Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 友よ】

《第3週 火曜日 業後》④

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庭に出て、池の辺りにある縁台で休む。各部屋部屋から談笑する声が時折聞こえる。灯籠や廊下や部屋から漏れる灯りを鯉の泳ぐ軌跡で揺らぐ水面が反射してきらめくのをじっと見ていた。スマートフォンを手に出ては来たものの、藤川先生にメッセージを送ろうとしては消して、通話ボタンを押そうとしてはやめてを繰り返している。
嘗て大石先生と藤川先生は一緒に暮らしていたと小曽川さんは言った。大石先生は暮らすにあたって、事件のことやそれにまつわる、そういった心身のダメージのようなものをいつどうやって知って、どのように受け容れたんだろう。一緒に暮らしている間の食生活や、真逆である互いの仕事、救命医療と検死というものをどう思っていたんだろう。
戻ったら直接訊けばいいんだろうけど、うまく言い方や考えがまとまらない。そして、今、藤川先生がどうしているか気になって落ち着かない。おれは用事がなくても別にメッセージでも通話でもしてくれていいと思っているけど、小曽川さんから何かやってるときに横槍は…というのを聞いていることもあって、なかなか踏ん切りがつかない。
それでも、声を聞きたくて仕方がなかった。できるだけ短く簡潔にメッセージを送る。
「お疲れさまです。進捗どうですか?もうご自宅でしょうか」
既読にもならず、返事は返ってこない。集中してたら気づかないし、気づいたっていちいち見てる暇もないのは予想できた。まあでも明日どうせまた会えるのだからと思い、縁台から立とうとしたとき、返信が来た。
「まだ居残ってるよ」
17時に学校を出て、此処で食事を始めてから1時間程度。日が長いからまだ完全に日が暮れてから案外時間は経ってない。いつくらいまで学校に残っているんだろう。
「今、少しだけお話したいんですがいいですか」
そう送ると間もなく着信が有り、驚いてスマートフォンを落としそうになった。応答ボタンをタップすると、スピーカー部分から「どうした?」と声が響く。耳元に本体をあてて「すみません、特に何かあったわけじゃないんです。声が聞きたくて」と言うと、先生はキーボードを打ちながら小さく「そう」と呟いた。暫く間が空いて、キーボードを打つ音が途切れた。
「長谷さぁ、やっぱりおれになんか隠してるんじゃないの?」
冷やかすように意地悪く笑って言われても、実際は隠れて大石先生と会ってるわけで、否定しきれないので歯切れが悪くなってしまう。
「そんなことないです、けど、」
「けど、何?」
何かはわからないけど、ある程度温度があるかとろみがありそうな飲み物を啜るような音がして、その器を机に置いたのも聞こえた。よかった、何かしら口にはしている。
「どうしてるのかなあって思って、気になって」
「ふふ、長谷はうち通ってる学生くらいの乙女のメンタルだなあ、そんなにおれのこと好き?」
言葉が脳内で、後ろ手に手を組んで、おれの顔を見上げて目を細めて笑っている姿の先生から再生され、一気に顔に血が集まるのを感じた。おれは色素が薄いから、ハッキリとした灯りの下だったら傍から見ても丸わかりになってしまっているはずだ。薄暗いところで、ひとりになれる場所があってよかった。
「好きです、どうしてって言われるとうまく言えないですけど」
震える声で答えると、先生は優しく言った。
「おれも長谷のことは好きだよ、どんなふうにとか、どのくらいって言われると困るけど。どう、安心した?」
嬉しくて心が震える。うまく言葉にならず「はい」と返事をすると、先生は「じゃ、また明日」と言って通話を切った。
正直、訊きたかったことは何も訊けなかった。言う勇気も出なかった。
でも声が聞けて、なにか摂っているのが確認できて、好きだと言ってもらえたことで、少し不安とか苦しさが和らいで、落ち着きを取り戻せた気がした。
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