じものを一緒に食べることが楽しいことも忘れてしまっていた。
今日の給食は、中華春巻と青椒肉絲、卵とわかめのスープ、ごはん、牛乳にミルメーク。アキくんのお弁当はなんと、今週はあれからずっと同じメニューだ。ミルメークを初めて見るのか、興味深そうにチューブを持って眺めている。牛乳とミルメークは流石にあげられないなあ。
「アキくん、毎日同じなの?飽きない?」
「アキくんの好きなものしか入ってないから飽きないよ。でもねえ、ピーマンとたけのこ好きだから青椒肉絲のピーマンとたけのこ、アスパラ炒めちょびっと交換してほしいなあ」
ピーマンとたけのこを選り分けてお弁当箱の蓋によそってあげると、アキくんもアスパラの炒めものを紙のカップごと取り出しておれの給食トレイに置いた。お弁当箱の蓋に入っているおかずを見て嬉しそうに「やった~、ピーマンだ」と言ってニコニコしている。
「でもさあ、せっかく青椒肉絲なのに、お肉いらないの?」
「アキくんお肉食べないもん」
その発言を聞いて、食べないのか食べられないのか、そういえば結構違うよな?と思った。食べられないのではなく、食べない。そこには明確な意思がある。
「どうして食べないの?」
「わかんないけど嫌なの」
あれ?食べないって意思はあるのに、食べない理由はわかんないの?自分で決めたことなんじゃないの?不思議すぎる回答に思わず吹き出したら、アキくんは「なんで笑ってるの?」という顔でおれを見た。
「まあいいや、食べよっか」
手を合わせてふたりでいただきますを言って、お昼を食べた。
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