Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 友よ】

《第3週 火曜日 業後》⑤

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でも、電話を切ってから、あの日買ったパンとかツナ缶とか納豆とかどうしたの?とか、訊こうと思ってたこと、全部忘れてて何も訊けなかった。また明日になったら忘れちゃう気がする。メモしておいて直接訊くしかない。
スマートフォンのアプリでメモしようと思い、開いてみると大石先生に何を話すか、何を訊くかメモしてたものも出てきた。ああ、そっか。本体耳に当てちゃうと結局画面見てないから意味がないんだ。バカだなあおれ。
メモの画面を確認できるよう開いたまま、部屋に戻る。大石先生は担当の方に、鍋の準備はおれの戻りを待つように言ってくれたのか、まだ座卓の上は部屋を出る前と何も変わりなかった。いや、お銚子の本数は増えていた。
「おかえり、落ち着いた?」
「はい、おかげさまで」
グラスに残っていた炭酸水を飲み干すと、大石先生は炭酸水の緑色の瓶を手にとって注ぎ足してくれた。
そこにちょうど部屋の担当の方が様子を見に戻ってきてくれたので、水炊きの準備をお願いして、ついでにチェイサーとして同じ炭酸水がほしいと頼んだ。大石先生も流石に酔いが回ってきたらしい。
「なんていうかさ、アイツとそれなりに深く関わるって、大変だよ。そろそろ気づいているとは思うけど、君みたいに今後のキャリアがかかってくる年齢の子が関わって大丈夫かなあって、ちょっと思ってる。だから今日呼んだんだ」
傍らにおいたスマートフォンの待ち受け画面にメモした内容が表示されている。

中学時代のこと
再会してからのこと
再会のきっかけ
同棲に至った理由
解消した理由
今どういう関係なのか
真逆の性質の仕事をしていることについてどう思っているか

おれから訊きたいと思ってたことはいっぱいあるけど、もしかして、大石先生は大石先生で、おれに訊きたいことも言いたいことも、たくさんあるんじゃないだろうか。
「でも、正直一番大変だったのは初任科から箱入りした辺りでしたよ、もうボコボコでしたもん。理不尽なことは運動やってていっぱいあったけど、それ以上というか」
「やっぱ大変なんだな。噂には聞くけどヤバいっていうもんね。長谷くんはいつ今の署に配属になったの」
屋への担当の方が炭酸水とグラスを新たに用意して現れ、グラスに注いでからそっと再び部屋を出ていった。込み入った、プライバシーの話題が多いのを察してさり気なく気遣ってくれているのが何となくわかる。
「えーと、流れとしては、初任科出て、2年箱して、いきなり離島に行かされて捜査係入れられて、戻って赤坂署で刑事組織犯罪課に入れられて、試験受かって、専門課程受けて、今年度から今の署です」
「え、離島行って、赤坂?ノンキャリアなのに、完全にエリートコースじゃん…やっぱ長谷くん何気に優秀なんじゃない?」
猛スピードで首を左右に振って手をかざして否定すると「いや、そんなに全力で否定しなくても」と大石先生は笑った。
「おれは、望んでこの道に来た人間じゃないので、その分迷惑にならないように頑張るしか無いと思ってるんです、親の手前もありますし」
ああ、そうだ、この話をするなら、どうしておれが警察に入ることになったのか話さないと意味がわからないな。どうしよう、話したほうがいいのかな。迷っていると、大石先生が先に口を開く。
「どういう事情かは知らないけど、それでも立派じゃないの。親御さんも警察関係者なの?」
「あ、はい、父も…刑事だったもので」
よかった。話さずに済んで、正直少し安堵した。
「手堅い仕事の親御さんって、なんかいいよなあ」
顔を少し上げて、天井を見ながら呟く大石先生の表情は、なんとなく寂しそうだった。そういえば大石先生自身のことは、まだ何も訊いていない。
「先生は親御さん何してる方だったですか?」
「あぁ、そっか。訊くだけ訊いて言わないのはフェアじゃないな、おれの親はねえ」
そのあと、少し間が空いて、スマートフォンで先生があるものを検索して、その結果をおれに見せた。
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